第90話 おそれを

「えっとね……別に確信があるわけじゃないんだけどね……」


 隠し事を話し始めたナナちゃんはすごく強い。そう感じた。ナナちゃんだけじゃない。イチちゃんも、すごく強い。

 綺麗な心はやっぱりすごい。恐れを知りつつも、恐れの中へと進んでいく。私にはない心。


 けれど、別にそれでもいい。イニアが私を好きでいてくれるから。私がどれだけ醜い心を持っていても、イニアはいてくれる。

 イニアさえいてくれれば私は別になんでもいい。イニアが私をずっと好きでいてくれれば。


 正直、私は別になんでもよかった。これから行く場所が危ないとか、イチちゃんとナナちゃんがなにかを隠してるとか……そんなことはどうだって良くて、イニアと一緒にいれることだけが重要なんだから。


 私はもうあまり考えなくなった。前まではいろんなことを考えて、行き詰まって、なにもできなくなっていた気がする。けれど、今はもう違う。

 いや、なにもできない私というのは変わってないけれど、なにもできない私でもいいって思えるようになったから。イニアがそんな私でもいい、好きって言ってくれるから。


 だから……私はイニアがそばにいてくれたらそれでいい。

 そんな私だから望みはほとんど無くて、イニアが好きなようにしてくれればいい。イニアはいつでも私に相談してくれるし、嫌なことがあればその時に言えばいい。そうすれば大体なんとかしてくれる。

 そして未開拓領域に行くのは別に嫌なことじゃない。怖いのは怖い。死ぬのは怖い……ううん。正確には1人で死んじゃうのが怖い。イニアが先に死んじゃうのが怖い。ずっと一緒って約束したんだから、一緒に死んでほしいから。


 だから怖いけど……嫌じゃない。だから、この話がどう転ぼうと私はどっちでもよかった。イニアと一緒にいれるなら。


「みたいな感じで……違う、かもしれない。けど……」

「……自分たちがどんななのか……知りたい」


 私が考え事をしている間にも2人の話は進んでいく。

 私はそれを話半分で聞いていた。


 どちらかといえば見ていたのは2人の表情。

 恐怖や怯えが時折混じる。それはきっと2人の異常性が受け入れられないのが怖いんだと思う。今まで優しくしてくれたイニアに拒絶されるのが。イニアはそんなことしないけど。


 私としては別に異常だから拒絶なんてしないけれど。

 2人が特化魔力って知った時も正直羨ましかったのを覚えてる。私には何もない。なにもできない私よりずっと良い……そう思ってしまった。2人はそれで悩んでるのに。

 でも思ってしまうことは止められなくて……


 2人が話したことはその続きのようなことだった。

 2人が人工的に作られた特化魔力を持つ改造人間ということは前に話してくれたけれど、それが今回の本題に繋がる。


 まず第一に人工的に特化魔力を持つ人を作るなんて今の技術じゃかなり難しい。けれど、2人は生まれた。それは今の技術があったからじゃない。昔の、古代文明の技術を使ったから。

 そんな普通とはいえない生まれ方をしたから、普通に生きていけるかわからない。もし設計図のような物があれば、いろんなことがわかるかもしれない。


 そして2人は、その設計図の出所がこれから行く古代施設かもしれないと予測を立てた。

 2人はアヌノウスにいる時に、アヌノウスの研究者が「新しく古代施設見つかってよかった。その古代魔導機のおかげで良い研究対象ができた」と言っていたのを聞いていたらしい。

