第87話 わたしを
「それじゃあ……あ、任務の前に擦り合わせだけでもしておきたいの。そうね……明日また会えるかしら」
私達の得意魔法や戦術の話をしながら、基地の外に出た時にセルシアさんがそう切り出した。
「あ、はい。いいかな?」
「うん」
「大丈夫!」
「じゃあ、連絡先交換しましょう」
魔導機を取り出して、連絡先を交換する。
メドリ、イチちゃん、ナナちゃんに次ぐ4人目。
……こう見ると登録されてる人も増えた。少し前まではメドリだけだったのに。それが少し……寂しい。メドリだけだった場所に他の人もいて寂しいというのは変かもしれないけれど。
「それじゃあ、またね」
「ばいばーい!」
セルシアさんはナナちゃんの元気いっぱいの別れの挨拶に小さく手を振りながら別方向へと消えていった。
「悪い人じゃ……ないのかな」
「そうみたいだね」
最初は多少は警戒していたけれど、もうそんな気持ちはほとんどなくなった。メドリはまだ少し怖いみたいだけれど。
セルシアさんは多分だけれどだいぶ年齢が離れていると思う。醸し出す雰囲気からもそんな気がする。それにイチちゃんとナナちゃんの突拍子のない質問にも平然と答えていたし……なんというか大人びいてるというか……
少なくとも私たちより年上なのは確実だと思う。
どれぐらい離れているのかな。もしかしたら前の戦争とかも経験してたりして。
「ねー! おやつ欲しい!」
「じゃあ、晩ご飯買うついでに買って帰ろっか」
「うん! ありがと!」
「2人で好きなの選んでいいからね」
最近ナナちゃんの食欲もどんどん出て来て、少しほっとしている。いや、多分これがナナちゃんにとっての普通なのだと思う。遠慮せず言ってくれるようになったってことで、いいのかな。
逆にイチちゃんはあんまり食べない。けれど、最初に来た時よりはずっと食べてるし、大丈夫……とは思うけれど。私も同じぐらいしか食べなかったし。
「じゃ、あっちだね」
「イニア」
私の名を呼ぶと同時かそれより前ぐらいにメドリの手を掴んで指を絡める。そうして微笑みかけると、メドリも笑顔をこぼしてくれる。
メドリはこんなふうに指を絡めるのが……というか触れ合いが好んでくれるのは嬉しい。しかも、私との。メドリから求めてくれることがすごく嬉しい。
私もこうして指を絡めるだけで身体が熱くなって、ふわふわした多幸感に包まれる。この感覚が心地良くて、もっと感じたい。
そんな幸せな感覚に身を委ねていると時間はすぐに過ぎ去って、気づけば夜になっていた。
「ぁむ……おぃひ……」
「んん……! ぁ……!」
寝床につけば、いつものようにメドリが私の耳を食べてくれる。耳は唾液で蕩けてしまって、ほとんどの感覚は消え去って、快感と熱だけを伝える器官になってる。
私は快楽の波に溺れそうになりながら、甘声を溢しそうになるのを手を噛んで抑える。
「声、我慢しなくていいのに」
「……だ、て……はず……かし……ぃ」
イチちゃんとナナちゃんだって、すぐ隣の部屋で寝ているのに。2人に聞かれるのは流石に恥ずかしい。今更かもしれないけれど。
メドリは私の返答にあまり納得しなかったのか、少し不満げな顔がよぎった後に、嗜虐心たっぷりの目で私を見据える。
「可愛い声聞かせてくれないの?」
「ぇ……でも……」
「じゃあ……我慢できないぐらい、ぐちゃぐちゃにしてあげる」
「やっ……ま……!」
可愛いと言われだけで、身体は反応して感覚が鋭くなる。そんな油断している状態で、さらに激しく耳を舐められて、舌を這わされる。
もう何度も可愛いと言われてるのにやっぱり慣れない。毎回嬉しくなって、身体が熱くなる。メドリも可愛いよって言いたいのに、そんな隙はなく、メドリが私に触れる。
「――—っ!」
声にならない叫びが喉から飛び出る。
羞恥心が追うようにやってきて、身体中に蔓延る熱をさらに強める。
「ほら……やっぱり、かわぃい……」
「ぅう……めどぃ、もかわっ」
今度こそメドリに可愛いって伝えたかったのに、メドリはそれを許さない。彼女に唇を防がれたから。舌を入れ込まれて、唾液が絡み合う。
それだけでも快楽が強くて涙が出そうになるぐらいなのに、さらにメドリの綺麗な手が私の身体を伝う。それと同時にメドリが魔力を絡めてきて、どんどん感覚が暴走していくのを感じる。快楽が思考を飲み込んでいく。頭が熱で浮かされて、なにも考えれなくなっていく。
液の音が部屋中に鳴り響くのを遠くに感じながら、目の前で私を貪るメドリを見つめる。メドリの目を見つめる。私だけを見つめる目を。
それを見るたびに確信がまた強くなる。メドリと一緒にいてよかった。一緒にいれてよかった。好きになってよかった。好きになってくれてよかった。
