第72話 もたれて

「メドリ……」


 通路の端で座り込んだまま、メドリに甘える。疲労感と軽い痛みが走る身体をメドリに預けて、メドリの紫髪の中へと顔を埋める。メドリの良い匂いに包まれて、疲れが溶けていく気がする。


「甘えても良い……?」

「……うん」


 まだ少し、こうしてて良いのかなって気持ちがないわけじゃない。

 別に不安になったわけでもないし、急激にしんどくなったわけでもない。ただ少し疲れただけ。それだけのことでこんな風にメドリにもたれかかって良いのかわからない。


 メドリの負担になりたくない。

 私はたださえ病気持ちで、できることも少ない。そんな私だからメドリにたくさん迷惑をかけてる。けど、そんな私でもメドリは好きって言ってくれる。それが嬉しいけれど、なるべく負担にはなりたくない。


 弱いところを見せたくない。好きでい続けて欲しいから、選んでほしいから、一緒にいて楽になって欲しかった。メドリの支えになりたかったから、私がこれ以上もたれかかるのは良くないって思ってた。

 今でもかなり甘えさせてもらってるのに、これ以上甘えるなんて、メドリが困っちゃうって思ってたから。けど……それはきっと私が弱いから。


 メドリはきっと私どれだけもたれても、受け入れてくれる。好きでいてくれる。そう感じていたし、そう言ってくれてたのに……信じれなかったから、必死に自分で立とうしてた。

 それがメドリを傷つけるとは知らずに。


 メドリに嫌われるのが怖くて……メドリを失うのが怖いから……私にできるのは戦うことぐらいだから、頼らないように、守れるようにしたかった。

 けど……私とメドリは恋人なんだから……メドリが望む限り、これからずっと一緒に生きていくんだから……一緒に生きていたいから、一緒に歩きたい。


 お互いにもたれあって……私がメドリを支えて、メドリが私を支えて……そうすれば良かった。私が勇気を持って、メドリと一緒に歩けば良かった。


「メドリ……甘えてても、嫌じゃない……? 負担じゃないかな……?」


 けれど私はいつまでも弱いままで、こうして甘えててももたれかかっていても、そう確認せずにはいられない。


「ぇ……? う、うん。もちろん……甘えてくれて嬉しいよ?」


 髪から頭を引き抜いて、メドリの目を見つめる。

 なんか……こうしてメドリと見つめ合うのも久しぶりな気がする。メドリと見つめ合ってるだけで、心に暖かさが増えていくのがわかる。メドリが私を、私だけを見つめてくれてる。


