第73話 こくはく

「好き……好きだよ……何があっても好きだから……」


 そう囁き続ける。嗚咽と涙を漏らし続けるメドリを抱きしめて、そう囁き続ける。好きを伝え続ける。


「好き。大好き。ね……好き」

「イニア……」


 ずっと俯いていたメドリが少し顔を上げる。

 目尻は真っ赤に晴れてて、呼吸は荒い。そして何より苦しげに歪んでる。


 こんなメドリも可愛いけれど、メドリが苦しそうだからあんまり見ていたくはない。それでも、メドリが私に見せてくれた姿は全部好き。


「怖い……怖いの……! だって……だって私……!」

「大丈夫だよ……ずっと好きだから」


 荒い呼吸を整えることなく、メドリが言葉を吐き出す。苦しげに呼吸をするメドリの背中をさすって、私の心を伝える。

 ただ好きって伝える。それ以外に私の気持ちを伝える方法が思いつかないから。それ以外にメドリの不安を取り除く方法を思いつかないから。


「イニア……わ、わたし……ほんとに、ほんとにひど、い……よ……? ひど、くて……そん、な私……だから……き、嫌いに……なっちゃぅ……」

「どんなメドリも好きだよ……大好き。大好きだから大丈夫だよ……嫌いにならないから」


 言いながら心の中で少し笑う。

 どうして、こんなにメドリを好きなのかな。それがすごく誇らしい。こんなに好きでいれることが私はたまらなく嬉しい。

 この気持ちはメドリがどんなことをしても、どんなことを言っても変わらない。そう思える。ずっと好きでいられる。


「で、でも……ぅ……だって、ほ、ほら、今だってイニアを試すみたいな……! し、しんじ、る、勇気がな、ないから……!」


 苦しそうに気持ちを吐露するメドリを抱きしめて撫で続ける。メドリは心底怯えたように震えている。目の中は涙と恐怖で包まれている。

 こんなに怯えたメドリは初めて見たかもしれない。

 こんな姿を見せてくれたことがすごく嬉しくて、でも苦しんで欲しくはない。だから恐怖が消えるように、安心できるように撫でて抱きしめ続ける。


「なくてもいいよ……ずっと隣にいるよ……隣にいさせて欲しいの……好きだから、大好きだからずっと一緒にいたいの……」

「い、にぁ……! だめだよ……! ぃにあ……! だめ、だめなのに……こんなに好きになっちゃだめなのに……わ、私……どんどん好きになっちゃう……」


 思いがけないメドリの告白に思わず笑みが漏れる。

 メドリが私のことを好きって言ってくれたことが、私の心に多幸感をもたらして暖めてくれる。

 けれど同時にそれがだめな理由がわからない。

 

「私は嬉しいよ……? どうして好きになっちゃいけないの……?」

「だ、だって……イニアから離れたくなくなっちゃう……! わ、私、が……私はだって……」


 そこで言葉が途切れて、嗚咽に変わってしまう。荒い呼吸を繰り返して、涙が溢れ出てしまう。けれど、メドリが何かを言おうとしていたのはわかっていたから、メドリと絡まったまま目を見つめる。


「ぅ……ぁ……ぅう……ぃあ……」


 メドリの口が開いて、言葉にならない音を立てる。苦しそうに息を吐いて、言葉は心の奥へと戻っていってしまう。


 こんな時なのに私の心は喜びに溢れていた。メドリが私を見つめて、私に伝えるための言葉を考えてくれてる。私だけを見つめて、私だけを考えてくれてる。


 それが私の中の醜い独占欲を強く刺激する。そうやって私を見つめてくれるメドリは普段の数倍魅力的でかわいい。気が狂いそうになる。おかしくなりそうになる。

 でも……きっと泣いてなかったら……苦しんでる顔じゃなくて、もっと楽しそうに嬉しそうに幸せそうに笑ってくれてたら……もっと、ううん、比べられないぐらい魅力的に見えると思う。


 私はどんなメドリも好きだけれど、やっぱり幸せそうにしてるメドリを見てる時が私も1番幸せを感じる。だから不安そうにしてたり、苦しんでたりすると、それをなんとかしたくてたまらない。

