第79話 とけてく

「私達って……家族、なのかな」

「え?」


 昨日寝る前に感じた疑問はその時まで完全に頭から消えていた。可愛いメドリに心が奪われていたのもあるし、外で魔物調査のために動いたからそんなこと気にする余裕なんてなかったのかもしれないし、イチちゃんとナナちゃんを見守るのに思考領域を使っていたからかもしれない。


 けれど帰ってきて夕食を食べて、メドリと一緒にお風呂に入って、湯船に漬かり、穏やかな時間をすごいているうちにその疑問は思考を侵食してきた。

 その疑問をメドリに言わないって選択肢はなかった。言わない方がいいのかもって思わなかったわけじゃないけれど、メドリに隠し事なんてしたくないし、どんな不安なことも共有して、一緒に生きていくんだから。


「えっと……だからね……その、なんていうか……」

「……まぁ……血は繋がってないよね。けど、そういうことじゃないでしょ?」


 なんの脈絡もない疑問に呆気に取られた顔をするメドリだったけれど、少し考えて疑問を返してくる。私も言ってから、何を言いたいのか分からなくなって、少し黙ってしまう。

 血は繋がってない。それはそう。いや、もしかしたら遠くで繋がってるのかもしれないけれど、私もメドリも家族に関してあんまり知らない。

 親戚の集まりなんてものは1度も行ったことはない。それどころか本当にそんなものが実在してるのか怪しいぐらいだし、きっと1人もいないんじゃないかと思う。いたら、家に誰もいなくなった時に誰か来てるはずだから。


「そうだね……えっと」


 疑問によってかき乱された心を落ち着ける。

 この不安がどういう決着になろうと、メドリと一緒にいれれば大丈夫……メドリが近くにいる。メドリと一緒にいる。同じ場所で、同じ空間で……メドリと触れ合ってる……メドリ……


「ね……くすぐったいよ……」

「あ……」


 少し熱い湯船の中で思考が弱くなっていたのか、いつのまにか私に身体を預けるメドリを弄っていた。ほとんど無意識に。

 微笑みながら私に顔を向けるメドリを見れば怒ってないことはわかっているし、身体に触れていても許してくれることは感じてる。

 でも口からは思わず謝罪の言葉が漏れる。


「ご、ごめんね」

「……いいけど……その、今真面目な話をしてたんじゃないの?」


 少し顔を赤くして、腕の中で上目使いで照れたように見つめてくれるメドリを見てると、不安の共有なんて後回しにしてもっと触れ合って、一つに溶けてしまいたくなる。

 けれど今、不安を共有しないとまたずるずると不安を抱えていってしまう。それがいつか爆発してしまう方が怖い。


「えっと……私達って、恋人……だよね?」

「うん。私はそう思ってる……けど」

「その、でもね……なんていうかただの恋人なのかなっていうか……」


 この感覚をうまく伝えるのは難しい。自分でもよくわかってないような気持ちだけれど、疑問が浮かんでいるメドリに必死に伝えようと言葉を紡ぐ。


「メドリが1番大切で……1番大好きで……でも同時にイチちゃんとナナちゃんを妹のように思ってるよ。その……えっと……だから、勝手に姉だと思ってて……だから2人とは家族みたいなものだと思ってる。なら……恋人は家族の前なのに、メドリの方が大切だから、その……」

「……恋人ってだけじゃ、なんだか物足りないみたいなこと?」

「……そう、なのかも。結婚とか、できないわけじゃないけど、そういうことじゃなくて……」


 女同士でも結婚はできるらしい。そういう情報も流れてくる。私たちが生まれる少し前にはできるようになったらしいけれど、結婚なんてなんの意味もない。

 メドリがしたいっていうならしてもいいけれど、特別な意味があるようには思えない。結婚なんてしなくても、私はメドリのそばに居続けるもの。


「そうだね……私達ってなんていう関係なんだろうね。恋人でも、親友でも、家族とも……何かが違う気がするよね」


 メドリの言葉に深く頷く。

 どの言葉もなんだかしっくりこない。恋人は別れることもある。親友だって絶交することもある。家族でも捨てられる。

 けれど、私たちは違う。ずっと一緒にいるし、一緒に支え合って生きていく。

 ……もしも、メドリが私を嫌っても、私はそうするつもりだけど……メドリに嫌われて、私の心が持つかは不安なところ。私は弱い。簡単に心なんて折れる。特にメドリに嫌われるなんて、心に大きな傷を負うことは間違いない。それどころか心が壊れて、死んでしまってもおかしくない。いや……きっとそうなってしまう。


 死んでしまうことは怖い。死ぬこと自体は怖くはないけれど、メドリと触れられなくなるのが怖い。もし死ぬことで永遠にメドリと触れ合えるなら、躊躇いなく死ぬ。もしも……メドリが先に死んでしまったら、その時もすぐに死ぬ。

 メドリと一緒に生きていくって約束したから。決めたから。一緒に生きていくってことは一緒に死ぬってことでもあると思うから。


 それにメドリがいなくなってしまった世界で生きている意味なんてない。メドリが、メドリだけが私の生きる理由なんだから。


「……私達。きっとひとつだよ」


 気づけばそう呟いていた。


「ひとつ……2人で1人というか……私達は離れられないんだもの……全部を共有して、全部を分け合って……嬉しいことも、楽しいことも一緒だし、辛いことも、苦しいことも一緒……」


 手についた傷を撫でる。

 メドリがつけてくれた傷。ずっと欲しかった。これを見るたびに、メドリのことを感じれるから。メドリはあんまり乗り気じゃなかったけれど、もう我慢しないって決めたから頼み込んでつけてもらった。


 メドリの手にも同じような傷がついてる。

 メドリは嫌そうだったから、必死に止めたけれど、私と同じ痛みを共有したいなんて言われたら止めれるわけがなかった。

 あれは……嬉しかった。


 一緒。

 なんだって一緒。

 どんなことだって一緒。

 ずっと一緒。


「そうだね……一緒だよね。ずっと。イニアは一緒にいてくれるもんね」

「……メドリが私から逃げても、嫌がっても、一緒にいるよ」

「逃げたり、嫌がったりなんてしないよ。イニアのこと大好きだもの……きっと私達の関係を表す言葉はないよ。そんなものなくていいよ……一緒にいる。ただそれだけでいい……」


 腕の中で私の手の傷を撫でる。

 そのまま手を伝って、指が絡まる。


「親友より、恋人より、家族より、大切だよ。自分自身よりもきっと……大切。そんなのなんて言ったらいいかなんてわからない。でも、それでいいよ。私達だけがそれをわかってればいい……そうでしょ?」

「うん……」


 メドリの言葉に頷いて、背中を丸めてメドリの髪に顔を埋める。メドリの匂いに包まれて、メドリの温もりを感じる。

 この暖かさに何度救われたのかな。何度も、何回でも、優しいメドリは私を助けてくれた。だめになっていくだけだった私の隣にいてくれた。そんなメドリの優しさを今はほとんど私が独占している。


 それは本当はもっと多くの人に振りまかれるはずだった優しさ。そういう意味では私は悪い人だと思う。けれど……私は独占欲が強いから……メドリの気持ちを、心を独り占めしたい。

 私を選んでほしい。その気持ちはいつまでもあるし、少しずつ強くなっている。好きで好きでしょうがない。


「好き……」

「私も好きだよ……大好き……」


 お湯は緩くなり始めたはずなのに、すごく熱い。メドリと触れ合ってるだけで熱が私達を溶かす。傷を合わせて、2人で溶けていく。

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