第89話 ひめこと

「うん。イニアがそう決めたら、そうしよ」

「けど……大丈夫かな」


 朝起きて、メドリに昨日の話の続きを伝える。一応、私なりに考えた答えではあるけれど、メドリに相談しないという選択肢はない。


 メドリは私の言葉にすぐに頷いてくれた。すごく信じられてるって感じれて嬉しさが身体を包む。

 けれど、この決断であってるのかという不安が心に巣食う。でも、それを察してくれたのかメドリが手を握ってくれる。暖かい体温が手から伝わってきて、不安を溶かしてくれる。

 

「大丈夫だよ。一緒にいてくれるんでしょ?」

「うん……」

「なら、大丈夫。一緒なら大丈夫……一緒じゃないとだめ」


 メドリの言葉が私の中に入ってきて、一緒にいるっていう安心感に支配される。

 一緒に、メドリの隣に、私はいる。私が一緒にいる。

 それだけで、なんだか大丈夫な気がしてくる。


「ありがと。2人にも話さないとね」

「あ、うん……そっか。その、2人が嫌って言ったらどうするの?」


 そうなれば……どうしよう。

 わからない。けれど、聞かないと。

 私達だけで勝手に決めることもできなくはないけれど、そんなのは絶対良くないし……まぁ、きっと大丈夫、と思う。




「え……やだ」


 大丈夫、と思っていたんだけれど、話はそう簡単には運ばない。


「その、どうして……? って聞いてもいいかな」

「えっと……だって未開拓領域なんだよ!? それも、まだ誰も入ったことがない古代施設! 行きたい!」


 恥ずかしいのか少し口ごもったかと思えば、ナナちゃんは目を輝かせて、私達の意見と真逆のことを言った。

 こう言われることを考えてなかったわけじゃないけれど、やっぱりなんて言えばいいのか分からなくて逆に私が口ごもる。


「……ナナ。その、やっぱり危ないなら、やめとこ……?」

「危ないのはわかってるよ……逆にイッちゃんはわくわくしないの?」

「私は別に……そうじゃなくて、だって……な、何? ほんとだから!」


 ナナちゃんが疑わしげな目をイチちゃんへと向ける。けれど、イチちゃんは少し顔を赤くして、目を逸らす。


 ……これは私でもわかる。

 イチちゃんも興味あるんだと思う。

 まぁたしかに、未開拓領域といえば危険な分、得るものも大きい。現代技術でも再現できないような効果を発揮する魔導機や、未だ発見されてない魔法式が見つかることもある。

 特に今回は新たに発見された遺跡。そういった類のものが落ちている可能性は高い。


 イチちゃんは魔法が好きだし、行きたいか行きたくないかでいえば行きたいよりではあるんだと思う。


「……私1人でも行くから」

「え……そ、それはだめ。それなら、私も行く」

「でもイッちゃん行きたくないんでしょ? 嫌なことはさせられないよ」

「別に行きたくないなんて……それに私達、一緒だって、約束した、から……」

「……そっか! 嬉しい!」


 イチちゃんは顔から湯気が出そうなぐらい顔を赤くしながら、ナナちゃんの手を握る。ナナちゃんは飛びっきりの笑顔をこぼしながら、それを握り返す。

 

 幸せそうでよかった……じゃなくて。

 えっとつまり……


「2人は行きたい、ってことだよね?」

「うん! 行きたい!」

「その、未開拓領域についてはどれぐらい知ってるの?」

「えっとねー……」

「強力な魔物や魔導機が沢山いる場所。特に奥にはその中でもとびきり強力なものがいて、たまに出てくる……ぐらい」


 そこまでわかってはいるんだ。でも行ってみたい……ってことね。危険な場所と分かっていても行きたい……


 例えば、もっと危険だから、って言って行くのをやめるのは違うし……うーん……私が不安になりすぎてるだけ……?


「メドリ……どうしよう?」

「……あのね。どうして未開拓領域に行きたいの? 危ない場所っていうのは、分かってるみたいだし」


 私の問いには答えず、メドリはイチちゃんとナナちゃんへと質問を投げかける。

 私にはその質問の意図はわからなかった。2人が行きたい理由はもう分かった気になっていたから。


「最初は興味のあるものがあるからって思った……けど、2人は賢いから、それが危ない目に遭ってまですることじゃないって分かってるよね」


 沈黙が場の空気を包む。


「……そんなことない。ただ面白そうだなって思っただけ……」


 ナナちゃんらしくもない小さな声が沈黙を破る。

 何かある。何かがきっと。


 こういう時なんて言えばいいのかわからない。

 話して欲しいけれど、無理に引き出すのも違う気がする。でも、今聞かないと判断ができない。


「そっか。うん。じゃあ……わかった」

「え」


 悩んでるうちにメドリが話を断ち切る。

 思わず声が私の口から漏れる。イチちゃんとナナちゃんも驚いたように口が空いている。


「それで2人は行きたいって言ってるけど、どうしよっか」

「え、で、でも……」


 2人が何かを隠してるのは明らかなのに……メドリはそれに触れない。それでいいのかはわからないけれど、無理に引き出して信頼を損なうよりはいいのかもしれない。 

 できれば2人には私達に苦手意識なんて持って欲しくないし……


「その……そんなに行きたいの? わかってるかもしれないけど……危ないよ」 

「そう、だよ。わかってる。これまでも沢山危ないことがあったよ……危険は避けたほうがいいし、人は簡単に死んじゃう……それは昔から知ってるもん」


 昔っていうのは……私達と会う前の、アヌノウスにいたときのことか……多分そこは私が思ってるよりもずっと危険が多くて、簡単に人が消えて行くような場所だったんだろう。

 それにイチちゃんとナナちゃんは危険を回避することもできない。だから、大きな危険のある逃亡を選択するしかなかった。

 そんな2人が好きで危険なところに行くのは少し変な気がする……もしあるとすれば、それははたして。


「でも……行きたいの」

「そっか……じゃあ、一緒に行こっか」

「え……いいの?」

「うん」


 未開拓領域を甘く考えてるのかもしれない。けど、2人がどうしても行くっていうなら、私はそれを助けないといけない。だって。


「約束したからね。助けるって。だからメドリ……ごめん。危ないけど……一緒に来てくれる?」

「うん。イニアがそう決めたなら。どんな場所でも一緒にいたいから」

「……ありがと」


 メドリが危険に晒されるのは嫌なのに変わりはない。でもきっと、ここでイチちゃんとナナちゃんを見捨てたら後悔する。メドリを守って後悔するなんて嫌だし、メドリもきっと気にしてしまう。メドリにそんな思いして欲しくない。


 本当は2人をなんとか説得できたらよかったけれど、2人の……特にナナちゃんの意思は固そうで、変えることなんてできない。

 それに……危険を承知で何かへと向かうのを見ていると、なんだか自分と重ねてしまう。私もどんな危ない場所だってそこにメドリがいれば向かうから。


「……ナナ……やっぱり話そ。お姉ちゃん達なら大丈夫」

「イッちゃん……でも……ううん。怖がってばっかじゃだめだよね。うん。話す。なんで行きたいのか。隠してたことを」

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