第70話 なんども
「お姉ちゃん!」
メドリの寝顔を眺めていると、扉が開く音とともに、ナナちゃんの声が入ってくる。その声は元気そうで、心配なさそうに聞こえるけれど、辛そうな叫びを聞いてしまったから心配になる。
「ナナ……まだ寝てるかもしれないでしょ……」
「あっそっか……起きてる……?」
「起きてるよー……メドリはまだだけど」
まだ少しきしむ身体を起こして、ひそひそ声で話しかける。イチちゃんとナナちゃんは見た目は元気そうで少しほっとする。
「んぅ……あぁぅ……いにぁ……」
「あ、起こしちゃった? ごめんね」
ちょっとうるさかったかな……メドリも疲れてると思うから、好きだけ寝てて欲しいのに。
そう思う私をよそにメドリも身体を起こして、眠そうな目を擦る。
「あ……ごめんなさい。私が大きな声を出しちゃったから」
「ぅ……ん……だいじょ……ぶ。ふぁぁ……」
「大丈夫? 眠いなら」
「ううん……ナナちゃんのことが聞きたいし……」
たしかに。
ナナちゃんは実験施設のような場所で、よくわからないことをされていた。それが辛いことだったのは、あの叫び声からもわかる。
今は元気そうに見えるけれど、本当に何もなかったのかは気になる。
「あ……その、ありがとうございました。私が迷惑をかけて……イッちゃんもお姉ちゃん達も危険な目にあったみたいだから……」
ナナちゃんはそう言って私達に頭を下げる。
その顔はいつも見たいな元気いっぱいの顔じゃなくて、悲痛な表情に染まっていて、見てられない。
「いや、いいよいいよ! 私が勝手にやったことだし……」
そう。ただ私のわがままだった。
助けたいから、助けに行った。そのわがままにメドリを巻き込んじゃったのは悪いとは思ってる。でも……私の自惚じゃなければだけれど……メドリが一緒に歩いていくことを望んでくれるなら、悪いなんて思っちゃいけない。
メドリと一緒に、メドリと決めて助けに行った。そう思いたい。メドリが私のわがままを受け入れてくれるなら、そう思いたい。
「私も別にナナちゃんのせいだなんて思ってないよ。それよりナナちゃんは大丈夫だった? 検査してもらったかな」
「えっと……そっかありがとう。うん。検査してもらったよ」
「アマムさん? って人に。あの人……ちょっと怖い」
怖い? アマムさんってそんな印象だったっけ。
その思いが顔に出ていたのかイチちゃんはさらに言葉を続ける。
「なんかナナの魔力を見てる時のテンションが……」
「あー……たしかに」
アマムさんはそういうのすごく好きそうだしね。
それにナナちゃんは多分かなり特殊な魔力をしてるだろうから、それこそアマムさんのテンションはすごい事になってたと思うし。
「でも、ちゃんと検査してくれたじゃん!」
「そうだけど……ナナは怖くなかったの?」
「え? うん。賑やかな人だなって思ったけど。ここまで送ってもらったし」
たしかにナナちゃんは大丈夫そう……ナナちゃんはすごい、なんというか、誰とでも仲良くなれそうな感じがする。そこが少し危なっかしいような気もするけれど、いい子だよね。
「そっか……ナナはすごいね」
「イッちゃんがいてくれるからね。イッちゃんが危ないことからは守ってくれるもん。だから、怖くないよ」
「私もナナがいるから……」
イチちゃんとナナちゃんが指を絡ませて、見つめ合う。なんか……この雰囲気感じたことある。というか……
「イッちゃん、ありがと。好き!」
「はわぅ……ナナ……!」
ナナちゃんがイチちゃんに抱きつく。照れたイチちゃんの顔がゆるゆるになって、真っ赤に染まっていく。普段はあんまり表情に変化が出ないけれど、ナナちゃんが絡むと緩むんだよね。
一応、私達もいるんだけど……きっとナナちゃんはあんまり気にしてないんだよね。私達もあれぐらいやってるというか……メドリがやってくるもの。
メドリが私に触れてくれるのは嬉しいけれど、まだ少し、いや、かなり恥ずかしい。メドリはもうナナちゃん達の前ならもういいかなって言ってたけど……私は恥ずかしい。メドリに求められてる私はどうなっちゃうかわからないから。
「ナナ……その」
