第84話 とくべつ

 翌日になって、私達は予定通り集合場所に来ていた。集合場所はこの街のゲバニルの基地。


「ここ……だよね?」


 ここら辺の入り口は使ったことないから少し不安になりながら、扉を開ける。けれどそんな心配は不要だったようで、壁にある印へと魔力を流せば、地下へと続く階段が現れる。登録している人の魔力に反応する仕組みらしいけれど、毎回少し驚く。


 この基地にはいるのは初めてだけれど、住んでる街にある基地とぱっと見そんなに変わらない。たしかここは支部的だから少し小さかったはずだけれど。

 地下と言っても、暖房がそれなりに効いていて寒くはない。暖房がなくても、私達は魔力のおかげでそこまで寒くはないけれど、イチちゃんとナナちゃんはまだその段階まで成長していないし、あるに越したことはない。


「寒くない? 大丈夫?」

「うん!」

「というか……ちょっと暑い……」

「そう? 私は大丈夫だよ!」


 ナナちゃんの方が少し鈍感なのかな。別にイチちゃんが元気がないとかではない……とは思うけれど……


「一応ね。一応」

「え、何?」

「ちょっと、ごめんね」


 断りをいれてイチちゃんの額に手をあてる。


「熱……じゃないみたいだね」


 少し暑いって言ってるぐらいで大げさかもしれないけれど……なんだか最近こういう小さな心配が多いかもしれない。


「なら、うん。いいんだけど。ごめんね」

「別に……いいけど」


 少し自分に呆れながら、再度イチちゃんに謝罪する。口では気にしてない風だったけれど、少し顔を背けられる。

 やっぱり触れられるの嫌だったかな……? 私は別にイチちゃんやナナちゃんに触れられても何も思わないけれど……


「あっ! 照れてる!」

「ナナ!」


 照れてるだけらしい。

 ナナちゃんが言ってるから多分本当だと思う。もちろんナナちゃんは、イチちゃんのことなら私達以上に知ってる。それは一緒にいた期間もそうだけれど、どれだけ見てるか。


 私はやっぱりメドリを1番に見るから、メドリの些細な変化にも気付ける……と思う。けれどイチちゃんとナナちゃんに関してはそこまでの自信はない。

 だから今みたいな行動が照れ隠しなのか嫌がってるのかの区別がしにくい。嫌われても助けるつもりではあるけれど、嫌われたいわけじゃないし。

 

「心配してくれて嬉しんだよねー?」

「もう! そうだけど……もう知らない!」

「イッちゃん、どこ行くのー! 待ってよー!」


 ナナちゃんにからかわれて、余計照れてしまったのか、それを隠すように少し歩調を早めて先へと行ってしまう。それを追いかけるようにナナちゃんも駆け足になる。


「……イニア」

「どうしたの?」


 私を呼ぶ声が隣から聞こえてくる。小さな声だったけれど、私がそれを聞き逃すことはない。かわいらしいメドリの声が私の名を呼ぶ。それだけで私の身体は少し熱を持ってしまう。

 けどその声は静かで、身体の持つ小さな熱はすぐにかき消えてしまう。何か不安になったのかな。


「心配なのはわかるよ……わかるけど……イニアは私以外に触れちゃやだ。でも……わかってる。だから、せめてもっと私にも触れないと、だめ、ね?」


 そう言って繋いだ手がさらに強く握られる。

 その手からメドリの嫉妬心が伝わってくる。私を引き止めて、支配したいって思いが伝わってくる。

 それがすごい嬉しくて、さっき持った身体の微熱が激情となって戻ってくる。


「わかった」


 そう言って、少し腕に力を込めメドリの身体を引き寄せる。そのままメドリの額へ口付ける。さらに目蓋、鼻、頬へと口付けをおろす。少しずつ降りていって、最後は唇。

 唇に軽く触れれば、メドリは待ってたとばかりに口を開けて唇を啄まれる。そんな焦らなくてもいいのにと思いつつ、私も口を開けて舌を絡ませる。


 少し誰か来たら恥ずかしいとか、イチちゃんとナナちゃんも見てるのにとか、我慢できなくなっちゃいそうとか思ったけれど、そんな思いはすぐに消え、メドリのことで頭がいっぱいになる。


