第77話 みとめて

「おそーい!」

「ごめんね。急いで準備するから」


 メドリとの大切な時間を過ごして部屋から出るとナナちゃんが少し頬を膨らませて待っていた。


「ナナ……そんな急がなくても」

「そうだけど……これじゃいつまで経っても終わらないのかもそれないじゃん!」

「でも、私達は無理言って連れてきてもらってるんだし……」

「いいよ。起きるの遅かったのはほんとだし……それにイチちゃんたちがいて助かってるのもほんとだから」


 本当はもう少し前には起きていたけれど、メドリとの2人っきりの時間が好きでたまらなくて、ずっとあの時間にいたくて、つい遅くなってしまった。今日は魔物調査に行く予定なのに。


 あの日……ナナちゃんが拐われた日。

 泣き腫らして目を赤くしたメドリとイチちゃん達を連れて家に帰って、その夜にイチちゃん達から今までの話を聞いた。


 彼女達を拐った組織アヌノウスでイチちゃん達は生まれたこと。どうやって生まれたかは知らないけれど、まともな生まれ方じゃないとは言っていた。彼女達は特化魔力の人工生成の実験体らしい。

 特化魔力は強力な魔法が使える代わりに、使える魔法の数が少ない。私も使える魔法が少ないけれど、私の場合はただ単に魔力操作が下手なだけ。特化魔力は使える魔法以外には変化しない、そういう魔力。


 そういう人は世界で数百人ぐらいしかいない。

 それを狙った魔法を使えるような特化魔力を作れるようにする実験だったらしい。イチやナナというのも作られた順番で、組織の人からは番号で呼ばれてた名残だとか。


 つまり……イチちゃんやナナちゃん意外にもたくさん同じ境遇の人がいた。その人達は2人を除いて組織の実験や、脱走しようとして殺されたらしい。唯一生きてるかもしれない2人は一緒に組織から逃げてきたけれど、途中で逸れて、どこにいるかわからないらしい。

 きっと……2人もどこかで生きてる。私達みたいにどこかで日常を生きてるよ、そうナナちゃんは言っていた。その可能性は限りなく低いってことはわかってるのに。


 組織から逃げた先があの私達と出会った森。

 今思えばあの巨木の魔物はそういう脱走者への対処の意味もあったのかもしれない。人体実験がバレないようにするための。

 2人は所属していた組織がアヌノウスとは知らなかったけれど、国と関わりが深いことは気づいていたから、国に助けを求めるわけにはいかなかったみたい。


 私達のことももしかしたら組織の人かもしれないと疑っていたとか。ナナちゃんはあんまり考えてなかったみたいだけれど。でも、次第にイチちゃんも私達のことを信じれそうって思ってくれてたみたい。


 そんな時にナナちゃんが拐われた。ナナちゃんが拐われた場所にいた男達は、片方はイチちゃん達も知ってる人で、ボージアという人だったらしい。イチちゃん達、特化魔力実験の主任だったとか。イチちゃん達を追ってあの街まで来た。

 もう1人はよく知らないけれど、話してる言葉や服装、魔力などからアヌノウスの幹部なのではないかという話らしい。メムナさんが殺してしまったから本当のところどうなのかは聞き出す手段はないけれど。


「私達、普通の人間じゃないの……」


 大方を話し終えた時イチちゃん呟く。


「そっか」

「う、うん……だから、その気持ち悪いでしょ……?」


 イチちゃんは疲れて眠ってしまったナナちゃんを支えながら、俯いて私達に問いかける。

 けれど私はすぐに答えられない。私は普通側の人じゃないから、なんて言えばいいかわからなかった。同情、共感……どこか違う気がする。


「気持ち悪い……?」

「だ、だって、普通の人間じゃなくて……

「それは魔力が特化魔力なだけっていうか……特技じゃないの? 何もできない私みたいな人より断然いいし……気持ち悪いなんて思わないよ?」


 私が思考の渦にいる間にメドリが答える。

 その答えにイチちゃんは安心したような顔を見せてくれる。


 やっぱりメドリはいつでも誰かを認めてくれる。それはメドリの自己評価の低さからくるものなのが少し悲しいけれど、それを言うメドリの声に悲しみはない。


 通路でメドリがどんな風に思っても隣にいる、一緒にいるって誓ってから、メドリはなんというか……気が晴れたというか……明るくなった感じがする。

 明るくとは違うのかもしれないけれど……なんというか不安が弱くなっているような気がする。それが私の影響なら、すごく嬉しい。

 

