第57話 ひとつの
全身に焦りが駆け巡って、動悸が苦しくなるのがわかる。メドリの手を取って、家の中に入っていく。
「イチちゃん! ナナちゃん!」
2人の部屋を開けても、そこに2人はいない。
なにが……? 家出? いやでも、こんな……今日買った本もないし……誘拐だったら、ううん、もっとひどいことだったり……どうしたら……!
「イニア」
手を強く握られる。
メドリの暖かさを強く感じて、思考が止まる。
「まずは状況がわからないと」
その言葉が私の焦る心を抑える。
深く息を吐く。
……落ち着かないと……2人に何が起きたのかはわからないけれど、まずそこがわからないと何もできない。
「……落ち着いた?」
「う……うん。ありがと」
メドリが助けてくれた……メドリはこんな状況でも冷静で、しっかりしてる。メドリがいれば大丈夫。
「まずは居場所だよね」
「そっか、通信機!」
通信魔導機を取り出す。
イチちゃんとナナちゃんには通信魔導機を渡しておいた。その通信を登録しておいたから、位置情報が分かるはず。
画面上に地図が表示される。
「あった!」
その地図の中に赤く光る点がある。
結構近い。すぐそこの裏路地。
なんで、あんなに暗い場所に……
「イニア、これひとつしかない……」
メドリにそう言われて、拡大してみると、重なってるだけかと思ってた点はどれだけ拡大しても分裂することはない。イチちゃんとナナちゃんで一つずつ渡してるのに。
そして他の場所を見ても、もう一つの点はない。
「わからないけど……ここにいくしかないよね」
「うん」
「メドリ、いける?」
「大丈夫」
そう問いかけながら、自分の持ち物を確認する。お金とかはとりあえず置いて行こう。メドリと繋がる杖はずっと首から下げているし……大丈夫。
「急ごう」
2人が今どういう状況かはわからないけれど、もしかしたらうかうかしていられない状況かもしれない。とりあえずこの赤い点を目指す。
「メドリ、ちょっと」
「なに? ひゃ」
家を出て、メドリをお姫様抱っこする。メドリの顔が近くなって、私の顔が少し赤くなる。メドリの頬もほんのりと赤い。けれど、羞恥心と嬉しさが入り混じった感情は今は置いておく。
イチちゃん達のところに急がないと。ここは集合住宅の三階だけど、一階まで行ってる時間も惜しい。
「飛び降りる」
「え、あ、うん……わかった」
全身で蠢く魔力を押さえつけて、身体強化魔法を起動する。同時にメドリが杖を介して、その術式に干渉して、術式を綺麗にしていく。
「いくよ」
跳躍して柵を飛び越える。
風をかき分け、地面に足が触れると同時に強い衝撃が走るけれど、身体強化魔法をかけられた肉体はそんなことではびくともしない。
そのまま脚を動かして、走り出す。
抱っこしながら、上から降ってきたから、周囲にいた人から何事という目を向けられる。けれど、そんな視線を気にしてる余裕はない。
「ここら辺……」
目的地にはすぐ着いた。多少離れていたけれど、私の脚ならすぐそこだったから。
メドリを降ろして、イチちゃんとナナちゃんを探す。
「……イニア」
隣でメドリが低い声をだし、一箇所を指す。
そこにはイチちゃんがいた。1人じゃない。イチちゃんを取り囲むように、男の人がたくさんいる。いい雰囲気じゃない。むしろ、危ない。今にも襲われそう。
「あっ」
そう認識したと同時に地を蹴っていた。メドリが驚きの声を上げるが、それが私に届くことはない。音速を超えて、1番近くの男に殴りかかる。
人の身体に拳がめり込む。気持ち悪い感触が腕を伝う。それに対抗するように、さらに身体強化魔法の段階を引き上げる。
男は宙に浮き、地面を転がる。気を失ったのか、起き上がってはこない。
「イニアお姉ちゃん!」
イチちゃんが叫ぶ。
