第61話 おもりに

 私は足手纏い。役立たずの足枷。何もできず、重荷でしかない。イニアにとって、私はそうだと思う。イニアは……どう思ってるのかな。


 最初に見張りの人を見つけ、イニアが1人で飛び出して行った時、すごく怖くなった。イニアが離れていくのがすごく怖かった。どんどん先に進んでいってしまうようで。

 私が恐怖に囚われてる間に、イニアの足は切れてしまった。回復魔導機があったからよかったけれど、もしなかったとしたらぞっとする。


 私が怖がりだからすぐ動けなかった。イニアが離れていくのも怖いし、戦うのも怖いし、人を傷つけるのも怖い。私には覚悟がない。だから人に攻撃をするのは躊躇う。

 その恐怖と躊躇いがイニアの怪我を生んでしまった。私がもっと。


 イニアの足から血が溢れ出てるのはほんとに怖かった。イニアが傷つくのは嫌。死んじゃうかもって思ってしまうから。私を1番好きでいてくれる唯一の人がいなくなってしまうかもって、思ってしまうから。


 だからイニアに無茶しないでってお願いした。けど……断られるのはわかってた。イニアにとって私は守られる対象で、傷つかないようにいろんなことをしてくれるから、そのためなら私のお願いなんて聞いてくれない。


 私を好きでいてくれて、大事に思ってくれるのはすごく嬉しい。けれど、どんどん怖くなる。

 私はイニアに何もしてあげれてない。ただ守られるだけで、甘えっぱなしで、頼り続けている。イニアは私がいなくても大丈夫なのに。


 そんな状態だから怖い。イニアにとって私はいらないんじゃないかって。邪魔なんじゃないかって。

 そう思われて、嫌われたら……


 考えたくない。

 けれど、私の思考はそんなことで止まらない。

 悪い想像がさらに最悪の想像を生み出す。負の循環が思考の中を回転し続ける。


 だから、次の見張りの人たちを見つけた時、イニアを必死に引き止めてしまった。そんなことしてる場合じゃないのはわかってる。でも、そうしないとイニアが遠くに行ってしまう気がしたから。

