第59話 ふあんに

 とりあえず位置情報をパドレアさんへと送信する。

 これでとりあえず助けはくる……はず。


「助けは呼んだけど……その、私達だけでも先に」

「うん」

「当然」


 その言葉に少しほっとする。1人でも行こうとは思ってたけれど、やっぱり1人は怖い……どっちにしろメドリがいなくなったら、病気でどうなるかわからないけれど。


 私の中の病気は少しずつ悪化しているらしい。もう定期検診もしてないけれど、アマムさんが時々測ってくれる。悪化するたびに、にこにこになっていくアマムさんを見てると、なんていうか、悪いことじゃないのかもって思うけれど。


 そんな状態だから、今1人になってメドリを感じれなくなってしまったら、どうなるかわからない……正直、かなり怖い。いつかメドリといても正気を保てなくなるんじゃないかって……


「イニア?」


 その声で不安に飲まれそうな思考を振り払われる。メドリが私の手を握ってくれる。その手を握り返して、隣に並ぶ。


「いこっか。イチちゃんも大丈夫?」

「……うん」


 イチちゃんが壊した扉の残骸を越えて、通路のような場所に入っていく。冬ということもあってかなり寒い。吐く息は白い。


「……何もない」


 通路は一本道だけれど、途中で曲がっていて、先まで見通せない。分かれ道も、扉も、何もない。


「……隠し扉とかはなさそう?」

「うん……見逃してなければだけれど」

「そっか…………ちょっと待って」


 道が曲線になり始めた時、足を止める。

 口に指を当てて、静かにと伝える。

 耳をすますと、さっきはかすかに聞こえた音がはっきりと聞こえる。


「だるい……どうせ誰も来ないし、寝てていいか?」

「おい、サボるなよ。さっきみたいに突然来たら、一緒に俺も怒られるだろうが」

「ボージアだっけ……なんか女の子運んでたよな……そういう趣味かよ」

「ボージアさん、な。そんなこと言ってると、ほんとに消されるぞ……って、まじで寝るのかよ」


 見張りの人か……女の子とか言ってるし、ここをナナちゃんが通ったのは間違いなさそう……

 話して通してもらうわけにはいかないだろうし……油断してそうな今、奇襲しよう。


 そう決意すると同時に、曲がり角を飛び出す。

 身体強化魔法を一気に起動して、地を蹴って加速する。


「うぉっ!」

「おい!」


 突然現れた私を見て、見張りの2人が驚きの声を上げながら、魔力を動かし始める。魔力感知が下手な私でもわかるぐらい大きな魔力。

 けれど、使われなければ大きな魔力も意味がない。


「きえっ……!?」


 さらに身体強化魔法の段階を上げて、急速に接近し、拳を横になぎ払う。手の甲が顔にめり込み、骨にヒビが入る音がする。その気持ち悪い音を聞きながら、さらに力を込めて吹き飛ばす。意識を刈り取った感触がした。


「このっ」


 もう1人の魔法が完成したのか、空気の流れが狂い始める。空気の歪みがが目の前に現れる。咄嗟に横に跳ねて回避するが、少し遅かった。

 片足が切れるのがわかる。膝から下の感覚が止まり、傷口から激痛が走り、血が吹き出る。けれど、今その感覚はいらない。

 それより、この足じゃ着地できない。走れない。


「っ」


 転けそうになる身体を手で支え、そのまま手で地面を押し込み、まだ生きている足で蹴りを繰り出す。

 けれど蹴ろうとしている場所に、空気が集まり始める。次の魔法は間に合わないと思ったけれど、発動が速い。やっぱりこの人も強い。


「イニア!」


 メドリの叫びが聞こえる。

 それと同時に集まり始めていた空気に電気が走って、魔力が打ち消し合い、魔法が解ける。


「なっ」


 それ以上男が話すことはなかった。

 蹴りが腹に炸裂し、さっき吹き飛ばした男の近くの壁に叩きつける。あたりどころが悪かったのか、脚があらぬ方向に曲がってるし、気も失ってる。当分動けないと思う。


「わっ、うぅ……」


 私も片方足が切れた状態ではうまく着地できず、倒れてしまう。それと同時に無視していた感覚が戻り始めて、激痛が全身を駆け巡る。


「イニア……!」

「あし……っ、うっ……! もって、」

「わかったから、話さないで!」


 痛みを堪えながら、メドリに話しかけようとするけれど、メドリの悲痛な叫び声に黙らされてしまう。でも……メドリが私を心配してくれる。メドリは今、私だけを見てくれてる……これなら怪我しても良かったかも……そんな馬鹿なことを激痛の中で考える。


