第71話 もたれる

「はい……問題ないですね。いや、病気の方はかなり深刻そうですけど……」

「まぁそこはいつも通りですし……」


 私も目が覚めたということで、検査を受けることになった。アマムさんに見てもらったけれど、相変わらず魔力関連の情報を見てる時はテンションが高かった。私の魔力ってそんなに良いのかなって毎回思う。汚いだけだと思うんだけど。


 実際アマムさんが見せてくれたグラフはぐちゃぐちゃだし……私はこれを綺麗とは思えない。それに前よりもぐちゃぐちゃになってる気がする。

 実際体内の魔力に集中すれば、昔に比べても大きく暴れまわってる魔力を感じる。メドリと手を繋いでるから大丈夫だけれど、これが生み出す不快感は想像するだけで気持ち悪くなりそう。


 これを魔力鎮静剤で収めようと思ったら、よっぽどたくさん打たないとダメな気がする。それこそ負荷がかかる限界値ぐらい。そんな状態じゃ結局何もできないだろうし……やっぱり私、メドリと一緒じゃないとダメなんだ。


「そうですね……あとは大丈夫そうですかね。でも、かなりダメージを負ったことの変わりはないですからね……しばらくは安静にしてください。休暇も延長しておきます」

「あ、はい。ありがとうございます」


 たしかにあれだけ攻撃されたのは久しぶりな気がする。特に人の殺意と向き合ったのは初めてだった。あれは……怖かった。全部の感覚が痛みに切り替わっていって……メドリへの感覚が消えていく感じがして、本当に嫌だった。


 でも……メドリが守ってくれた。記憶が少し混濁してるけど、最後に私の魔力がごっそり消えた気がする。あれはきっとメドリが使ったから。そのおかげでも私は今もメドリと一緒にいれる。


「な、なに?」

「ううん……ありがとうって思って」

「うん……?」


 無意識のうちにメドリの手をすりすりしていた。メドリが照れるような困惑したような顔をする。照れた顔もかわいい……もっとくっつきたいな。


「メドリ……」

「……おいで?」


 メドリに体重を預ける。メドリの胸の中で目を閉じる。頭を撫でてくれる。メドリの手が私の髪をとかす。

 これ……いい。メドリが私の中に入ってきてる感じがする。されるがままになってる感じがする。気持ちいい……


「えっと……あとメドリさんもですね」

「あ、はい」


 アマムさんのこと忘れかけてた。そう思うと少し照れ臭くなってくるけれど、メドリは私を離してくれそうじゃないし、私ももう少しメドリの体温を感じていたい。

 ……アマムさんもこんな私達の光景にもきっと慣れてしまったのかな。そう思うとさらに顔が赤くなりそう。でも……少し嬉しい。それだけ長くメドリと一緒にいれたってことだし。


「少し魔力の乱れが見られますが、基本的には大丈夫だと思います。乱れも許容範囲内ですし……」

「そうですか……それは、はい。良かったです」


 良かった……メドリに後遺症が何もなくて。守れて良かった……そう思えば、私の感じてる身体の痛みやぎこちなさも意味があったように感じる。

 でもメドリの胸の中の私がそれをメドリに言うことはない。それを言ったら、メドリはきっとまた自分を責めちゃう。それは嫌だから、この気持ちは私の中で循環させるだけ。


「あ、そういえば、あの組織? はどうなったんですか?」

「中にいた人は全員捕まるか、その、死んじゃったみたいですよ。施設自体もうちが解析し終えたら、転用か破壊されるみたいです」


 そうなんだ……全部メムナさんがやったのかな。見張りですらあんなに強かったのに……やっぱりすごく強い……私とは違う。私には戦うことしかできないのに……私がもっと強ければ、メドリにあんな悲しい顔させなくて済んだのに。


「それとやっぱりというかなんというか……アヌノウス系列の組織だったみたいです。彼らがナナさん達のことを知ってたのは……」

「……はい。でも後で話してくれるみたいです。約束してくれたので」

「そうなの?」


 私の疑問にメドリが頷く。

 いつのまにかそんな約束したんだろ……私が気絶してる間かな。知らない間にメドリが他の人と約束するの……ちょっと嫌だな。

 イチちゃんが勇気を出してくれたことはわかってるから、これも胸の中に閉じ込めておくけれど……やっぱりメドリが絡むと、おかしくなっちゃう。


 おかしくなるとはちょっと違うのかも。メドリがイチちゃんと約束したことに嫉妬してしまう私もきっと、本当の私でしかない。普段は隠されているけれど、ふとした時に現れてしまう。

 私はこの気持ちが怖い。

 あんまり自分じゃ制御できないし、きっと消えることもないから。


 この醜い嫉妬心は元を辿ればメドリを特別って、好きって思う心が中心にある。メドリにとって私が特別でいて欲しい……私だけが、特別でいて欲しい。私を1番に選んで欲しい……

 そして私の中からメドリを好きって気持ちが消えることはありえない。だから、私はこの気持ちは消えない。


 この気持ちは私がメドリのことを好きなんだなって実感すると同時に、恐怖も生み出す。この気持ちは結局自分本意な思考でしかないから、いつかメドリを傷つけるんじゃないかって……メドリだけじゃなくて、ナナちゃんとイチちゃんとかも……


 そうはなりたくない。

 私がどれだけメドリに拒絶されても……嫌われても……誰かを、ましてやメドリを傷つけるなんてこと、絶対したくない。でも、もしこの嫉妬心に似た醜い感情が暴走すれば、私はきっと止められない。だから怖い。


「イニア……起きてる……?」

「ぅ……? ぅん……ごめん……ちょっとぼうっとしてた」

「いいけど……大丈夫? 辛くない?」

「……うん」


 メドリの優しい囁き声で、私は思考の渦から帰ってくる。

 見れば、アマムさんとメドリの話は終わったようで、アマムさんは机の上の紙を片付けていた。


「立てる?」

「うん……帰るんだよね?」

「イチちゃん達のとこ寄ってからね」


 そう言って、私の手を取りながらメドリが立ち上がる。それに釣られるように、まだ少し重い身体に力を込める。


 やっぱり、なんだかいつもと違う。

 身体が軋むような重いような。アマムさんも言ってたけれど、少しダメージを受けすぎたみたい。自分でもわかるぐらい過剰に力を込めないと、身体がうまく動かない。魔力維持に何かしら支障が出てるのかな。


 アマムさんが言うには1ヶ月は休息した方が良いって言ってたし、当分はこんな感じなのかな。これは、ちょっと、いやかなり疲れる。


「……ほんとに大丈夫?」


 通路に出て、アマムさんと別れて、来た道を戻る。その足取りが怪しいのがバレてしまったのか、メドリが足を止めて私に問いかける。


「ううん、だいじょ……」


 大丈夫だよって言おうとして、そこで言葉を区切る。

 この言葉じゃない気がした。私が言うべきなのは。


「その、ちょっとしんどい……かも」

「……そっか。休憩していこ」


 近くの壁にもたれかかり、2人して座り込む。

 自分で思ってたより疲れてたのか、そのままメドリの肩に頭を預けてしまう。


 ……今までだったら大丈夫って言ってた。

 メドリにはかっこ悪い私を見せたくなかったし、心配して欲しくないから。でも……そうしたら、またメドリは自分を責めてしまう気がした。

 だから弱音を吐いた。


 今までも弱音を吐いたことがないわけじゃないけれど……きっともっと軽くでいいんだ。もっと小さなことからでも、しんどい、苦しいって言ってもいい……というか言ったほうが良かったんだと思う。

 きっとそうすれば……

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