 イニアが飛び立ってしまえば、翼も足も持たずその場にいることしかできない私には、追いつく手段はない。だから必死に重りになって引き止めた。


 もう私のドロドロとした不安は止まれないところまで来ていた。自分が邪魔者という気がしてならなくて、イニアを問い詰めるように、言わなくていいことまで言ってしまった。


 あの時のイニアの顔は忘れられない。

 ショックを受けたような、困惑してるような、悲しいような、苦しいような、後悔に塗れたような顔。

 その全てかもしれないし、どれも違うかもしれない。

 でも唯一本当なのは、イニアが何も言ってくれなかったかこと。


 その時私はまた後悔を増やした。

 あんなこと言わなくてよかったのにって。また不安が私を支配して、傷つけてしまった。


 あの後、すぐに戦いになっても私は何もできなかった。

 イニアの術式に干渉するのはもう癖になっていたからできたけれど、思考がうまくつながらなくて、どうすればいいのかわからなかった。


 そうしているうちにイチちゃんが1人に攻撃を当てて、血が辺りに散らばった。そしてもう1人とイニアの戦闘になった。

 そしてやっと思考が正確にその場の状況を捉えれるようになるころには、もう遅かった。


 イニアが壁に叩きつけられて、男の拳がイニアの身体の中へと沈んでいく。何度も、何度も。ぐしゃ、ぐちゃ、べご。聞きたくない嫌な音がイニアから響いていた。


 せっかく紡がれ始めた思考が、白く染まっていくのがわかった。考えられない。焦って魔法を起動しても、私の貧弱な魔法じゃかすり傷すらつけられない。


 そうしてる間にもイニアの身体はどんどん傷ついていく。耳は変形して、腕は力なくうなだれて、足はあり得ない方向を向いていて、全身は血と腫れによって赤く染まっていた。


「イニア!」


 助けたい。守りたい。

 もっと、ずっと一緒にいたい。


 イニアは私のことが邪魔って気付いてしまったのかもしれない。私がいるのが負担になってるって気付いてしまったかもしれない。私を……嫌いになってしまったかもしれない。


 でも、私はまだ縋りたい。

 ずっと好きでいてくれるって、隣にいてくれるって言ってくれたイニアにまだ縋っていたい。

 だから、死んで欲しくない。だから、いなくならないで欲しい。だから助けたい。


 指輪に似た魔導機に魔力を流し込む。私の魔力じゃない。私の量も質も悪い魔力で発動した魔法の威力じゃ、あの男にダメージを与えれない。

 でも私にはもう一つ使える魔力がある。杖を介して、イニアの魔力を操作して、魔法を起動する。イニアを傷つけないように範囲を絞って、イニアの膨大な魔力を制御する。


 イチちゃん達を助けるときに初めて使ってから、少しずつ練習していた攻撃手段。イニアの魔力を引き換えに巨大な攻撃力と攻撃範囲が手に入る。


 もししくじれば、あたり一帯は電撃で呑まれる。イニアも私も、イチちゃんも全員黒こげになる。そんな不安が鎌首もたげる。

 でも、これしかない。こうやってイニアに頼った魔法じゃないとイニアを助けれない。イニアを助けたい。


 ……これもきっと私が重荷じゃないって示したいから。イニアに好きでいて欲しいから。イニアの魔力のおかげだから、意味はないのに。

 そんな自分勝手な理由ということを頭の片隅で理解する。でも、それでも、助けたいから。


 魔法が起動する。単純な術式に巨大な魔力が注ぎ込まれ、電気の束が光線のようになり大気中を駆ける。本来は広範囲攻撃の魔法を無理やり範囲を縮小させた電撃の威力は今までの比じゃない。

 熱量と眩しさで感覚器官が削られそうになる。それでも見た。イニアに殴りかかってた男の身体が消し飛んでいくのを。


 爆炎が辺りを包む。けど、大丈夫。黒こげになるほどじゃない。うまく制御できた。少しイニアを火傷にさせてしまったけれど。


「っ……は、ぁ……」


 息が荒い。

 空気が吸えない。

 思考が辛い。

 身体を支えれない。

 しんどい。

 動けない。


「イニアお姉ちゃん! だいじょ、あつっ!」


 疲労感が一気に身体に押し寄せる。

 けれど、イチちゃんの叫び声でそれどころじゃないのを思い出す。イニアを助けないと。回復魔導機を使わないと。

 そう思っても、身体が動かない。


 視界が揺れている。

 自分が自分じゃない感覚がする。

 吐き気がひどい。

 何が起きてるのかわからない。


「メドリお姉ちゃん、どうしたら……お姉ちゃん! 大丈夫!?」


 倒れた体勢のまま目を閉じて、呼吸だけをする私にイチちゃんがてとてとと駆け寄ってくる音がする。こんなことしてる場合じゃないのに。イニアを助けないと。


「い、ちちゃ……だいじょ……ぶだ、から……い、にあ、助けて……」


 重たい口を必死に動かす。

 きっと私は疲れてるだけ。少し火傷くらいならしてるかもだけど、致命的な怪我は負ってないはず。少し休憩すれば大丈夫。それよりイニアに回復魔法をかけて欲しい。


「わ、わかった!」


 イチちゃんに私の意図は何とか伝わったようで、イチちゃんの足音が静かな通路に鳴り響く。目が開かないからどうなってるかわからない。極度の疲労感で少しも身体が動かない。眠気がひどい。寝てしまいそう。寝る。寝たい。


 それよりイニアはどうなったの……? いなくならいよね……? 助けられたよね……?

 閉じられた網膜の上に、さっきのイニアの惨状が投影される。身体の至る所を血と腫れで赤くして、怪我まみれのイニアを。

 怖い。死んでたら、どうしよう。


 耳が閉じられ始めてるのがわかる。

 さっきまで聞こえてたイチちゃんの足音や血が流れる音、電気がぱちぱちという音が全部聞こえない。代わりにイニアと繋がってる魔力をよく感じる。


 私がさっきの魔法で使ったせいで、普段に比べれば大きく減ったイニアの魔力を撫でる。弱々しいけれど、たしかにそこにイニアの魔力はある。病気の影響か不自然に動くその魔力がすごく好き。

 イニアは私に触れられるとおかしくなっちゃうから、って言うからあんまり触れないけれど、本当はずっと触れていたい。私を安心させてくれる魔力。大きな魔力で、私を包んでくれる気がして。


 イニアのことを感じる。

 イニア……いなくならないでくれるよね……? 一緒にいてくれるんだよね……? 邪魔で、足手纏いで、足枷で、重荷の私と一緒に……いてくれるよね……?

 好きで、いてよ。

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