「そう……?」

「うん」

「じゃあ……これからもここにいていいの……?」

「もちろん。イニアもいいよね?」

「うん。好きなだけいていいよ」


 メドリとイチちゃんの会話を思い出す。

 イチちゃん達が自分たちの境遇を話すのが嫌だったのは、私達が組織の人、それ以外でも自分達のことを知ったら実験台にされるんじゃなかみたいな恐怖の他にも、自分たちが特殊な生まれということも強かったみたい。特殊だから忌避されるのが怖かったみたい。


 その気持ちは、すごくわかる。私も魔力多動症なことは全然言えなかったし、隠せなくなってから遠巻きにされてしまったし。

 別に仲間外れにされるのはよかったけど、メドリがいなくなるのが怖かった。でもメドリは私の魔力多動症が悪化してもずっと側にいてくれる。だから、今はべつに隠すことでもないかなって思ってる。


 メドリが認めてくれたから。

 メドリは私が、自分を求めて認めて許してくれたから、すごく安心できるし、大好きって言ってくれるけれど……先に私を認めてくれたのはメドリの方。

 大好きなメドリが私をこのままでいいよって認めてくれたから、私はここまでいきてきたんだもの。私を保って、メドリをもっと好きになって……


「イニア? 大丈夫?」

「……うん。行こっか」


 少し昔の記憶に浸りすぎてた。

 これから魔物調査なんだししっかりしないと。そこまで強い魔物はいないはずだけれど、それでも危険がないわけじゃないから。


「いこー!」


 ナナちゃんも元気よく出発を告げる。

 本当は魔物調査にナナちゃん達がついてくるのはどうかと思うけれど……2人がやりたいって言ってくれたことを止めれなかった。

 私達が魔物調査をするとなれば遠征になって当分帰ってこない。2人はナナちゃんが拐われてから、2人の距離が近くなったのはもちろんだけど、私達からもあんまり離れようとはしない。だから、ついてくることになって、そのまま仕事の時も一緒になった。

 私としては心配だから家で……せめて宿で待っていて欲しいけれど、2人からしてみればそっちの方が怖いらしい。そう言われれば私は何も言えなかった。

 

 けど……戦いになった時に2人が強力なのは間違いない。イチちゃんは質量投射で、ナナちゃんは魔法消去で、私達を助けてくれる。


「今日はどこまで行くの?」

「うんっと、一昨日はここまでだから、この辺りかな」


 ナナちゃんの問いかけに情報魔導機を取り出す。魔導機で地図を映して、その一点を指差す。

 地図には一部が赤く線で囲われている。そこが今回の調査範囲。その中の3割は暗くなっていて、すでに調査済みのことを示している。


「まだまだかー……じゃあ早く行こ!」

「まって、走ったら危ないって……!」

「大丈夫だよ! イッちゃんが助けてくれるもん!」

「も、もう!」

「転けないようにねー!」


 イチちゃんの手を取って走り出すナナちゃんの背に声をかける。ナナちゃんは少し振り返って、返事をするけれど走るのはやめなさそう。

 それに少し引っ張られながら、不安そうにイチちゃんがついていく。私も少し心配だけれど、まだ安全な場所だし大丈夫だと思う。


「ね……イニア。私達もいこ」

「うん」


 メドリと繋いだ手を組み直して、指を絡ませて2人を追うように歩き出す。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る