第92話 しりたい

 セルシアさんと作戦を立てた日から3日ほど経って、ゲバニルから連絡が来た。明後日から作戦が開始するらしい。

 今更になって考えてみると、この作戦というか任務というか……すごく急いでるなって感じがする。なんか色々急な気がしてしまう。

 まぁいつもは私たちだけで、協力なんて考えずに自分たちのペースで行動してるからそう思うだけかもしれない。


「明後日……」

「怖い?」

「うん……でも、メドリがいるから大丈夫」


 寝床の中でメドリに抱きついて、身体をまさぐる。

 メドリは恥ずかしそうな可愛らしい小さな声をあげるけれど、私を受け入れてくれて、私の青髪をとかしてくれる。


「甘えんぼさん……」

「うぅん……だめ?」

「いいよ。もっと甘えて……私のものになって……」


 今度はメドリの手が私の身体を伝う。

 髪をとかしてくれていた手が、お腹をさすって、胸を通って、肩をなぞり、首に優しく指を置いてくれる。首にメドリの指があると、すごく嬉しくなる。


「もう私はメドリのものだよ……ずっと……」

「嬉しい……好き……」

「私も好きだよ……」


 首を撫でられるたびに、安心感で心が暖かくなる。

 メドリが私を自分のものにしてくれてる。私を一緒にいていいって認めてくれてる。もっとメドリのものになりたい。もっと、私の気持ちを伝えたい。私の全てを受け入れて欲しい。


「もう怖くない?」

「うん……さっきよりは。メドリは怖くないの?」

「大丈夫。だって……イニアがずっと一緒にいてくれるから」


 その言葉がさらに私を嬉しくさせる。

 私がメドリの支えになれてることが、私がメドリの心の中にいることが、嬉しくておかしくなりそう。


「もうイニアだけいればいいの。イニアといれたら私はそれで……」

「私もだよ。私もメドリといれたらいい」


 当然のようにそう返す。

 それは私の中ではもう当たり前のことで、疑う余地もなかった。ただメドリが1番だったから。


 いつもの会話。何度もしてきて、そのたびに嬉しくなって、暖かくなって、安心できる会話。

 けれど、今日は少し違った。メドリは私の言葉に少し目を伏せて、困ったような顔をする。不安になった時とも、怒った時とも、悲しくなった時とも違う。ただ困った顔をする。


 新しい表情を見れたことが嬉しくなると同時に、そんな表情させてしまったことが悲しくて、思考が止まってしまう。


「……イニア。好きだよ」


 私の思考が再度回り始めたと同時に私の口は塞がれて何も言えなくなってしまう。

 キスをしてくれたって、未だ少し鈍い思考が教えてくれる。


 舌が入り込んできて、私の中をメドリが舐めまわして、蹂躙して支配されていく。快感が全身に伝って、痺れたように身体が少し跳ねる。思考が快楽でどろどろに溶かされて、とろけていく。

 部屋の中に舌と舌が絡み合う水音だけが鳴り響く。

 メドリが私を求めてくれてる感覚が私を襲って、全身が多幸感に包まれて、いろんなことが考えられなくなっていく。


 でも……さっきのメドリの表情が脳裏に浮かんでしまって離れない。


「っぅは……もう寝よっか」


 長いキスを終えて、糸を引きながらメドリのくちびるが離れていく。どちらのものかもわからない熱い吐息が私達の空間を漂う。


 メドリはその熱さに呑まれてる私の頭を優しく撫でて、寝床へと誘う。

 けれど、私はどうしてもさっきの表情が忘れられなかった。


「……っ……ね。何かあるなら、話してもいいから……私は、何を話しても絶対嫌いにならないから……絶対ずっと好きでいるから……」


 我慢できずに話しだしたけれど、どう言えばいいかはわからなくて、言葉が迷子になってしまう。


「ありがと……イニアは私のことなんでもわかっちゃうね」

「なんでもかはわからないけれど……なんでもわかりたいし、それに……メドリがいつもと違う顔してたから……」

「……そっか。そんなに私のこと見てくれてるんだ。嬉しい」

「……メドリ以外見えないよ……メドリのことが好きで……メドリが1番だから……」


 これも当然のことだった。

 メドリが、メドリだけが、私の世界を彩ってくれる。メドリが見れない世界なんて、盲目と変わらない……ううん。それよりもっとずっと暗い。

 どうしてこんなに好きになれたのかはわからない。わからないけれど、気づいた時にはもうこの感情は私の心に巣食っていた。それに気づいてから私の世界はメドリが中心だから。


 昔はもっと我慢できていたけれど、今はもう無理。メドリに私の気持ちを受け入れてもらえて、メドリが私を好きって言ってくれて、私を支配してくれる。その快感を知ってしまったら、もう我慢なんてできなくなっていた。


「だから……メドリが話したくなったらでいいから……ずっと一緒にいるから……」

「うん……私もずっと一緒にいたい。でも、なんでもないよ。ただ…………ちょっとこんなに幸せになっていいのかなって不安になっただけ」

「……幸せになっていいに決まってるよ。それにもし、メドリが不幸じゃないといけないなら、私も不幸になるよ。ずっと一緒……だから。それで一緒なら、一緒に幸せ……でしょ?」

「うん……私も……私もイニアといると幸せだよ」


 メドリの言葉はすごく嬉しかった。私といて幸せと思ってくれてるってことだから。それは私の中の欲望の一つだから、すごく嬉しかった。


 でも……なんだか違う気がする。

 この不安が本当なのはわかる。わかるけれど……さっき考えていたことは、さっきの表情はこれじゃない気がする……

 そんなことを考えてしまうけれど、どうすればいいかはわからない。


「……ありがと。話してくれて」

「ううん。聞いてくれてありがと。でも、ちょっと思っちゃっただけだから。もう大丈夫」

「それなら……よかった」

「イニアもなんでも話してね? 一緒にいてくれるんでしょ……?」

「うん。もちろん」


 メドリのことを理解したい気持ちもすごく強いけれど、それと同じぐらいメドリに私のことを知って欲しい気持ちがある。だから全部を共有してきた。

 これからも全部一緒にいたい。


「おやすみ」

「うん。おやすみ」

「好きだよ」

「私も……」


 メドリにもっと私の気持ちを伝えたくて、優しくキスをする。触れるだけのキスをする。


「好き」


 私の好きは何があっても変わらない。変わらないから、なんでも話して欲しい。無理に話して欲しいわけじゃないけれど……またいつか。また話せる時に話して欲しい。


 もしかしたらただの勘違いかもしれない。

 それならそれでいい。


 それにあの表情には……なんというかあまり不安や怒りや悲しみは見えなかった。だから……悩みみたいな感じではないのかもしれない。メドリもそれを自覚してないのかもしれない。


 本当はそれもわかりたい。

 暗いことじゃないかもしれないけれど、そんな小さくてぼんやりとしたことも私は知りたい。もっと、もっとメドリのことが知りたい。


 メドリで染まりきった私の心がそう言ってる。

 こんなにメドリを好きな人は私以外いない。私よりメドリを好きな人なんていない。メドリはたくさんの人に好かれる人だけれど、私より好きな人なんているわけない。


 でも……メドリのことを私が1番幸せにしてあげられるなんて自信を持って言えない。そうしたいけれど、同性同士だし、もっと良い人がいたかもしれないし、メドリなら1人でも幸せになれるかもって考えてしまう時もある。でも……もう我慢しないって決めたから。

 一緒に幸せになりたいって思ったから。

 何があったって私はメドリの隣にいたい。

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