第86話 ふたりで
「えっと……その」
正直誘うことはあっても誘われることがあるとは思ってなかった。だから4人でもいいですかって今回のリーダー……たしかガジさんだったっけ、に聞きに行こうかと考えていたのに。
それは単純に私達が弱そうだから。私達4人が一緒にいるのはわかっているだろうし、そうなれば子供2人が同じ班にいることになる。
子供は魔力最適化がまだだから魔法の練度がどうしても低い。だから足手纏いが2人いる班になってしまう。これから行くことになると場所は命の危険のある未開拓領域。そんなところに行く仲間にあえて弱い人を選ぼうとは思わないはずなのに。
「なんていうか……どうして? と聞くと失礼かな……えっと、なぜ、ですか?」
うまく言葉がまとまらない。
どうしても警戒が先に立ってしまう。
客観的に見てあんまり私達を選ぶ理由がない……と思う。もしあるとすれば……イチちゃんとナナちゃんが特別と知ってる……とか。
多分私達と一緒で一般公募とはいえ、曲がりなりにもゲバニルの中に敵対組織のアヌノウスに所属している人がいるとは思わないけれど……イチちゃんとナナちゃんは、なんだかんだ特殊らしい。アマムさんも見たことがないような魔力波形で興奮しながら、バレればアヌノウス以外にも狙う組織はあると言っていた。
それぐらい人工的に生み出された特化魔力というのはすごいらしい。私にはそのすごさはよくわからないけれど、2人を狙う人は多いから気をつけないといけないっていうのはわかった。
「なぜと聞かれても……そうね。あえて言うなら、あなたたちが心配だったからかしらね」
「心配……?」
「私達は大丈夫だよー?」
メドリが反復するように呟く隣で、ナナちゃんが返答する。
初対面で私もメドリも警戒を強める反面、ナナちゃんにそんな様子はほとんど見られない。それはすごいけれど、少し心配になる。……まぁ、イチちゃんはかなり警戒しているようだし、大丈夫だとは思うけれど。
「大丈夫かもしれないわね。でも心配なのよ」
「どうして?」
「あなたたちが子供だからよ。大人はいつだって子供が心配なの」
「んー……そっか!」
緑髪の女の言葉にナナちゃんはわかったようなわかってないような顔をしながら、元気よく返事を返す。それを見てるとなんだか警戒している方がばからしいような気もする。
「これでは不十分かしら」
「……まぁ、はい」
実際そんな善意だけのような動機で命を預ける班員を選ぶなんて、とてもじゃないけれど信じれない。人がみんなそんな優しい人なわけがない。悪意を持って接して欲しいわけじゃないけれど、悪意を持ってると言われた方が信じてしまう。
でも、別に悪意を持ってるって信じたいわけじゃない。
「けれど……4人よりは5人の方がいいのは確かですし……みんなはどう思う?」
「いい!」
「……うん」
イチちゃんとナナちゃんは肯定を返してくれる。
あとは隣のメドリだけ。メドリは悩んでいるのか、少し俯いている。2人とこの人には悪いけれど、もしメドリが嫌といえば、私は断固拒否するつもりでいる。
メドリが1番だから。
メドリのこの手の温もり、絡み合った指の感触、真剣に考える可愛い顔、長い紫髪、柔らかな唇、小柄な身体、優しい心。その全てで私の心は占められているから、メドリが嫌といえば、私も嫌になる。一緒だから。
「私は……わからない。わからないけれど、イニアが言うなら、大丈夫……かな」
「そっか……うん。じゃあ、その、よろしくお願いします」
「よかったわ。こちらこそよろしく。まずは自己紹介ね」
そう言うと同時に、音声機からハウリングがして、会話が切れる。
「そろそろ纏まったようだな。では班員が誰かを聞いていく。それが終わったら今日は解散とする。残りの詳細は後に魔導機で送る」
あ、これで終わりなんだ……
なんとかなった……かな。
あとの不安要素は、この人、えっと。
「途切れてしまったわね。私はセルシアよ。よろしくね」
セルシアさん……ね。
心の中の疑惑はまだ晴れない。警戒は……しといた方がいいのかな。あんまりしたくないけれど……
「よろしく! 私ナナ! この子がイッちゃんで、こっちお姉ちゃんがイニアお姉ちゃん、こっちがメドリお姉ちゃんだよ!」
一瞬思考を巡らせているうちにナナちゃんが私達の紹介を全部やってしまった。
こういう時の社交性というのかな? 元気の良さは私達にはないところだよね。
「そうなのね。教えてくれてありがとう」
「ううん! それより、セルシアさんはどんな魔法が使えるの?」
「え? あ、うん。それはね」
ナナちゃんはにこにこしながら結構重要なことを聞く。
あとで聞こうとは思っていたけれど、いきなりすぎるような。大丈夫かな……失礼と思われて、ナナちゃんが嫌われて欲しくはないけれど……
「ナナ! そんないきなり……」
「えー、いいじゃん!」
「でも……」
私と同じようなことをイチちゃんも思ったのか、ナナちゃんをたしなめるように腕を引く。
けれど、セルシアさんに気にした様子はなかった。
「いいのよ。魔法はいろいろ使えるつもりだけれど、得意なのは向上魔法かしらね」
「え、向上魔法……!」
次に興奮するように声をあげたのはイチちゃんだった。
……うん。なんとなくだけれど、大丈夫そうかな。
セルシアさんは2人の矢継ぎ早の質問にも、優しく答えてくれている。彼女にも聞きたいことがあるはずなのに……悪い人ではない……のかな?
