第56話 きれいを
本屋ではやっぱり1時間ほどかけて買う本を選んでいた。いや、買うのは私達でイチちゃん達じゃないけれど。
お小遣いとかあげたほうがいいのかな……私の場合は何歳からあったんだっけ。イニアはそういうのなかったと思うし……
「イッちゃんは何を選んだの?」
「魔法の歴史の本。いろんな魔法が載ってるんだって」
イチちゃんの選んだ本はやっぱり相当難しそうなやつ。私なら多分数ページで読むのをやめちゃう。読みにくそうだけど……イチちゃんってもしかしなくても、すごく頭がいいよね。
「へー……おもしろそうだね。また教えてね!」
「うん。ナナは?」
「平凡勇者と冒険の書」
「どんな話なの?」
「わからないけど……面白そうだから!」
多分、ファンタジー作品だと思う。ナナちゃんは冒険系の話が好きみたい。でもナナちゃんが本が好きなのはちょっと意外というか……なんか違和感がある。
ナナちゃんはいつでも元気よくて、学校とかにいれば、みんなを先導して外に連れ出すような人に見える。まぁ、好みは人それぞれだから、なんでもいいけど。
「本、持とうか?」
「ううん、大丈夫! 自分で持ちたいから!」
「そっか」
イニアが手を差し伸べるも、2人はそれを断る。結構重そうだけれど、その気持ちはわかる。なんか買ってもらったものは自分で運びたいよね。多分、取られたくないからかな。
「イニアはあんまり本とか読まないっけ」
「うーん……まぁね。それよりメドリを見てたいから」
「……ありがと」
……今のはずるい。イニアはいつもそう。会話の中で突然私に好きの気持ちを伝えてくれる。嬉しいけれど、恥ずかしい。
いつも平然を装って、返すけれど、うまくできてる自信はない。イニアの前ではなるべく理想の私でいたいけれど……きっとバレてる。
イニアは私のこと、私以上にわかってる……気がする。私が私自身のことをあんまり知らないってのもあるかもしれないけれど。
「あ、ご飯買わないと」
イニアが思い出したように呟く。
それで朝に見た貧相な冷蔵庫を思い出す。イチちゃん達はまだ成長段階だから、食べ物も結構考えないといけない。まぁ、最悪栄養素の塊みたいなやつを買えばいいのかなとは思ってるけど。
「……その、先に帰っててもいい……? 家はすぐそこだし……あの……」
買い物に行こうとすると、イチちゃん少し言いづらそうにそんなことを言ってくる。
「早く読みたいんだね。うん、いいよ」
きっと早く本が早く読みたいんだと思う。
それにイチちゃん達がいてもいなくても、買い物は影響はない。帰り道が少し心配だけど、イチちゃんのいうとおりすぐそこだし、大丈夫……だと思う。
「あ、ありがと……」
「気をつけてね」
「うん」
2人と別れて、イニアと店に向かう。
ぱぱっと、調理が簡単そうで、栄養がありそうなものを買う。あと、私達用に携帯食料を少し。
「こんな風に悩むことがあるなんて思わなかったな……」
イニアがそう呟く。
「どんな風に?」
「なんか……今日のご飯は何がいいかなとか……私もメドリもあんまり拘らないでしょ?」
「そうだね……」
きっと私たちだけなら、特に味もしないけれど、魔力変換しやすくて食べやすい携帯食料を食べ続けるだけだっただろうから、悩むことはなかった。
悩むとしたら、たまに少し甘いやつを買うかどうかぐらいかな。
「まだ子供だし……今までもそんなに栄養ある食事じゃなかったみたいだしね」
今まではそれこそ携帯食料のようなものばかり食べてきたみたい。私達のように成長が終わって、魔力維持ができるならそれでもいいけど……まだ子供なのに、それじゃ良くないとおもう。
「そういえばメドリっていつ成長が終わったの? 私と同じぐらい?」
「イニアはどれぐらいだったの?」
「結構早くて……たしか16歳ぐらいだったかな」
まぁ小柄だもんね……てことは私も同じぐらいなのかな? 私とイニアの身長同じくらいだし。
「えっと……私は……」
思い出そうとしても思い出せない。忘れちゃったのかな。人生の中でも結構一大行事だと思うけど……
