第60話 きゅっと

 まだ感覚が弱い足を気にしながら、通路を進んでいく。人の気配はあの見張りの2人以外には全くない。きっと秘密の通路みたいなものなんだと思う。

 普段は使わない場所のような気がする。分かれ道や、扉とかもないし、ほんとにただの通路って感じ。そしてその無限に続くと思われた通路も終わりが見えてくる。


「……どうしよう」


 明るい通路とは対照的にその終わりは暗く、明らかに雰囲気が変わっている。そして人もいる。見張りかな……さっきより強そう。

 けれどこちらには気付いてない。また奇襲して……


「……やめてよ」


 メドリが私の袖を引っ張ってそれを止める。泣きそうな目で、弱々しい力で。それを見て、メドリを振り切れるほど、私は強くない。


「1人で行かないで……もう怪我して欲しくない……」

「……わかった。なら、協力しよう」


 それに……まだ距離はあるし、少しぐらい話しても大丈夫そうだし……作戦を立ててからでもいいかも。そんなふうに自分に言い聞かせる。


 本当は怖い。私1人で行けば、もし私がやられてもメドリは逃げられるかもしれない。でも2人だと、メドリも認識されてしまう。狙われてしまう。それが怖い。


「じゃあ、私が先陣を切るから、2人は魔法で」

「だめ……イニア、まだ足完全に戻ってないでしょ?」

「でも……」

「……私がやる、から。大丈夫」


 そういうメドリの声は少し震えている。

 メドリはあんまり戦いが得意じゃないし、それこそ人を傷つけるなんて苦手なのに。


「……メドリ、でも……」

「やらないと……だって、イニアの足手纏いになりたくない……」

「なってないよ……大丈夫。だから、もっと私を頼って?」


 不安と恐怖に呑まれそう目をしたメドリに安心して欲しくて頭を撫でる。けれど、メドリの目にはさらに悲しみが増える。


「イニアは頼ってくれないよね……なんで、1人で先に進んじゃうの……? 私が弱いからでしょ……? 私が足手纏いだから……イニアにとって邪魔だからでしょ……?」

「ぇ……」


 その瞬間全身に寒気が走る。メドリの悲しみに染まった声が私の精神を金縛りのように拘束して、異様なほど現実感が消えていく。メドリの悲しみの原因になってしまったという事実が、膨大な恐怖を生んで、私の精神を締め上げる。


 そんなつもりはなかったのに。私はただメドリを守りたくて。声が出ない。私はメドリを邪魔って思ってたの……? そんなわけ、ない。ないはず……


「お姉ちゃん……きてる……!」


 イチちゃんの囁く声ではっとする。


「ほんとに声したのか?」

「……した気がする。何もなければそれでいいだろ?」

「そうだけどな。俺は行かないぞ」

「あぁ」


 少しずつ足音が近づいてくる。

 少し大きな声で話しすぎた。


 けれど決断ができない。

 私が飛び出して戦うにしても、メドリに合わせるにしても、何かしら決めないといけないのに。どちらも怖い。

 1人で戦うのはメドリを悲しませるから。メドリと戦うのは、メドリが傷つきそうで怖いから。


「わかった……私がやる。お姉ちゃん達は守ってくれる?」


 イチちゃんはそんな私達を見かねたのか、イチちゃんが判断を下す。けれど、その提案はイチちゃんも危険に晒すもの。


「だめっ……! ぁ」


 必死に止めようと声を絞り出すも、イチちゃんは曲がり角から飛び出す。イチちゃんの中の魔力が動いて、魔法を織りなす。


「……!」

「メドリ!」


 まだ少し心が揺れているメドリに声をかけて、私も飛び出しながら、身体強化魔法を起動する。いつものようにメドリが術式に干渉してくれる。けれど、なんだか少しぎこちない。