「じゃあ……もう少しこうしててもいいかな……?」

「……ずっとこうしてていいよ」

「ありがと……嬉しい」


 やっぱり甘えてて良いんだ。メドリにもたれかかっても良いんだ……メドリにそこまで受け入れられてるんだ……そう思うと、途端に全部を吐き出したくなる。

 私の独占欲と嫉妬心の混ざり合った心。けれど、これはだめ……メドリを傷つける心だから。これはきっと、メドリを押し潰してしまうから。


「メドリ……」


 その心を抑えて、その代わりのようにメドリを抱きしめる。けれど、思ったより力が入らなくて、私の体重のほとんどを預けてしまう。

 メドリは背を壁につけて、そんな私を受け止めてくれる。私の青髪をとかして、頭を撫でてくれる。


 穏やかな時間。

 穏やかで心地良くて、ずっとこうしていたい。全身の疲労感はまだあるけど、気にするほどでもなくなってきた。けれど、もう少しこうしてたい。


「ぅ、ぁ……」


 静寂した通路に嗚咽が流れる。

 穏やかな暖かさに包まれて、溶けて沈んでいた私の心が一気に浮上する。その鳴き声は私の頭のすぐ上から聞こえたから。


「メドリ……?」

「っ! み、みないで……!」


 メドリがそう訴えて、顔を逸らす。

 その顔は涙で濡れていて、手で口を抑えていた。必死に鳴き声が出ないようにして、小さな嗚咽となっていた。


 そんなメドリから私が目を離せるわけがない。いくらメドリのお願いでも、それはできない。そんな……悲しい、苦しい顔をしてるメドリを。


「どうしたの?」


 私のせいかもって思う心を抑えて、そう問いかける。私のせいかもって疑うのは、甘えても良いって言ってくれたメドリを信じないってことだから。


 メドリは私の言葉にただ首を横に振るだけ。

 少し悲しいけれど、それよりメドリが本当に苦しそうで、なんとかしたいって気持ちの方が強い。けれど、私にできることは少ない。

 メドリの気持ちは察せない。けど、悲しんでることはわかる。だから、ただ抱きしめる。


「いに、あ……だ、だめだよ……!」


 嗚咽と共にメドリが言葉を漏らす。

 私を拒絶するようなその言葉は、より一層悲しみが強まっていて、嫌悪の意思は感じれない。


「どうして……? 私が嫌いだから?」


 この言い方は少しずるいかも。

 そう言ってから思う。やっぱり私は弱い……メドリが私を好きで、受け入れてくれていることなんてわかってるのに。


「ち、ちがっ!」

「じゃあ……どうして?」


 否定してくれて私がほっとすると同時に、メドリの涙の量はさらに増える。嗚咽がメドリの喉を支配する。そんなメドリの頭をゆっくりと撫でる。


「い、いたく……な、い……! い、えない……!」


 メドリがようやくそう漏らす。

 言いたくない。言えない。

 また拒絶の言葉。でもその矛先はメドリ自身に向いてるように感じる。


「そっか……じゃあ、うん。言わなくてもいいよ。でも、辛いなら我慢しないで? 何にも言わなくていいから……もっと甘えて?」


 私もそうするから。2人で寄りかかればいい。

 そう思えたのはメドリのおかげなのに……メドリだけが我慢してる。それが私はたまらなく嫌。


 メドリには我慢して欲しくない。辛いことも苦しいことも悲しいことも、全部私に吐き出して欲しい。泣き叫んで、喚いて、私に甘えて欲しい。

 それで私に何かできるわけじゃないけれど……ただ抱きしめるぐらいしかできないかもだけど……やっぱり私はメドリの支えになりたい。


 けれどメドリは泣き腫らして赤くなった目を揺らして、首を横に振る。


「私もメドリに甘えるから……メドリも私に甘えていいよ? それとも、私はそんなに頼りないかな?」

「……そ、んなこと……ない……」


 メドリの涙は枯れてしまったのか、ただ嗚咽だけが流れる。そんなメドリを抱きしめながら次の言葉を待つ。メドリが落ち着くまで。


「わ、わたし……わたし、私を嫌いになるよ……だから言えないよ……」

「嫌いにならないよ。メドリのこと好きだもん」


 そう即答する。

 メドリを嫌いな私なんて存在しない。ありえない。それはもう私じゃない。私はメドリを好きだから、今まで生きてきた。これからもメドリが好きだから、メドリがいてくれるから生きてる。


「で、でもぉ……怖いよ……怖い……イニア……」

「大丈夫……私がメドリを嫌いになることなんてないから……好きだよ。絶対嫌いにならない。ずっと好きでいるよ」

「ほんと……? ほんとに……? どんなことを言っても、私を……好きでいてくれる? ずっと私を1番好きでいてくれる?」

「うん。ずっとメドリが1番好き。大好き」


 メドリの目からまた涙が溢れ出す。

 メドリの口から出てこようとした言葉は嗚咽に塗れて、また聞こえなくなってしまう。そんなメドリの頭を撫でる。


「大丈夫……好きだよ。好き。1番好き」

「っ……ぁぅ……っあ……!」

 

 それから嗚咽が止まるまで、私はずっと好きって伝えて、頭を撫でていた。メドリに安心して欲しくて、メドリに私の気持ちを伝えたくて。

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