第91話 すぎたら

「こんにちは。昨日ぶりね。今日はよろしく……と言ってもそんなに時間は取らせないつもりだけれど」

「こちらこそよろしくお願いします」

「よろしく!」

「……うん」


 集合場所には時間通りについたけれど、セルシアさんは先に着いていて、私達を待っていた。

 少し待たせてしまったかなと思ったけれど、そんなことは少しも気にした様子はなく、挨拶を交わす。


 イチちゃんはまだ少し人見知りをしているのか、挨拶というより相槌だったけれど。メドリにいたっては声もでず、会釈をするだけ。

 メドリは新しい関係の構築は怖がる。今まではそれを隠してかなり無理をしていたようだけれど、私がそんなことしなくてもいてくれるからやめたと言っていた。私もメドリに無理はして欲しくない。

 それに、人見知りしてるメドリも可愛いし……けれど、こんな時もメドリの心に負荷がかかってると思うと、素直に喜んでもいられない。

 その負荷を少しでも軽減したくて、身体をメドリに寄せる。私がいつでも隣にいるってことを伝えたくて。


「じゃあ早速行きましょう」


 挨拶もほどほどにして、歩き出したセルシアさんの後をついていく。

 目的地に着くまでに昨日は話せなかったことを話していく。


 私達のできること。

 セルシアさんのできること。

 そしてできないこと。


 私達とセルシアさんはこれから仲間になる。

 命を預ける……とまではいかなくても、お互いのことを知らないと避けれるはずの危険を避けれない。


「昨日も言ったけれど、私は向上魔法が得意よ。基本魔法ならそれなりに使えるけれど、それも向上魔法ありきの威力にはなるわね。だから、基本は後衛でみんなの力を上げれたら、と思ってるわ」

「魔力が多いんですね」


 向上魔法は対象の魔法の威力を上げる魔法で、自分以外にもかけることができる。けれど、それはかなり魔力を消費する。自分以外にもかけるとなると尚更。

 それができるなんてかなり魔力量が多いし、それに向上魔法はかなり繊細な魔法だから、魔力操作もかなりうまいはず。もしかしてかなりすごい人なんじゃ……?


「そうね。でも、イニアちゃんほどではないわよ」

「まぁ……はい。でも私は、病気ですから」

「あら……それはごめんなさい。悪いことを聞いたわね」

「いえ、私の、私達の能力にも関わってきますから」


 それから私は、私とメドリのことを話した。

 私は魔力多動症なこと。

 メドリと一緒にいれば大丈夫なこと。

 私とメドリは最大30mぐらいまでしか離れられないこと。


 一応、私とメドリを繋ぐ魔導機のことは隠しておくことにした。この魔導機は多分機密情報の塊だろうし……セルシアさんもゲバニル関係者だけれど、無闇に話さなくてもいいかと思ったから。


「それでえっと、私は身体強化魔法が使えます。それをメドリが助けてくれるみたいな戦い方です」

「昨日も言ってたわね。それでイチちゃんが魔法消去魔法でイチちゃんが質量投射魔法であってるかしら?」

「はい」


 イチちゃんとナナちゃんが特化魔力であることも秘密にしておくことにした。世界に特化魔力の人がイチちゃんとナナちゃんだけなわけはないけれど、これも一応、ね。

 秘密を持つのは少し気がひけるけれど、下手に話して2人が危険に晒されるよりはずっといい。


「それじゃあ……あ、あそこ行きましょう」


 そう言ってセルシアさんは飲食店へと脚を向ける。

 突然の動きに少し戸惑う。


 その店はアミカのような場所にあることもあってお世辞にもおしゃれとは言えない場所だけれど、慣れてないことには変わりない。そんな場所に行く機会もお金もなかったから。


「え、えっと……」

「あぁ、大丈夫よ。お金は私が出すから」


 いや、そうじゃなくて……という言葉が口から出る前にセルシアさんは店へと入っていてしまう。後に引けなくなってしまった。それについて行けばいいのについ躊躇して立ち止まってしまう。

 私達の前を歩くイチちゃんとナナちゃんは、そのまま素直に店へと吸い込まれていく。


「どうしたの?」

「ごめん……ちょっと緊張して……」

「……ゆっくりでいいよ? イニアのペースで」

「ううん……ありがと。大丈夫」


 メドリは心配してくれるけれど、セルシアさんを待たせるわけにはいかないし。普段行くことのない場所だけれど、そんな緊張することでもない。

 息を吐いて、メドリと繋いだ手に力を込めて、心を落ち着かせて、ドアを開ける。


「いらっしゃい」

「え、えっと、はい」

「こっちよ。イニアちゃん」


 奥の方の机を囲んでセルシアさんとイチちゃん達がいた。


「それじゃあ、作戦を考えましょう。あ、飲み物いるかしら。好きなの頼んでいいわよ」

「わーい! イッちゃん、何にする?」

「……これか、これ」

「じゃあ、私こっち頼むから分けっこしよ!」

「え……! そ、それって……」


 イチちゃんとナナちゃんの賑やかな会話をを背景に辺りを見渡す。なんというか……酒場? みたいな感じ。いや、酒場なんて来たことないからわからないけれど……樽とか瓶とかあるし。

