第80話 のぞみは

 少しずつ魔物調査も終わって、地図も全て薄暗くなった。魔導機には色々な情報を打ち込んで、パドレアさんへとそれを送る。

 今はもう帰りの魔車の中。ゲバニルが宿泊代やら、通行代も出してくれるから、贅沢に個室部屋を取らせてもらった。ナナちゃんとイチちゃんもいるからいつかのようにメドリとじゃれあうことはできないけど。


「終わったね。お疲れ様。ありがと」

「ううん……その、私達こそ無理に連れてきてもらって……」

「まぁ、危ないこともあったけど……でも大丈夫だったし。それに、私達も助けてもらったから」


 正直私もメドリも、家とか宿で待っていて欲しかったけどね。私達も働いてみたい、一緒に暮らしてるんだから助けになりたいって言われて、断れるほど私たちは強くなかった。


 2人が十分に戦えるのは知っていたけれど、それでもなるべく助けようって思ってたし、危ないことは私たちでやろうってメドリと決めた。本当はメドリにも危ないことはして欲しくなかったけれど、私達は一緒だから。


「あれは……うん。怖かった」


 危なかった時のことを思い出してるのか、イチちゃんが少し俯いて、ナナちゃんの手を握る。イチちゃんは不安になるとナナちゃんに触れる癖があるみたい。

 きっと私と同じ。好きな人に触れているだけで不安がほぐれて消えていくような感じがして安心する。メドリに触れているだけで安心する。


「あの白い子、強かったね!」

「……ナナは怖くなかったの?」

「うーん……怖かったけど、お姉ちゃん達が来てくれるって信じてたし、それにイッちゃんもいたから!」


 白い子って……あれは子って感じじゃないと思うけど……あれは多分ガルバイエだと思う。奇怪な大きな羽と硬い甲殻を持つ強力な魔物。魔法は使わないけれど、魔力はたくさん持っていて、その巨体で攻撃してくる。

 といっても本来は2人でも倒せる魔物だけれど、あれは何かが違った。1番違うのは色で、普通は赤色なのに白色になっていた。違うのは色だけじゃなくて強さも上がっていた。より速く、より硬い個体だった。


 そんなのが私達が別の魔物を倒しに行ってる間に現れて2人を襲った。急いで助けに行ったからなんとか間に合ったけれど、あれは私達も怖かった。

 イチちゃんとナナちゃんもすごく大切な人だから。最初は気まぐれだったかもしれないけれど、今なら大切な人って言える。昔は大切なものなんてメドリしかいなかったけれど、今は違う。

 きっとそれはメドリのおかげ。メドリがいてくれたから、メドリが私を受け入れてくれたから、余裕ができて2人を助けたいって思えたし、大切に思えてる。


「……信じて、くれてるんだね」


 じゃれあうイチちゃんとナナちゃんを眺めながら、2人には聞こえないぐらいの小さな声でメドリが呟く。その横顔は恐怖や喜びが見れる。


「どうしたの?」


 メドリのことが知りたくて、問いかける。

 メドリの方に向き直ると、少しずつ思考がメドリだけに向いていって、イチちゃん達のことは頭から消え始める。消え始めて、メドリのことで頭がいっぱいになる。


「いや……その」


 少し悩むように目を伏せるけれど、すぐに私に向き直ってくれる。少し前までのメドリなら言ってくれなかったかもしれない。でも今は、待っていれば、隣にいれば全部言ってくれる。私達は一緒だから。

 

「……信じてくれてるのは嬉しい。嬉しいけど……私はだって……信じられるほどの人じゃないから。期待されても、きっとうまくできない。だから怖い……の」


 ぽつりぽつりとメドリが想いを吐露する。

 弱々しく言葉を紡ぐメドリに手を回して、抱きしめる。私が一緒にいるって伝えられるように。


「……期待を裏切ったら嫌われるから?」

「うん……私まだ、やっぱり、嫌われるのが怖い……でも、イニアがいてくれるから……好きでいてくれるから、前よりは大丈夫……かも」

「そっか……ならよかった。ずっと好きでいるから」


 紫髪を撫でながら、メドリの言葉を頭の中で反芻する。

 メドリの支えになれてることが嬉しい。私の存在がメドリの不安や苦しみを少しでも減らせてるなら嬉しい。

 私じゃなくてもいいのかもしれない。ううん。前までは私じゃなくてもよかった。そう思ってた。私じゃなくても、誰かがメドリの苦しみを取り除けるならそれで。


 けど今は……今は違う。今は私じゃなきゃやだ。誰かじゃなくて私じゃないと……メドリの支えになるのは私じゃないとやだ。その気持ちにやっと気づいた。

 自分勝手な酷く醜い思考かもしれない。けれど、もう抑えきれない。メドリの中で私がすごく大きな存在になってて欲しい。私と一緒に。一緒で。


「わぁ……すごーい! ね、イッちゃん!」

「うん……綺麗」


 イチちゃんとナナちゃんが窓から景色を見て感想を語り合う。思い出を共有してる。微笑ましい。

 こんな光景を見れるなら、助けてよかった。2人にも幸せな時間を増やして欲しい。


「私も……好きだよ。イニア。大好き……」

「うん。好き。好き」


 けど……私達には景色なんていらない。

 私達だけがいればいい。私達は私達だけの思い出を作っていく。


 イチちゃんとナナちゃんは、助けるって決めたから助けるけれど……もしもメドリとどっちを助けるかって聞かれたら、迷わずメドリを助ける。

 2人には悪いけれど……ううん。悪いとは思ってない。メドリを最優先にするのが私の正義なんだから。2人が大切なことには変わりないけれど。


「んぅ……ぁぅ」


 吐息を漏らしながら、頬を擦り付けて、手を絡ませる。

 暖かいメドリの体温が直接伝わってくる。


 あぁ……やっぱり幸せだな。メドリと触れてるだけで幸せが溢れる。好きって気持ちが溢れ出る。やっぱり景色なんていらない。別の何かなんていらない。私はこうやって繋がっていられればそれで、どんな場所だって、どんな景色だって、どんな瞬間だって特別になるんだから。


 メドリも私といるだけで幸せでいてくれる。顔を見ればわかる。少し頬を赤くして、薄らと笑みをこぼしている可愛い顔。幸せだよね。私達。幸せ。


 キスして、えっちなこともしたいな……したいけど……今は2人だけじゃないし……流石に乱れたメドリは私だけのものにしていたい。

 そういえば私の独占欲は強いけれど、あんまりメドリを拘束したいとは思わない。解放されて強くなった独占欲が何をしだすのか少し不安だったけれど、私の独占欲は心に向いてるみたい。


 メドリの心を私だけで満たしたい。

 イチちゃんもナナちゃんも。パドレアさんやアマムさん。他のみんなも全部いらない。

 メドリの心は私だけ。私だけにしたい。


 朝起きてから寝るまでずっと……ううん、寝ている時もずっと私のことを考えていて欲しい。私のことを考えて、幸せな気持ちでいて欲しい。私のことを好きでいて欲しい。


 最悪……嫌いになっても、私が死んでも、メドリの心を私が占められるならそれでいいかもしれない。嫌いになんてなられたら、私はきっと私を許せなくて、自殺してしまうかもしれないし、死んでしまったら2度とメドリに会えないから嫌だけれど……それでもメドリの心を支配できるならそれで。


 できることなら、幸せな感情で支配したいけれど。

 でも、どちらにせよ私は……メドリの心を支配したい。私で埋め尽くしたい。私を、私だけを……想って。

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