その声が泣きそうで、不安が伝わってくる。そんな思いをさせたこいつらは許せない。
「……誰だ」
残りの男達……4人のうちの誰かが呟く。
けれど、それに応えることなく、もう1人に殴りかかる。
同時に全員が体内の魔力を動かして、待機状態にしていたであろう身体強化魔法を起動するのがわかる。けれど、魔法発動は間に合わない。
身体強化同士の対決なら、私に勝てる人はそう多くない。
「がっ」
相手が私の放った蹴りを躱そうとする。けれど、それより早く攻撃が当たる。そのまま、壁へと吹き飛ばす。衝撃が音となって、辺りに鳴り響く。
あと3人と考えると同時に、魔力の流れを感じる。
魔法が起動する。炎が男から放たれる。この距離だと回避は難しい。けど、こんな高速発動なら、倒れはしないはず。多少の怪我は仕方ない。
「なに!?」
そう思って痛みを覚悟するが、炎は途中で電撃にまかれて消えてしまう。それでメドリの魔法領域が周囲に広がってることに気づく。メドリが助けてくれた。
魔法を放ってきたやつはメドリに任せよう。
魔法が失敗したことを悟ると同時に、もう1人が一歩踏み出し、殴りかかってくる。その拳をそのまま受け流す。隊長に教えてもらった技。こんな場面で使うことになるとは思わなかったけど。
そのままよろめく男の腹を蹴り上げると同時に、首に肘打ちを入れて気絶させる。視界の端で魔法を放ってた男が、電撃を浴びて倒れる日が見える。
「おい! 動くな!」
最後の1人。と思ったけれど、そこで私の動きは止まる。
「魔力が動いたら、こいつを殺す!」
最後の男はイチちゃんを掴み、に射出前の魔法をむけていた。まずいと思った時には遅かった。完全に人質を取られた状態になってしまった。
どうしよう……メドリの魔力操作技術なら……でも、魔法発動までのラグの間にイチちゃんがやられたら……なら私が……だめ、ここからじゃ私よりあの男の方が早い。
「そうだ……いいぞ……魔法は使うな!」
男は少しずつ別の道の方へと後退りしていく。
手が出せない……殺される前に回復魔導機を使う……? いや、確実性がなさすぎる。それで死んじゃったら、助けられない。
「イチちゃん……!」
「黙れ! っ、い、!」
思わず叫びそうになる。
その時男の顔が苦痛に歪み、集中が途切れたのか魔法が消える。なにが起きたのかはわからない。けれど、今なら。
「くそっ! こいっ」
それ以上は声にならなかった。
顔面に私の拳が入ったから。そのまま振り抜いて、頭から地面へと落ちていき、起き上がってくることはなかった。
「っ……は」
周囲を確認して、息を吐く。
久しぶりに人を殴った。これほどに怒りを持って殴ったのはコムトを殴った時以来。そして今回はその時と違って、実戦だった。
男達の身体に沈む拳の感触がまだ残ってる。気持ち悪い。正直、触りたくなかった。ううん、そんなことは今はいい。それより。
「イチちゃん、大丈夫?」
男の手から逃れて、座り込むイチちゃんに駆け寄る。
イチちゃんは今にも泣きそうで、不安そうで、恐怖に視界が包まれていた。
「ナナ、ナナがっ……ナナがぁ……! ナナぁ……!」
イチちゃんはナナちゃんの名を呼んで泣き叫ぶ。
どうすればいいかわからない。わからないけれど、落ち着いてほしくて、安心してほしくて、イチちゃんを抱きしめて、頭を撫でる。
「大丈夫……ナナちゃんも助けるから、大丈夫だよ」
そういうと、イチちゃんはさらに泣いてしまう。けれど、その涙は落ち着くための涙。それがわかっていたから、全部流れ出るまで、頭を撫でる。
いつかメドリがやってくれたみたいに。
私は泣き止むまで撫で続けた。
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