 彼女達の出身地はこの近くで、この街は未開拓領域に1番近く、古代魔導機もたくさん手に入る。


「それだけで研究者の言っていた古代施設が、これから行く場所というのは言い過ぎかもしれない……」

「でもそうかもしれないから、私達未開拓領域に行きたいの!」


 そういう話だった。


 つまり……不安なのかな。

 自分たちがどういうものかわからない。それが怖いから、それを知るために、動こうとしている。


 彼女達は私達とは違う。

 多分大まかには一緒だとは思う。それはこれまで暮らしてきて、それはわかってる。けれど、確かに違う。


 この差はきっと何かで起こる。

 難しい病気への回復魔法がうまく機能しないとか、私達には不要な何かが必要とか……それが何かはわからないけれど、そういうことが起こるかもしれない。

 起きなければそれが一番いいけれど、対策として自分たちのことを知ろうと思うのは当然といえば当然……だと思う。


「……ありがとう。言ってくれて……そうだね。不安だよね……私も病気のことがわからない時は不安だったから、少しはわかるよ」


 病気に呑まれそうだった時のことを思い出したのか不安そうな顔を見せるイニアの手を両手で包む。私がいるから大丈夫なんて言えないけれど……一緒にいるから大丈夫って思って欲しいから。


「その……だから、一緒に行こっか」

「……本当にいいの?」


 イチちゃんの言葉にイニアが頷く。


「ありがとう……」

「嬉しい!」


 2人が笑みを溢す。

 こういう時、前までの私なら居心地が悪かった。なんだか周りの眩しさで、私の醜さが照らされてるようで。

 私はこんなふうに自分の秘密を言うことはできなかった。私の弱さを、醜さをしれば、みんな私から離れていくと思っていたから。ううん……今もそう思ってる。


 だから今でも時々不安になってしまう。

 不安になる回数は減ったけれど、それでも不安が完全に消えたわけではなくて。

 でも不安になってもいい。不安に呑まれてもイニアを私を不安から助けてくれる。蓄積されるだけだった不安が、イニアの言葉が、温もりが消してくれる。


 でも……最近はそれだけじゃ安心できない。

 イニアに触れて、支配しないと、私の心は安心できなくなってきてる。イニアはもっと支配してって言ってくれるからそれに甘えてしまう。そんな身勝手な思考を曝け出し続けても、イニアは一緒にいてくれる。


 その度に私がもっとずるくて汚くて醜い心を曝け出してしまう。でも、それでもイニアの気持ちは変わらずに私を好きでいてくれる。一緒にいてくれる。

 それが心底嬉しい。でも同時に少し怖い。


 私は今、幸せだと思う。

 イニアと一緒にいれて、イニアが私を好きでいてくれて、私もイニアのことを好きでいれる。それを私自身が認められる。


 でも……ふとした時に、イニアと深い快感を味わってる時とかに、頭の片隅で考えてしまう。

 私にこんな資格があるのかって。

 私のような心を持った人が幸せを感じていていいのかって。


 その瞬間意識の一部が切り離されて、すごく遠くにいってしまう。世界からずれてしまって、独りになってしまったような……そういう時は必死にイニアとの繋がりへと感覚を集中させていれば治る。

 治るけれど……いつか戻ってこれなくなるかもしれない。


 寝る直前や、イニアがトイレに行ってしまった時、戦いの途中でイニアが少し離れてしまった時……そういう時に感じる不安とは違う。

 イニアといて幸せだから感じてしまう感覚。

 あれが強くなるのが、新しくできてしまった不安。


「メドリ……ありがと。ごめんね。いろいろ意見変えちゃって」


 イニアの言葉で思考が戻ってくる。

 今日の準備、と言っていつも通りの装備だけれど、を整理しながらイニアへと言葉を返す。


「ううん。イニアのしたいようにして? 一緒にいてくれたら……いいから」

「ありがと……ずっと一緒だよ」


 イニアが私の額にキスしてくれる。

 それだけで私の心は満たされていく感じがする。心地良さで包まれて、さっきまで持っていた小さな不安は鳴りを潜める。これは一時的なものかもしれないけれど、不安になるたびにまたイニアが私を安心させてくれるから、あまり恐れずに済む。


 イニアだけが私を安心させてくれる。

 前までは誰でも良かったけれど、今はイニアじゃないと嫌だから。その変化がすごく嬉しい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る