第58話 もつもの
「イニア……イチちゃんも、大丈夫だった?」
「うん。イチちゃんも怪我はないみたい」
未だに嗚咽が止まらないイチちゃんを抱きしめたまま、近づいてきたメドリを見上げる。
私の答えに安堵すると同時に、その目の中に一抹の不安が混じったのが見える。イチちゃんを抱きしめてるから……嫉妬してくれたのかな……嬉しい。あとでメドリに甘えよう。
メドリは首をぶんぶんと振る。その後の目にはもうさっきの不安は無くなっていた。
「その、何があったのか、聞いてもいいかな」
メドリがイチちゃんに優しく問いかける。
イチちゃんは泣きながらも、何度も頷く。けれど声を出そうとしても、泣いてるせいで声が出ない。それがさらに焦りを生んで息が詰まって、さらに声が出なくなる。
「ゆっくりでいいからね」
私が頭を撫でる。
それで少し落ち着いたのか、深く息を吐く。
「襲われて……私だけ……ナナも、助けようとしたけど……む、無理で……ナナぁ……!」
少し話すだけで、イチちゃんの目にはまた涙が浮かび始める。けれど断片的な情報だけど、なんとなくわかった。
帰る途中で襲われて、イチちゃんはなんとかなったけれど、ナナちゃんはさらわれた。
……あの時、買い物なんかせず一緒に帰っておけば……ううん、もっと警戒して……違う、違うよ。今は、後悔じゃない。ナナちゃんを助けなきゃ。
「イニア、パドレアさんに伝えて応援要請しといたから。場所を送れば、助けに来てくれるって」
「わかった。ありがと」
誰がくるかは知らないけれど、大体私より強い人だし来たら大分楽になる。となると問題は場所。
「イチちゃん、どこに行ったとかわかる?」
「え……あっち」
さっき男がイチちゃんを捕まえながら、後退りして行こうとしていた方向を指差す。あっちに何かあるのかもしれない。
「イチちゃん、1人……で帰るのは危ないよね。えっと……」
本当はメドリにイチちゃんを送ってもらうのがいいんだろうけれど、私とメドリはそんな遠くまで離れられない。最近はメドリといるおかげで気にならなくなっていた病気が、こういう時は憎い。
「ぐすっ……わ、私も、行く」
涙を拭って、イチちゃんが立ち上がる。
「邪魔にはならない。それにナナ……ナナを助けるんだから」
危ないからと、止めようと思った。どこからかゲバニルの基地に行って匿ってもらうとか、そういう方法を取ろうと思った。
……そう思ったのに、その気持ちはすぐに消えてしまった。イチちゃんの目を見てしまったから。絶対助けるって気持ちが燃えるように立ち上って、イチちゃんの視界を埋め尽くしていた。
何を犠牲にしても必ず。大切な人だから。助けて、もう2度と離さない。そんな言葉が聞こえてくるよう。
「……わかった」
「イニア……いいの?」
「うん……それにイチちゃんが戦えるのはきっとほんとだから」
さっきイチちゃんが捕まってた時に、急に男が顔を歪めて、魔法を解除した。腕に激痛が走ったようだった。それに、さっきイチちゃんは襲われたって言った。
さっき倒した男達は明らかに一般人じゃない。不意打ちとメドリの協力があったから怪我もせずに倒せたけど、真っ向から戦ってれば負けたとは思わないけど、かなり苦戦したはず。
そんな人達に襲われて、イチちゃんはまだ捕まってなかった。むしろ最初に取り囲まれていたのも、警戒するようだった気がする。
「うん……物に力を加えれるの。それ以外はできないけど……その、それならすごく得意」
「そっか、話してくれてありがとう」
警戒心が強いイチちゃんにとって、自分の魔法を話すのはすごく勇気が必要だったことだと思う。そこまで話してくれるようになったことが嬉しい。
ナナちゃんからも、聞きたい。助けたい。
「いこっか」
「……うん」
「わかった」
メドリと手を繋ぎ、さらに暗くなる道へ入っていく。
ボロボロの建物に、崩れた後のような瓦礫が散乱している。
人の気配がほとんどない。というか、静かすぎる。不自然なほどに。怖い。けれど、こっちに行ったのなら、きっと何かがある。
メドリの暖かさが心に染みる。
この勇気もメドリがいなかったら、きっと踏み出せなかった。ありがと、という気持ちを込めて、指を絡ませる。
メドリもそれに答えるように、絡み返してくれる。
そうしてくれた時には、もう私の心から恐怖は消えていた。
「イニア……ここ、変な感じ」
「え? えっと……」
周囲を警戒しつつ、注意深く観察しながら歩いていく。
その時、メドリが突然、建物の壁の一か所を指す。
「……ほんと。隠し扉みたい」
「そうなの?」
イチちゃんもわかったみたい。
けれど、私にはわからない。魔力感知はあんまり得意じゃないから……
「どうにかできそう?」
「決められた魔力波がいるみたい。それか力ずくで」
決められた魔力波はわかるわけがない。魔力の鍵みたいな物だし。なら力ずくだけど、魔導剣忘れちゃったし……
「ちょっと下がってて。私がやる」
イチちゃんが近くに転がっていた瓦礫を持ち上げる。今一瞬魔力が動いたのがわかった。魔法を使ったなんだと思う。そうじゃなきゃイチちゃんの身体で瓦礫を持ち上げるのは無理そうだし。
「大丈夫そう?」
「……うん」
瓦礫を掌に乗せる。やっぱり子供の小さな手が大きな瓦礫を持ってるのは違和感がある。
そこからどうするのかと思っていると、イチちゃんは大きく息を吐いて、イチちゃんの中の魔力が動く。
最初、何が起きたのかわからなかった。
轟音が鳴り響いて、砂煙が巻いあがる。それが扉を破壊した結果だと気づくのに数秒かかった。
「ぇ……?」
メドリの口からも困惑の呟きが漏れる。
これがイチちゃんの力を加える魔法。聞いたことがない魔法だったけれど、こんな強力だなんて。
イチちゃんの魔力が魔法に変わると同時に、瓦礫が高速で飛翔して、壁にぶつかり破壊した。子供が使う魔法の威力じゃない……ううん、訓練した大人でも、こんな手軽にここまでの破壊力を生み出すのは難しいと思う。
「……やっぱり、変?」
イチちゃんが落胆したような、諦めたような、悲しいような、そんな声と共に私達を見る。
その言葉に急いで何か言おうとするけれど、声が出ない。私はおかしいって思ってしまったから。イチちゃんに嘘をつくのはそれこそ良くない気がした。
でも何かは言わないといけない。けどなんて言ってらいいかわからない。
「変……というか、変わってはいるよね」
最初に沈黙を破ったのはメドリだった。
「そう……そっか。うん、わかって」
「でも、だからこそすごいよ。特技があるってことは、とてもすごいことだと思うよ。私は……何も」
何もないから。そんな言葉にならない言葉が聞こえる。
メドリはイチちゃんの魔法を恐れず、認める。昔、魔力多動症で身体強化以外できない私にしてくれたように。
「特技……なんだ……そっか。ありがと」
「うん? うん」
メドリは何もわかってないように相槌を打つ。
……きっとメドリにとっては今の言葉を当然なんだと思う。誰かの特異なところを認めるのは、メドリにとっては当然。1人をそのまま見てくれる。
やっぱりメドリには何もないなんて、そんなことない。ありえない。メドリは人を助ける人。私も助けてもらった。本当に、メドリはすごい……
あぁ……やっぱり好き。
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