第64話 こわさが

 ナナちゃんは拘束具と共に椅子に座らせられていて、ぐったりとしている。頭にはたくさんの管がついた計測機のようなものを被らされている。


 少し離れた場所では男の人……多分ボージアって呼ばれてた人が計算機をいじっているのが見える。あの人が強いのかはわからないけれど、手加減はしない。

 私みたいな弱い人が手加減なんてしてられないし、ナナちゃんを助けたいから。


「っ……ぅ」


 息を大きく吐く。

 私の中の小さくて、少ししかない魔力の大部分を掬って電撃を生み出す。指に付けた魔導機のおかげで高威力の電撃が放てる。


 私の最大魔位差……魔力の出口は小さくて、全力で魔法を行使しても大した威力は出ない。私の保有魔力の1割を引き出せればいい方だと思う。

 それを魔導機で無理やり広げて、一つの魔法に込めれる魔力を増やしてる。そのおかげで、この電撃が放てる。


 渾身の電撃は空気を割りながら、辺りを光と轟音で包む。それに感覚が封鎖される。けれど、隣のイチちゃんが作戦通りに駆け出したのが雰囲気で分かった。


 ナナちゃんが拘束されてるなら私にそれは突破する力はない。けれど、イチちゃんの魔法なら高負荷をかけて、拘束具を破壊できる可能性が高い。だから私が後方から足止めして、その間にイチちゃんが走って助ける。


 事前に決めていたその作戦通りにイチちゃんが離れていくのがわかる。けれど、光と音で封じられた感覚はそれ以上どうなったかを伝えてくれない。


 次第に回復したきて感覚が、思考の中に光と音を伝える。

 私の放った電撃の影響で、火花がぱちぱちと音を立てて、計算魔導機は使い物にならなさそう。でも、あの男の姿がない。


「きゃっ……!」

「イチちゃん!」


 急に視界にイチちゃんが入ってくる。

 飛んできた方向を見れば、全身に火傷の跡があるさっきの男が腕をかざして立っていた。魔力の残滓が見える。魔法を放って、イチちゃんが飛ばされてきた。


「大丈夫!?」

「……ぅ、ん」


 肩で息をしている男への警戒をしながら、イチちゃんへ問いかける。イチちゃんはかなり勢いよく地面を転がっていたけれど、少し身体をふらつかせながら立ち上がる。


 イチちゃんはとりあえず大丈夫そうだけれど……作戦はだめだった。

 私の魔法出力が低いから、あの男を足止めできなかった。火傷の跡があるから、全く効いてないわけじゃないんだろうけど、咄嗟の障壁系魔法で止められたかもしれない。


「おねっ、ちゃん、もう一度……」

「ううん……それは難しいと……」


 辛そうに腹を押さえながら、そう提案してくるけれど、それには乗れない。

 まずもう一度あの魔力を出すのは難しい。できないわけじゃないと思うけど……多分やったら気絶しちゃう。

 それにあれは奇襲だった。もう気付かれてる状態で同じことをしても防がれて、反撃の魔法で私もイチちゃんもやられちゃう。


「お、お前たち、何してる! このボージア様の研究成果が……くそ、絶対許さん!」


 自ら自分をボージアと名乗った男の中の魔力が動き出す。その顔は怒りに包まれて、その視線は私たちを正確に捉えている。


 体内から出てくる魔力は指へと吸い込まれていく。目を凝らしてみれば、そこには魔導機がある。指のほとんどにつけられた魔導機の一つが起動する。


「死ね!」


 そう言ってかざされた手の中に高熱が出現し始める。けれどそれが魔法として完成することはない。そこはもう私の魔法領域内。術式に沿って起動しようとする魔法に魔力を飛ばして妨害できる。


「は……?」


 なぜ不発に終わったのかわかってないのか、再度魔導機へと魔力を送る。けれどそれも、私が打ち消せるレベルでしかない。


 あの男の魔導機は強力だけれど、あの男自体があんまり魔力操作が得意じゃないみたい。だから私でも打ち消せれてる。魔法領域内じゃなかったら、こうはいかないと思うけど。


「……イチちゃん。まだ走れる?」

「うん。大丈夫……」

「じゃあ……私が魔法を打ち消すから、走って。全部打ち消せるわけじゃないし、直接殴りかかられたら、私も対処が難しいけど……」

「わかった」


 ボージアが放とうとする魔法を打ち消しながら、イチちゃんに新たな作戦を話す。

 自分で言っておいてなんだけれど、イチちゃんは素直に頷いてくれたことが少し意外だった。私が即興で考えたこの作戦は、どう考えてもイチちゃんの方が危険で負担が大きい。ナナちゃんを助けるためだからかな。

