第62話 やっぱり
一気に意識が浮上する。
いろんなことを思い出していく。
ナナちゃんが拐われたこと。ナナちゃんを助けに来たこと。イニアが怪我したこと。イニアが死にそうだったこと。魔法を使って、人を……殺したこと。
「イニア!」
「ぁ……メドリお姉ちゃん……」
「イチちゃん……イニアは!?」
まだ疲れが完全に取れてない身体を無理やり動かして、イニアの元に動く。
イニアはまだ目が覚めていないみたいだけれど、私の脳裏にこびりついた惨状よりは全然マシな状態だった。全身が血塗れ以外はいつものイニアのように見える。
「多分、大丈夫……回復魔法もかけた」
「……ありがと。イチちゃんのおかげで私……」
イニアを失わずに済んだ。
私を好きって言ってくれる……私の好きな人を。今も好きでいてくれるかはわからないけれど……
「いい。お姉ちゃん達のおかげでさっきの人も倒せたんだから……」
そう言ってくれると助かるけれど……イチちゃんはすごい。私よりもずっとナナちゃんを心配で、焦りと不安で気が気でないはずなのに。実際いつもは冷静な顔が、苦しげに歪むことがあるから、きっと辛いんだと思う。
でも、1人で突っ走っても助けられないって思ってるから、我慢してる。私よりずっとしっかりしてる。いや……きっとしっかりしないといけない環境だったんだと思う。
「その、どれぐらい、寝てた?」
「少し。3分ぐらい」
さっきの寝るといより気絶に近かった気もするけれど……すぐ起きてよかった。ここはまだ敵地の中だから呑気に寝てられない。
そう……なんでわざわざこんな場所に来たのか。
「ナナちゃんのとこに行かないと……」
ナナちゃんを助けないと。
……正直私はもう帰りたい。イニアも怪我を負って目を覚ます気配はないから、家で安静にしてあげたい。けれど、それはイニアの望みと違う。
イニアはナナちゃんとイチちゃんを助けるって言った。
そして私もそれに同調した。なら助けないと……イニアのために。イニアが後悔しないように。
……違うよね。ここで逃げたら、イニアに嫌われる。それは嫌だし……それに私の中にも後悔が残る。
短い期間だったけれど、ナナちゃんとも一緒に過ごした。
元気いっぱいで、物語が好きで、ナナちゃんが好きで、笑いかけてくれて、同じ時間を過ごした。そんな子を見捨てたら、また後悔が増える。
それは嫌……だから、助けに行く。私のために、ナナちゃんを助けたい。私が誰かのためにできることなんてないんだから。
「イニア……」
でも、それがイニアを心配しない理由にはならない。
イニアはイチちゃんのおかげで外傷はほとんど消えてるけれど、意識はまだ戻らない。あれだけ大怪我をしてたんだから当然だけれど。
……きっといつか目が覚めるはず。このまま目が覚めないなんてことはない……よね。怖い。あんなに痛々しいイニアは初めて見た。見た目に外傷がなくても、心配は止まらない。
心配することはそれだけじゃないけれど。
「警告。3番通路に亀裂発生。3番通路に亀裂発生。全研究員は直ちに退避してください」
突然そんな音声が通路に流れる。
3番通路がどこかは知らないけれど、ここのことを言ってるってすぐわかった。私がさっき放った電撃の残滓がそこに残っていたから。壁に大きく亀裂が走り、小さな炎が瓦礫とともに散乱している。
「お姉ちゃん……! 移動しないと……!」
「うん! イニア……おもっ」
未だ目が覚める気配のないイニアを背負おうとするけれど、イニアが持ち上がることはない。
言ってからイニアが重いんじゃなくて、私の力が弱いんだと気づく。イニアは小柄な方だけれど、私も小柄だし。それに意識のない人がこんなに重いとは知らなかった。
「私が運ぶ……魔法でなんとかするから……!」
「……わかった」
思えばイチちゃんは、最初に会った時もナナちゃんを抱えていた。イチちゃんにイニアを託して、走り出す。
少し……ほんの少し独占欲が霧のように心に影をさす。純粋に助けてくれてるイチちゃんに対して、イニアは私のものって気持ちが強くなりそうになる。そしてそんな気持ちを持ってしまった罪悪感がちくちくと心に刺さる。
それが嫌で、首を振って必要じゃない感情を振り払う。
さっきの警報で侵入したことまではバレてないと思うけれど、ここで何かがあったことはバレてしまった。なるべく離れないと。
イニアがいない状態で戦闘になったら、すぐにやられてしまう。それは避けないと。ナナちゃんも助けられない。
「ぇ……」
「…………やっぱり」
通路を抜けたその先は、沢山の貯水機が置かれた場所だった。そしてその貯水機の中には何がある。
でもそれが何か一瞬理解できなかった。いや……理解したくなかったというべきかもしれない。
歪な形の肉。
目を閉じたまま頭が割られ、管を繋がれた子供。
手足の肉がなく骨まで見えて、宙吊りのような状態の人。
手が翼に。脚がヒレに。頭が巨大な複眼に。そんなふうに変わってしまった……多分もと人間。
管で繋がれた3つの頭。
「ぅぷ……!」
あまりの生々しさと残酷な惨状に、気持ち悪くなって吐きそうになる。
幸いにも朝ごはんは魔力に変換されていたようで、焼けるような液体だけが戻ってくる。それをなんとか押し留めて、また体内へと返す。そして喉への痛みだけが残った。
「ぅ……ふ、ぅ……」
まだ散乱してる思考を深呼吸して落ち着かせる。
眼下の驚愕の光景より、今はやることがある。
「ひとまず、かくれ、よ」
「……うん」
通路に比べればここは暗いが、周囲が青白く光るおかげで視界には困らない。
「お姉ちゃん……ついてきて」
「え? あ、うん」
そう言って走り出すイチちゃんの背をまだ重い身体を動かして追う。まださっきの疲労感が抜けてない。大きな魔法だったといえ、たった一回でここまでになるなんて。
「……少し、ここでやり過ごそう」
イチちゃんが何度か貯水機を躱して曲がった先で脚を止める。そこは行き止まりで周囲にもさっきと似たような物がある。それらを務めてみないようにしながら、イチちゃんに思考を向ける。
「なんだこれ」
「おい危ないぞ!」
「侵入者か!?」
少し遠くで声がする。
この施設の人……元々誘拐なんてするぐらいだからまともな場所じゃないとは思ってた。けれど、これはいくらなんでもおかしい。
巨大な実験施設。あの長い地下通路。そしてあの保管されていた物。
ただの犯罪組織ができる規模じゃない……それこそ国が絡んでこないと。そして、この場所を知ってるように迷わずここまできたイチちゃん。
それらからわかること。やっぱりイチちゃんは……ううん……イチちゃん達は。
「イチちゃん」
「ごめん……お姉ちゃん。今は何も聞かないで……あとで全部話すから……ナナを助けたら」
「…………うん」
正直聞きたい気持ちはある。
けれど、イチちゃんの横顔を見ていたら、そんなことは言えない。悲しいような、苦しいような、懐かしむような顔を。
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