「っ……んぁ……」


 メドリと絡み合い、どちらのものかわからない声が漏れる。呼吸を共有してる。感覚の全部が必死にメドリのことを感じ取ろうとしてる。

 視線が交差する。メドリの目には私しか映ってない。私の目にも、思考にもメドリしかいない。もっと、もっとメドリの心の中へ。もっとメドリを感じたい。メドリにお願いされたい。頼られたい。支配されたい。

 もっと、もっと好きになりたい。好きになればなるほど、メドリといるだけの幸福な時間はもっと幸福に、嬉しい瞬間はもっと嬉しくなるから。


「んん……ふぁ……」


 糸引きながら唇を離す。

 これ以上、顔を蕩けさせたメドリを見ていると我慢できなくなりそう。それぐらいキスを終えた後のメドリはえっちでかわいい。誰にも見せたくない。私にだけ、その顔を見せて欲しい。


「どう? もっと?」

「……イニアは?」

「もっと。だけど、これ以上したら我慢できなくなっちゃう……」

「じゃあ……帰ったらね?」


 たださえ赤くなった頬をさらに赤くしながらメドリが言う。それがすごくかわいくて、今にも襲ってしまいそうだった。

 それを必死に堪えて、手を繋ぎ直して、指を絡め合う。


「あのね。メドリ」

「……うん」

「私が触れて嬉しいのはメドリだけだからね。触れられて嬉しいのもメドリだけだから。だから……その」


 やっぱりメドリは特別。他の人に触れたり触れられるののはあんまり好きじゃない。緊急事態ならそんなこと言ってる場合じゃないだろうけれど、そうじゃなかったら他の人なんて触れたくもない。

 そういう意味では、触れても触れられても何ともないイチちゃんとナナちゃんも少しは特別なのかも。でもメドリはやっぱり……


「うん……私も。イニアに触れて、触れられたら嬉しい。だから……嫉妬、しちゃった……」

「嬉しい。嫉妬してくれて。すごい嬉しい」

「え……なんで? だって……面倒くさくない……かな?」


 俯いたまま歩くメドリが驚いた声を上げる。

 メドリにもっと私の思いを知って欲しくて、足を止めて向かい合う。


「ううん。だってそれだけ私を支配してくれるってことでしょ? それにメドリのこと好きだもん。私のこと考えてくれてるだけで、嬉しいよ」

「そっか……ありがと。私もイニアのこと好き……」


 今度はメドリが私にキスをする。

 ちょっと唇が触れ合うだけの軽いキス。だけれど、それが私を……ううん、私達を安心させてくれる。お互いの好きって気持ちを交換して、一緒にいる幸せを再認識する。


「お姉ちゃん! おそーい! 置いてっちゃうよー!」

「今いくよー! ……いこっか」

「うん……好き」

「好きだよ」

「好き。大好き」

「私も大好き。一緒にいようね」

「うん。ずっと、ずっと一緒だよ」


 指を絡めながら歩みを進めながら、誰にも聞かれたくない会話をする。会話と言えるかはわからない。ただ私もメドリも気持ちを吐露しているだけ。

 でも……こんな時間がすごい好き。メドリとの時間が。メドリがこういう時間を過ごす相手は私だけがいい。私もメドリ以外との時間なんていらない。


 どんどん好きが強くなる。胸に手を当てれば、もう完全に自分では制御できないくらい大きくなってるのがわかる。これだけ好きでいれるのは嬉しいけど、少し怖い。

 そんな私の中の感情に少しの恐怖を感じていた時、何かを感じた。ほんの一瞬。何かが身体を駆け巡った。


「……?」

「……どうしたの?」

「ぇあ、ううん。気のせいみたい」

「ほんとに……? 一緒なんだから……隠し事はなしだよ?」

「うん……もちろん。ちょっと違和感? みたいなのがしただけ。でも気のせいだから」

 

 それはすぐに霞のように消えてしまって何かわからない。けれどそれはどこかで感じた感覚。吐き気のようで、嫌悪感のようで、不快感のような、でもその全てとも違う感覚。


 まぁいっか。メドリと一緒だし……

 そう思って思考をメドリと触れ合う手の感覚や、横顔に戻す。そうしてるうちに、一瞬だけしたその感覚のことは完全に思考から消えていた。

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