「わからないや……忘れちゃった」
「そっか」
「魔力が変質するのを感じた記憶はあるんだけど……いつかがわからないね」
……というか、いろいろ忘れてる気がする。記憶が鮮明なのは、イニアと同棲してからだけで……それより前の記憶が薄い。まぁ……いっか。
「あの2人はいつになるかな」
「うーん……もう来てるってのはないよね?」
「どうかな……まず今何歳か知らないし……」
ぱっと見13歳ぐらいに見える。一般的に成長が止まるのは17〜22ぐらいだから、多分まだだと思う。何歳か聞いてみたいけれど……
「……きっとまだ話してくれないよね」
イニアの言葉に軽く頷く。
ナナちゃんとイチちゃんとは結構仲良くなったけれど……まだ完全に話せるほど信頼されてない。他にも理由があるように見えなくもないけれど……変に勝手に期待するのは……よくない。
私は今までそれでいろんな失敗をして、いろんな人を傷つけた。誰かを傷つけたということが、私自身を傷つけるから、もう誰にも期待したくはない。
でも、イニアには……
「そうだよね……でも、うん。私が助けたいだけだもの。2人から見返りが欲しくてやってるわけじゃないし……その、メドリも巻き込んでごめんね?」
目を背けたくなる醜い思考が膨れ上がるの、イニアの言葉が止める。イニアが紡ぐ言葉は毎回綺麗……イニアの心をそのまま表してるみたい。
「ううん。イニアがやりたいことなら、私も手伝う。そう……言ったでしょ?」
「そう……だよね。ありがと。大好き」
……そんな綺麗な心に私のようなものが触れていいのかなって考えたことは一度や二度じゃない。けれど……好きって言われるたびに、私の中の好きって気持ちは収まらなくて……
「私も好きだよ」
そう口にしてしまう。
本当はやめたほうがいいのかもしれない。綺麗なイニアを汚してるのかもしれない……ううん、きっと汚してる。汚して、傷つけて、イニアの人生をぐちゃぐちゃにしてしまってる。
でも……汚してもいいから、傷つけてもいいから、一緒にいて、イニアはそう言ってくれる。私はメドリのものだよって言ってくれる。
……本当にずるい……そんなこと言われたら、私の醜い独占欲がまた大きくなってしまう。イニアを包んで、押しつぶしてしまう。なのに……それを受け入れてくれるから……
「好き……なんだよね」
「え?」
気付いたら思考が口から漏れ出そうになってたみたい。危ない。……でも、イニアになら聞かれてもいい……というか聞いて欲しい。聞いて、受け入れて欲しい。受け入れて……くれるよね?
「ううん。イニアのこと好きだなーって」
「さ、さっきも言ってくれたから……わかってるよ?」
「ほんとー? たまにイニアもおかしくなっちゃうから、ちゃんと伝えとかないとね」
「そんなこと……」
そんなことないって言葉は途中で切れる。
イニアにも自分で思い当たる部分があったんだと思う。実際、イニアは独占欲が強くて、私への、その、好きが暴走することがあるから、おかしくなってる気がする。
「ある……かもだけど……こんな私でも好きでいてくれるんでしょ……?」
「うん。もちろん。好きだよ。ずぅーと、好き」
むしろそんなイニアだから好き。
私に誰にも見せないような一面を見せてくれて、私に全てを預けてくれるイニアが好き。
「えへ……嬉しい」
イニアが照れたように笑う。
それに釣られて、私も笑みが漏れる。
「……帰ろっか」
「うん」
ひとしきり笑い合ったあと、家に帰る。
買った食料が少し重い。片手だからかもしれない。でも、イニアの手を離す気はない。ずっと、私のそばにいてもらうんだから……
「ただいまー……あれ?」
自分の心を確かめながら、イニアと家に帰る。
けれど、扉を開けるとき……何か変だと思った。
静かすぎるというか……寒すぎるというか……人気がない。
そこに2人は……イチちゃんとナナちゃんはいなかった。
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