 頭の中にかかる霧を振り払うように少し頭を振り、引き伸ばされた時間の中で、相手を注視する。相手の中で魔力が動いてるのがわかる。

 この人も大概、魔法発動が早い。けれど、準備してた分イチちゃんの方が早い。


 イチちゃんの魔法が発動する。イチちゃんの手の中の石が高速で飛翔する。身体強化魔法を発動していても、目で追うのが少し難しいぐらい速い。石の大きさはそこまでじゃないけれど、その威力は十分。


「あがっ」


 石はそのまま魔法が発動する前に、腹を貫通する。破裂するような音ともに、大量の血が溢れる。


 最後の足掻きで血を流したまま発動した魔法が形になる。それによって出現した電撃を手で受け止める。少し手が痺れるけれど、火傷になるほどじゃない。

 咄嗟の魔法だったから威力が弱かった。


「なにっ、くそっ!」


 それを見た後ろの男が魔法を発動する。

 それはずっと使ってきた魔法。私と同じ、身体強化魔法。


「っ……!」


 イチちゃんが次の石を飛翔させる。


「邪魔だ!」


 けれどその石のかかる力を無視するように腕を振り弾いてしまう。攻撃が効いてない。


 イチちゃんの魔法で倒せないなら、私がやるしかない。

 ぱっと見相手も武器はない。素手で戦うタイプ。同条件のはず。それならきっと勝てる。


 身体強化魔法の段階を引き上げ、壁になるようにイチちゃんの前に立つ私に殴りかかろうと男が迫ってくる。

 拳を躱し、反撃の蹴りを繰り出す。

 蹴りは綺麗に入った。入ったはずなのに、その男だ悠然とそこに立っていた。


「なんっ」


 なんでという言葉は強制的に口の中に戻っていった。

 視界が歪んで、平衡感覚が狂う。自分の場所がわからない。

 全身に衝撃が走って、吹き飛ばされたことを自覚する。


「イニア!」

 

 メドリの叫び声が聞こえる。

 全身が痛い。特に頭。意識が朦朧とする。

 さらにまた衝撃が走る。


「っは、ぅ゛」


 腹の中の衝撃が伝播して、吐き気が込み上がって、唾が吐き出る。薄れ始める意識を無理やり起こす。

 まずい。攻撃の嵐が。回避しないと。

 けれど私の身体は動こうとしない。足が動かない。さっき切られたことの後遺症だと理解すると同時に、男の振り抜いた拳が私の身体を捉える。


「この! 殺してやる!」


 恨みのこもった男の声とともに、さらに衝撃が伝う。体内で破裂するような音がして、殴られてる感触がする。動けない。一撃一撃が重たく、強い衝撃が私の身体を壊していくのがわかる。

 痛みが全身を伝う。骨が割れる音がする。血が視界を埋める。防御もできない。力が抜けていく。


 触られたくない。メドリに触って欲しい。メドリが触ってくれればいいのに。メドリになら、いくら殴られたっていいのに。


 痛い。動けない。死ぬ。殺される。


「イニア!」


 メドリの声が聞こえる気がする。

 けれど、耳をすましても、そこには潰れた耳とがんがんという衝撃の音しかない。痛みでほとんど開かない目を無理やり開けると、そこには大きく腕を振りかぶる男の姿があった。

 イチちゃんが飛ばした石が当たってるのが見えるけれど、なんの効果もない。多分速度より耐久重視の身体強化魔法。


 ……死んじゃう。だめなのに。

 メドリがいなくならないでって言ってくれたのに。いなくならないよって約束したのに。また約束を破っちゃう。メドリとずっと一緒にいたいのに。

 助けて……助けて、メドリ。


 もう目を開けているのも限界だった。

 けれど、暗くなる視界の中、感じたものは、衝撃ではなく熱。ひりひりとした火傷の感覚。


「っ……は、ぁ……」

「イニアお姉ちゃん! だいじょ、あつっ!」


 痛みとともに、意識が薄れていく。

 その意識の中でイチちゃんの叫び声と、メドリの息遣いだけが聞こえたきがした。

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