第88話 ふあんな 

「メドリ……ね」


 もう寝ようかと横になった時に思い出す。昼間に基地で感じた不安を。


「なあに?」

「その、未開拓領域に行くのは、なんというか……その」

「……不安なの? イニアも」

「そう、なのかな」


 不安といえば不安なのかもしれない。

 未開拓領域はそれこそなにが起こるかわからない場所。今まで誰も見たことのないような強力な敵と遭遇してもおかしくない。


 今まで行ってきた場所は、そんなことなかった。

 なにが起こるかわからないという点では同じかもしれないけれど……ある程度生態系がはっきりしていて、順当にいけば危険は薄い。そういう場所ばかりだったから。


「だって……危ないよ? 何が起こるかわからないし……」

「そう、だね。私もそれでさっき変なこと言っちゃった……今までとは全然違うもんね」

「うん……だから、今回は断ってみようかなって考えてて……」


 パドレアさんやセルシアさんには悪いけれど、危険が大きすぎる気がする。どんなことがあってもメドリを守って、一緒にいるけれど、未開拓領域の敵相手じゃ、多分……一緒に死ぬことになる。

 メドリと一緒に死ねるのは、その、正直ちょっと嬉しいけれど、それより一緒に生きて、一緒の記憶を積み重ねたい。


「そっか。うん。じゃあ、そうしよ」

「え……ほんとに? ほんとにいいの?」


 メドリの言葉を疑うわけじゃないけれど、あまりにもあっさりとした返答に思わず疑問を返してしまう。


「うん……だって、イニアはそっちの方がいいって思うんでしょ?」

「そう……だけど」

「じゃあそうした方がいいよ。私も危ない目に会うのが好きなわけじゃないから」


 たしかに私達は別に危険な未知の場所を探索することに楽しみを見出して、この仕事をしているわけじゃない。なら、報酬が危険に対して釣り合ってない場所に行く必要はない。


「それに、行かなかったら何か悪いことあるかな……?」

「え、えっと……まず、パドレアさんからの、というかゲバニルからの評価は下がるんじゃないかな。最悪また仕事を探すことになるかも」


 そんな簡単に心証が悪くなるのかは知らない。でもこの仕事を勧められたってことは、これはできるという評価があったってことになる。少なくともその評価はそのままじゃないと思う。


「仕事がなくなるのは……確かにちょっと困るかも。イチちゃんとナナちゃんの分のお金もいるし……」

「あと……2人に何かあったときに、ゲバニルの力がないとちょっと不安かな」


 イチちゃんとナナちゃんは、元々アヌノウスから逃走してきた身だし、それを考慮に入れなくてもその特異性からか狙われやすい。

 この前みたいに危ないことになった時に組織が相手じゃ何もできなくなる可能性は高い。そういう時にゲバニルの助けがないのは、2人を守れなくなる。

 ゲバニルの人達がそこまで薄情とは思わないけれど……関係を悪化させるのが危険なことに変わりはない。


「そう……だね。2人に聞いてみるのは……ぅぁ……」

「眠い? ……続きは明日にしよっか」

「ぅん……」


 言葉が途切れ始め、あくびをもらすメドリの頭を撫でる。

 メドリは言葉にならない声を小さくあげて、身体を丸める。


「かわいい……」

「ぃき……」

「私も好きだよ」

「んぅ……ぉゃみぃ……」

「うん。おやすみ」


 そこが限界だったのか、メドリの寝息が部屋に広がる。

 寝ぼけているメドリはすごくかわいい。いや、どんな時でもかわいいか。でも寝ぼけてる時は、すごく素直な気がする。

 普段も最近は我慢しないでいろんなことを言ってくれるようになったけれど、寝ぼけてるとより一層メドリが望みのままに私を求めてくれたり、甘えてくれたりするから、かわいい。


 私も寝よう。

 もう少しメドリの寝顔を眺めて、頭を撫でていたい気もするけれど、今日はちょっと疲れた。


 初めての場所に、初めての人。別に特別不満があるわけじゃないけれど、新しいことはいつも疲れてしまう。

 メドリを傷つけてしまう人がいるかもしれないから。コムトさんみたいなことになるのは避けたい。甘やかしているだけなのかもしれないけれど……メドリが傷つくよりはいい。


 それに私がメドリを甘やかさないなんて無理な話だし。メドリは可愛くて、大切で……好きな人だから。それにメドリは不安になりやすくて、傷つきやすい心を持ってる。その綺麗な心を守りたいし……

 もし、私がメドリに甘くしないことがあるとすれば……メドリが死んじゃいそうな時……とかかな。死んじゃったら、一緒にいれないし……でも、もしかしたら、甘いままで一緒に死んじゃうかもしれないけれど。


 けれど……未開拓領域に行ったら本当にそうなってしまうかもしれない。いつかはメドリと一緒に死にたいけれど、今はまだ嫌だから、できれば行きたくない。


 私達に任された任務は発見された古代施設の調査で、道中の危険な魔物や自立魔導機はゲバニルの人がなんとかしてくれるらしいけれど……でもきっと未開拓領域の敵はすごい強い。それこそゲバニルの人よりも。

 全部が強いわけじゃないこともわかってるし、その可能性が低いこともわかってる。けど、普段調査してるような場所で死ぬよりはずっと高い可能性だと思う。


「どうしよ……」


 きっとメドリと2人だけなら、あんまり悩まずに行かないことを決めてたと思う。それが正解かはわからないけれど。

 でも今は私達だけじゃない。イチちゃんとナナちゃんがいる。私は2人を助けるって決めたんだから……彼女達に危険が及ばないようにはしたい。


 でもそっか……未開拓領域には2人もついてくるんだよね……そうなると結局危険に晒すことになっちゃうのかな。依頼を断ったぐらいで、ゲバニルの、特にパドレアさんやアマムさん、隊長との関係に亀裂が入るとは思わないけれど……


「ぅ……」


 やっぱり考えるほど断った方がいい気がしてきた。

 うん……明日メドリと話して、メドリがそれでいいよって言ってくれたら、イチちゃんとナナちゃんにも話してみよう。あれ……? でも、それで2人が未開拓領域に行きたいって言ったらどうなるのかな……?


 どうなるというか、どうしよう。

 多分、私達が言えば、わかったとは言ってくれるだろうけれど……自分で言うのもなんだけれど、2人は私達のそばにいたがるし……でも別に私は2人をただ守りたいんじゃない。


 助けたい。それは全てを管理して、安全に育てることじゃない。そんなのアヌノウスがやってたことと変わらない。

 私は2人を助けたい。けど、危ないから未開拓領域には行かせたくない。でも……ナナちゃんはあんまり興味なさそうだけれど、イチちゃんはこういうこと好きそうだしね……


 うぅ……まぁ、1人で考えてても仕方ない。

 明日聞いてみてから考えよう。

 もう眠いし。


「ぉやすみ……メドリ」

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