 結構広いけれど、客はほとんどいない。私達の他にもう1人いるだけ。多分、冬になって客が減ってるんだと思う。店員も1人だけだし。


「2人は?」

「あ、えっと、水持ってきてるので……メドリは?」

「私も水でいいかな」

「……そう。すいません」


 私達の返答との間に、セルシアさんの表情に何かよぎった気がする。けれど、その一瞬だけでそれが何かわかるほど私は対人関係豊富じゃない。

 メドリの表情変化なら流石にだいたい分かると思うけれど。


「あら」

「……久しぶりだな、セルシア」

「驚いたわ。10年ぶりくらいかしら」


 私達の注文を聞きにきた店員さんはすごい強面の人で、見てるだけで心が縮み上がりそうになる。纏う雰囲気も店員というよりは、隊長や、メムナさんのような、戦うことになれてるような雰囲気。


 その人とセルシアさんは知り合いだったみたい。

 口ぶりから昔の知り合いといったところかな。


「彼女達は?」

「今の仕事仲間よ。これから打ち合わせね」

「そうか。セルシアは変なやつだが、良いやつだ。仲良くしてやってくれ」

「うん!」

「は、はい」


 良い人というのは、私も少し感じている。少ない時間だけれど、なんというか……あんまり邪気を感じない。イチちゃんとナナちゃんと簡単に仲良くなってしまったし、行動の節々に気遣いが見える。そんな人をあんまり警戒しようとは思えない。


 警戒心を解きすぎるのも危ないかもしれないけれど、一緒に戦うことになるんだから、ある程度は信頼しないと。そうしないといざって時に連携が崩れかねない。


「変なやつとは失礼ね……それで、これとこれ頼みたいのだけれど」

「あぁわかった」

「ごめんなさいね。さてと。気を取り直して、作戦について話しましょうか」


 作戦というのは、戦いの中での作戦らしい。

 私はてっきり実際に動いてみて、お互いの動きを合わせるのかと思っていた。でもまずは、整理してからというのが基本らしい。


 私はずっと1人で戦ってきたし、メドリと一緒の時もそんなことは意識したことはなかった。イチちゃんとナナちゃんだってメドリの補助ぐらいだったし。


「こんな感じかしらね。あとは実戦で合わせていきましょう」

「あ、はい」


 作戦と言ってもそんなに時間をかけることなく終わった。

 5人な上にセルシアさん以外はできることが多いわけじゃないから、できる作戦も限られてくる。


「そういえば……気になっていたのだけれど」

「はい。なんですか?」

「2人は付き合ってるのかしら?」


 思わず口に含んだ水を吹き出しそうだった。

 別にバレたらまずいわけじゃないけれど、そんなにわかりやすいのかな……そうなら少し、いやかなり恥ずかしい……


「そう……です。はい」


 肯定を口にすると、言葉にしてくれたのが嬉しかったのがメドリが身体を擦り寄せてくる。私もそれに応えるように、髪を撫でる。


「……嬉しい。好き……」

「私もメドリが好きだよ」


 囁くように好きを伝え合う。

 人前ということを意識すると恥ずかしいけれど、メドリに触れたい気持ち方が強いから。


 けれど恥ずかしいことには変わりなくて、私の顔はすごく熱を出しているのが分かる。湯気が出てしまいそうなくらい。

 でも、メドリはあんまり赤くなってないこと。ほんのりぐらい? 恥ずかしくないのかな……? でもそんなメドリも可愛い……


「……そう。それだけ。ごめんなさい。不躾だったわね。2人がすごく仲良いみたいだから気になってしまって」

「いや、隠してるわけじゃないしですし……」


 あとは他愛もない雑談が続いた。

 ナナちゃんは次第に話し始めて、仲良くなっていったけれど、メドリはまだ人見知りなのか、私の少し後ろにいるだけだった。


 メドリは結局私の問いかけに少し応えるぐらいしか話さなかった。好きって言ってくれたり、手を握ってくれたり、髪を撫でてくれたりはしてくれたし……私としてはそっちの方が嬉しいからいい。


「それじゃあまた」

「ばいばい!」


 会計はセルシアさんがやってくれる……というか半ば強引に押し切られてしまった。悪いかなとは思ったんだけれど。

 私達はセルシアさんを置いて、店の外に出る。セルシアさんは少し残るらしい。多分あの店員の人と話すのかな。


 10年ぶりって言ってたっけ……それでもかなり仲が良さそうだった。けれど、私はそうはなりたくないな……メドリとはずっと一緒に片時も離れずにいたい。

 そうしないとなんだか、怖くなりそうだから。

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