「何ー? 好きっていうまで離さないよー?」
「私もす、好きだから、ね、その……恥ずかしい」
少ししどろもどろになりながら、イチちゃんがナナちゃんに想いを伝えるも、ナナちゃんはイチちゃんを離さない。というか余計に、強く抱きしめてるような。
「イッちゃん……可愛い!」
「みゃうぅあ……も、もう……ナナ……」
イチちゃんは抵抗するように、ナナちゃんの肩をぺちぺちと叩くけれど、ナナちゃんはさらに嬉しそうな顔をして離れる様子はない。
……ナナちゃんの気持ち、すごくわかる。きっと想いが強くなっていってる。その気持ちわかるよ……私もメドリに触れてるうちに、もっと触れたい、求められたいって想いが強くなっていくもの。
……なんだかナナちゃん達を見てると、またメドリに触れられたくなってきた。甘えたいな……またメドリに食べられたいな……耳、なめられたい……支配されたい……またメドリのものだよってわからせて欲しいな……
「イニア……耳赤いよ……」
膨れ上がる欲望に呑まれ始めた思考に、メドリの囁くような声が入ってくる。その声が私の身体をびくっと震わせる。この痺れに似た感覚はきっといつまで慣れない。けど、全然不快じゃない。それどころか……すごく好き。
「ご、ごめん……」
「いいけど……また後でね」
あと? あとならいいんだ……
私の胸の中が期待に包まれていく。
「イッちゃん……好きー!」
「ナナ……! も、もう」
「あとちょっと……」
けど……これはこれでちょっと辛いよ……ナナちゃん達はずっと抱きついたままだし……うぅ……私もメドリに抱きつきたいよ……でも後でって言われちゃったし……
「ナナ……ねぇ……」
「もう……わかったよ。これで終わり!」
「う、うん」
十数秒後にナナちゃんは抱擁をやめる。真っ赤に染まったイチちゃんの顔が少し寂しそうに見えたのは、きっと見間違いじゃないと思う。
「えっと……その、ナナちゃんは大丈夫で、いいのかな?」
それを見たメドリが口を開く。
それで思い出す。私はナナちゃんとイチちゃんの仲の良さを眺めたかったんじゃなくて、ナナちゃんの検査結果の話だった。
「うーん……どうなんだろ? 日常生活では大丈夫って言ってたけど。イッちゃん、なんて言ってたっけ?」
「……今回で魔法演算領域への負荷がかかったから、これからは今までほど広範囲魔法発動は控えてって話……覚えておいて? ナナが1番忘れちゃダメなんだから」
「え? そ、それって大丈夫なの?」
心配になって思わず声を上げる。
ナナちゃんはこうして笑ってるから、大丈夫なのかもしれないけれど……
「うん。私、元々そんなに広範囲に魔法使わないもん!」
「ナナ……そういうことじゃない。無茶しないでって話。危ないんだから」
「そう? そっかー、じゃあ気をつける!」
イチちゃんは少し呆れたように、でもひどく心配して、ナナちゃんに言い聞かせるように言葉を伝える。その言葉でもナナちゃんは普段通りにこにこしている。
「ナナ! ほんとだよ……無茶しちゃダメ」
イチちゃんの声が大きくなる。
手を掴んで、必死に言い聞かせるように。
ナナちゃんは少し声のトーンを落として、イチちゃんに向き直る。
「……わかってるよ。けど、ほんとに大丈夫。メドリお姉ちゃんが助けてくれたもん」
「……私? いやだって……私は何も」
「そんなことない。その、干渉が不完全だったからまだマシだったって……メドリお姉ちゃんが破壊してくれなかったら、どうなっていたか……」
そう言われてもメドリはあんまりぴんときてないみたいで、首を傾げる。でも私はすごく納得した。
「だから、ありがとう」
「ありがと!」
「う、うん……そっか……ならよかったけど」
メドリは2人のお礼に少しぎこちなく答える。
やっぱりメドリはナナちゃんを助けてたんだ。メドリはすごい。メドリにその自覚が薄いのが少し悲しいけれど……それは私が伝えてあげればいい。わからないなら、信じれないなら、何度だって私が。
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