メドリは私に触れることを望んでくれてる。私を求めてくれてる。それはきっと安心するから。
私もメドリと触れ合うのは好きだし、いつでも触れていたいけれど、メドリの方が深く触れたがる。正直、私はメドリと一緒に寝転がって、額をつけて手を繋いでるだけでも、大分満足してしまう。もちろんこんなふうにメドリの身体の隅々まで弄るのは、すごく気持ちいいけれど。
でもきっと、メドリの方が深く繋がるのは好きなんだと思う。それは、メドリが不安になりやすいからなのか、それとも、ただ単に性欲が強いからなのか……多分前者だと思う。後者がないわけじゃないだろうけれど、蕩けたメドリの顔の中に深い安心があるのを見逃す私じゃない。
嬉しい……嬉しいな。
私と触れ合うことでメドリが安心してくれるなら……メドリの不安を取り除けるなら……すごく嬉しい。それが余計私の中を支配する快楽を強くさせる。
多分……メドリが語ったように、何かが違えばメドリの隣にいて、メドリに求められていたのは別の人だったんだ思う。それがどんな人だったかはわからない。メドリの友達か、仕事仲間か……多分候補は沢山いた。メドリは素敵で可愛くて綺麗で優しい人だし……メドリはきっと性別には拘らないだろうから、余計多くの人がいたと思う。
でも、そんなもしもはなくて、今、メドリが求めてくれてるのは私。見てくれてるのは私。支配してくれてるのは私。
メドリを独占してる。メドリが私を選んで、メドリの意思で私に沢山の感情をくれる。メドリの心をもっと独占したい。私のことだけで……
「ずっと一緒だからね。イニアは私のもの……何でしょ? 誰のものにもなっちゃだめだからね。ずっと私のイニアでいて」
「うん……ずっと、いつでも、何があっても、メドリのものだよ」
私にはメドリしかいないもの。メドリだけが私の全てだから。他の人が嫌いなわけじゃないけれど、どうしだってメドリには敵わない。メドリが私の心の全てを占めてる。
昔は少し隠していた部分もあった巨大な感情。けれど今は何も我慢しない。だから傲慢かもしれないけれど、メドリと幸せでいたい。私と一緒にいることでメドリが幸せになって欲しい。それが今の私の最大の欲望。
「ねぇ……その、あんまりこんな話は怖いからしたくないんだけどね……」
「なに……? どうしたの?」
幸福感と快楽に溺れた思考からメドリの声で戻ってくる。
私の何かが不安にさせてしまったかもしれない。私以外にもいろんな要因がまたメドリの不安を生み出してしまったのかもしれない。そう少し身構えて、それでもメドリに安心して欲しくて、絡み合った指に力を込める。
「もし、もしもね? もしも……私達が離れちゃっても……イニアは私のこと好きでいてくれる? 私のこと忘れないでいてくれる? 会いに……来てくれる?」
「それは、うん。もちろん。会いに行く。ずっと好きだし、忘れるなんてあり得ないし……それより離れたりしないよ」
私には当然の答えを返す。
けれど、メドリの表情はあまり晴れない。
「で、でも……例えば、今離れないとお互い死んじゃうってなったら? 離れる……でしょ?」
「それなら……うん。そうかも。後から会いに行けるならね。でも……もう2度と会えないなら……その時一緒に死んじゃいたい」
もしかしたらメドリには私なんかと離れた先に幸せがあるのかもしれないけれど……そんな未来は来て欲しくないから。メドリの幸せに私がいないなんて嫌だから。
「どうしたの? 不安になっちゃった?」
「……そうなのかな。なんか……確認しときたくなって……離れても……それで何年経っても……会いに行っていいんだよねって……好きでいてくれるよねって……ごめんね。こんなこと。変だよね」
「ううん。大丈夫。ずっと……何があっても好きだよ。もし、事故とかで少し離れることになっちゃっても、好きでいるから」
そんなことにはならない……というか絶対させたくないけれど、もしそうなって、メドリが私への気持ちを失っていても、嫌われていても、私はメドリのそばに行く。メドリの心にいたいから。自分勝手だとは思う。でも、我慢しないって決めたから。
「そう……だよね。未開拓領域なんて初めてだから不安になっちゃったのかも。ずっと一緒だもんね。ね……」
「ん……」
メドリが優しく口づけを落としてくれる。
その姿はとてもいじらしくて可愛い。さっきまで激しく求めてきたのに、急に優しくするのはずるい……また私の中の好きって感情が強くなるのを感じる。
その感情と絡み始めた舌が鳴らす水温がまた私を、私達を快楽の渦に溺れさせていく。
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