 なんとかしたいけれど……私にできることはない。メドリのそばにいて、好きを伝えることしか私にはできない。


 ……もう私にはこれしかない。

 きっと私の中に残ってる価値あるものは、この気持ちがほとんど。


「……ぅ……わ、わたし……私ね……」

「うん」

「私が……イニアを傷つけちゃうから……だから一緒にいちゃだめだよ……」


 メドリがか細い耳をすませても聞こえるかわからないぐらい小さな声で理由を打ち明ける。けれど私の耳にはしっかり届いてる。メドリの言葉だから。


「傷つけてもいいよ……? 私、メドリにもらえるものならなんでも嬉しいもの」


 メドリは私を傷つけてしまうたびに酷く気にしてるみたいだけれど、私はすごく嬉しい。もちろんメドリが死なないでって言ってくれるから、死ぬのはすごく嫌だけれど、メドリが私に傷をつけてくれたこと自体は嬉しくなってしまう。


 それに私に怪我をさせてしまったメドリは私のことで頭がいっぱいになってるのが見て取れるから、大好き。同時に酷く不安そうで、苦しげに顔が歪むから、なるべく怪我はしないようにとは思う。


「で、でも……イニアは、だって……私とは違う……すごいから、どこまででもいけるよ……私と同じ場所にいちゃだめだよ……」

「それは無理だよ。私、メドリと一緒じゃないとどこにもいけないよ?」


 それは病気のこともあるけれど、1番はメドリがいないと動きたいとは思えない。メドリのところに行こうとは思えるけれど……メドリのいない場所に行こうなんて思えるわけがない。


「そんなことない! そんなこと……ないんだよ……イニア……私がイニアを縛りつけてるよ……私が一緒にいるから、イニアは私を守ってくれるよね? でも、私は何もできないから……私もイニアを守りたいのに、私は弱いから、イニアに守られてばかりで……足手纏いで……そのせいでいつもイニアはいつも危険な目にあってるよ……今回なんて死にそうだったよ……? そんなの……そんなのだめだよ……死んじゃだめだよ……イニア……イニアはすごいんだから私なんかのせいで死んじゃだめだよ……ねぇ……イニア? イニアはね、私はとは違うんだよ? すぐ遠くまで行けるの。私は……脚も翼もない私はどこにもいけない。だから……だからね。私を、お、置いて……置いていかないでぇ……おいていかないでよぉ……! あっ……ご、ごめっ……矛盾してる、よね。で、でも、わ、私、嫌で……どっちも嫌なの……イニアが傷つくのは嫌……それも私なんかのせいだったらもっと嫌……でも、わ、わたし……こんなにイニアを好きになっちゃったよぉ……! 好きで、好きでたまらないの……! こんなに好きになっちゃだめなのに……! 私なんかがイニアを引き留めちゃいけないのに……そんな資格ないのに……! でも、だから嫌なの……イニアが離れていくのが……怖くて、嫌で、苦しいよ……! で、でも、イニアに傷ついて欲しくないから……だめ、だよ……! 私のそばにいちゃだめ……なの……!」


 メドリが私の目を見つめて、涙と嗚咽に塗れながら一気に吐き出す。感情の嵐が私を襲う。メドリの強力な感情が私を襲う。


「そっか……そんなふうに、思ってたんだね」

「……う、うん……ご、ごめんね……こんな私で……面倒くさいよね……私じゃなかったら良かったのにね。私なんかがたまたまイニアみたいなすごい人のそばにいたから……き、嫌いになった? なったよね? ぅ、うん。それでいい……よ。私なんか蹴落として、忘れて……もっとすごい未来のある場所に行けるよ。イニアなら。うん……うん……ん……」


 そう言ってるうちにメドリの顔はどんどん俯いていってしまう。身体の震えがまた激しくなって、全身から恐怖と怯えが溢れ出てる。


「メドリ……こっち向いて?」

「む、無理……! 嫌いになったでしょ……? 早く、早く行ってよ……! また引き留めたくなっちゃうから……!」

「もう……」


 俯いてるメドリの顔に合わせて、私も顔を下げて下から回り込む。回り込みながら手でメドリの顔を少し上げて、口付ける。ほんの一瞬、少しだけのキス。でも、私の気持ちをありったけ込めたキス。


「好きだよ。大好き。ずっと好きって……言ったでしょ? 大好きなんだよ……? 私、メドリのこと大好きなんだから」

「いにっ……」


 もうだめだった。

 メドリが後でって言ってくれたから留まっていた理性はどこかに吹き飛んで、メドリに口付ける。

 息を止めて、舌を入れて、メドリを味わう。メドリに私の気持ちを、好きって気持ちが伝わるように、目を見つめながらキスをする。長く、永く、深く。

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