 メドリが切れた足をくっつけて、回復魔導機を使ってくれる。痛みがだんだんと消えていき、足の感覚が戻ってくる。


「……はぁ、っ……ありがと……メドリ」

「…………無茶しないで……って言ったのに……」

「はは……」


 力なく笑う。

 痛みは引いてきたけれど、まだ起き上がれそうじゃない。血を流しすぎたかもしれない。


「ほんとだよ……? イニアがいなくなったら……どうしたらいいの……?」


 メドリは怒るような悲しいような顔をして、泣きそうな目で私を責めるような声を出す。


「大丈夫……メドリが助けてくれるから」


 今回もメドリが助けてくれた。

 最後にメドリが空気の壁を壊してくれなければ、もう私に攻撃できる機会はなかっただろうから


「そう……だけど……」

「私はメドリのものだもん……いなくなったりしないよ」


 メドリがいなくならないでって、言ってくれてるのに、いなくなるわけない。だからメドリ……そんな不安そうな顔しなくても……大丈夫。


「…………ほんとに? もう無茶はしない?」

「それは、わかんないかな……」


 メドリが傷つきそうだったり、ナナちゃんを助けるためなら多少の無茶は仕方ない。


「でも、大丈夫、ね?」

「……大丈夫じゃないよ……イニアは私のものなんでしょ……? いうこと聞いてよ……」


 そういうメドリの声は弱々しい。きっと、言っても私が聞かないってわかってるから。

 本当は全部聞いてあげたい。メドリの言う通りにしていたい。けど……それでメドリが傷つくのはもっと嫌だから。


「ごめんね……でも……」

「わかってる。わかってるから……でも、でも……」


 メドリの不安そうな目から滴が落ちる。

 そんなメドリの頭を撫でる。抱き寄せて、強く抱きしめる。ここにいるよって、大丈夫だよって伝えるために。


「その……大丈夫、なの?」


 本格的に泣き出してしまったメドリの紫髪を優しく撫でていると、イチちゃんが心配そうに近づいてくる。そんなイチちゃんに軽く笑いかける。


「うん。メドリが助けてくれたから……でも、ちょっと、感覚戻るまで待ってくれる? ごめんね、急いでるのに」

「ううん……私1人じゃ、ここで無理だったと思うから」


 たしかにさっきの人達は強かった。

 魔法発動も早かったし、魔法も強力だった。きっと魔力感知も得意。イチちゃんが遠くから魔法で攻撃しようとしても、それを気取られて、反撃されていたかもしれない。


 でも……あれで見張り……ナナちゃんが捕まってるところの人達はもっと強いかもしれない。

 怖い。今度こそ死んでしまうかもしれない。まだメドリの前からいなくなりたくない。メドリのいうとおり無茶しないで、ゲバニルの人が来るまで待っていたほうがいいのかもしれない。


 でも……ナナちゃんを助けるって決めたから。

 だから、メドリ……ごめんね。私、多分、また無茶しちゃう……でも……メドリはまた私のこと助けてくれるよね? 私もメドリのこと守るから……


「……イニア?」


 私の不安を感じ取ったのか、泣き止み始めたメドリが私を見つめる。


「イニア、大丈夫……? まだ痛い……?」

「ううん。大丈夫……大丈夫だよ」

「それなら……いいけど」

「もうちょっとしたら行こ」

「……うん」


 もうちょっと……もうちょっとだけ。足の感覚が完全に戻るまででいいから。

 もう少し、メドリと触れていたい。

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