 そんな私の中に芽生えた少しの疑問に答えたわけじゃないとは思うけれど、イチちゃんが呟く。


「……信じてるから」


 その言葉で少し思考が止まりそうになった私を置いて、イチちゃんが走り出す。

 信じる。そっか……私今信じられてるんだ……最初はあんなに警戒されてたのに。イチちゃんは私が守ってくれるって、ナナちゃんを助けるために動いてくれるって信じてる。


 嬉しいけれど……少し怖い。

 信じてるってことは期待されてるってこと。能力のない私はいつだっていろんな人の期待を裏切ってきた。今度も裏切りそうで怖い。それで嫌われるのが怖い。


 特に今なんて、失敗すればイチちゃんを危険に晒して、ナナちゃんを助けれない。そうなれば、動けないイニアと何もできない私だけが残る。助からない可能性が高くなる。


 そんな混み上がってくる不安の中で、ボージアが生み出した魔法を打ち消す。思い通りに魔法が起動しなくて、少しずつ苛立っていくのが見て取れる。


 けれど、正確さと速度が重要な魔法戦では、冷静でいれた方がいい。もちろん魔力量や出力の方が重要だけれど、魔導機に増強された私の魔法出力はボージアの魔法とほとんど変わらない。


「っは……」


 思わず白い息が漏れる。

 魔法を打ち消せるけれど魔力量が足らない。私の少ない魔力量じゃ、いくら魔法を打ち消すだけと言っても、すぐ限界が来る。

 けれどだからと言って、魔法妨害を止めるわけにはいかない。止めた瞬間にイチちゃんが魔法で貫かれるから。


「ナナ!」

「くそっ! 7番は渡さんぞ!」


 どんどんナナちゃんに近づくイチちゃんを止めるために、ボージアも走り出す。重そうな身体を必死に動かしている。肉弾戦になれば体重と体格的にイチちゃんに勝ち目はない。


「消えて!」


 けれど、イチちゃんには魔法がある。

 握ってた石に魔力が集まり、高速で飛翔する。

 ボージアも一足先に障壁を貼ろうとするが、その魔法も正確には起動しない。まだそこは私の魔法領域内だから。


「っがぃぅて! ぃあが!」


 不完全に展開された障壁魔法は、イチちゃんの魔法の破壊力の前にはほとんど意味をなさない。

 もろに石を顔と肩付近に受け、言葉にならない言葉と共に倒れる。血がまた溢れ出る。もう何度も見た血。血は怖いから、あんまり好きじゃない。


 けれどこれでナナちゃんが助けられるなら。

 それなら全然いい。ナナちゃんを助けたい。誰かを傷つけたって。イニアが助けたいって思ってるから。


「ナナ!」


 イチちゃんがナナちゃんの座っている椅子へと触れる。

 触れればイチちゃんの魔法で一部分に力をかけて、拘束具を破壊できる。ナナちゃんはまだ意識がなさそうだけれど、イチちゃんの魔法なら運べる。あとは逃げるだけ。


「……ぇばっ……ぅ……ぁ、げぁはっ!」


 その時視界が揺れて、衝撃が全身を伝う。

 皮膚が熱くて、地面を擦れてると気づく。強烈な吐き気と痛みで思考が安定しない。酸素が取り込めない。何が……? イチちゃんは……? ナナちゃん……?


「おいおいおい……どうなってんだこりゃぁ? 俺の不在のうちによぉ」


 新たに男の影が見える。

 誰かわからない。視界を上にできないから顔もわからない。身体が痛みと衝撃の影響で動かせない。


「おい! ボージア! いつまで喚いてんだ!」

「ぅあがぃい! ……あへ? ……ボス! おかえりだったのですね!」


 聞きたくもないボージアの声が耳から入ってくる。

 さっきまで痛みに悶えてたのに、もうその様子はない。この男が何かやったの……?


「ちっ……それよりお前……これやったのお前だよな? 魔力の残滓がある」


 それが私に言われたものだと気づくのに少しかかった。

 魔力の残滓……それだけで私がやったってわかるなんて。


「お前は死ね」


 魔力が動くのがわかる。

 強大な魔力。痛みに染まった思考ともう枯渇寸前の魔力じゃどうすることもできない。

 魔法が放たれ、迫る魔法の前にもう一つ影が現れる。

 1番たくさん見た影。何度も求めた人の影。

 その影が腕を振り、魔法を吹き飛ばす


「イニア……」


 イニアがそこに立っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る