「イニア……大丈夫そう……かな?」
「うん。きっと大丈夫だよ。それより、ありがと」
「え?」
「私を信じてくれて。すごく不安だったでしょ?」
メドリはセルシアさんに対して不安を感じていた。メドリだって単純に考えれば、4人より5人の方が安全ということもわかってる。けれどメドリは不安になりやすい。だから感情が思考と相反した結論を出してしまいそうになってるんだと思う。
でも、私がいる。私の手をきゅっと握ってくれてる。私と一緒なら大丈夫って思ってくれてるから、新しい人とも関われるようになってる。
メドリの中で新しいことをするのはすごく怖いのだと思う。
変化が怖い。好意が嫌悪に変わるのが怖い。だから変化が怖い。メドリはそう言っていた。
新しいことは不安定だから、怖いのだと思う。まだ確定していないことに対する不安がメドリの心に巣食ってしまう。
けど、どれだけ不安になっても、私は変わらない。ずっとメドリの隣にいる。何があって、私が私である限り、ずっとメドリの隣に。
「……わかっちゃった?」
「うん……メドリのことならなんでもわかるよ」
本当はなんでもわかるわけじゃない。けれど、なんでもわかりたい。なんでも知りたい。メドリのことならなんでも。なんでもわかるようになりたい。
好きなもの。好きなこと。好きな人。落ち着く場所。落ち着く時間。一緒にいたい人。大事なもの。大事な人。
そういう正のことの他にも、負のことも知りたい。
嫌いなこと。不安になること。怖いこと。恐れていること。
全部、何もかも。
全部知って、正のことの対象は全部私に置き換えたい。そして、私と一緒にいてメドリの負の感情を少しでも無くなって、メドリが幸せになってくれれば、それ以上の幸せはない。
「……うん。私不安だった。ううん。今も不安。ずっと……怖いの。全部が怖くて……変わっちゃう。変わって、私のそばからいなくなっちゃう……」
いつかも聞いたメドリの不安。
何度も聞いたメドリの不安。
「でも……イニアは違うから。ずっといてくれるから。イニアが変わらずいてくれるなら……他のことが変わっても……うん。いいよ別に。イニアだけいてくれれば」
その言葉にまた崩れ落ちそうになる。
それぐらいメドリの言葉が私の思考の大部分に反響する。幸福が充満して、立ち方を忘れそうになる。
「だから……どこにも行かないで。行っちゃだめ」
繋いだ手はいつのまにか放れていて、私の手首を強く掴む。跡が残りそうなほど。絶対離さない。そんな声にならない言葉が聞こえる。
「行かないよ……ずっと一緒。一緒にいたい」
それに答えるように身体をすり寄せる。
私が一緒にいる。一緒にいてどんな不安も感じないようにしてあげる……私がメドリを幸せに……ううん。私達で幸せでいたい……メドリにもこの幸せが……私がメドリと一緒に入れて幸せって気持ちが伝わってるかな。伝わってるといいな。メドリも幸せでいて欲しい。私と一緒にいて幸せでいて欲しい。
それで私たちはずっと2人で一緒に……
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