第55話 すこしの 

「……もう、大丈夫」


 ほんとはもっとイニアを抱きしめていたい。けれど、ずっとこうしてるわけにはいかない。今日はイチちゃん達と出かける日だし、イニアには心配して欲しくないから。


 ……でもきっとイニアは私が望めば、ずっとこうしてくれる。そんな気はする。けれど……それはつまり、ずっとイニアを信じれてないってことになる。ずっとそんなんじゃ、見限られちゃうかもしれない。


 それは嫌だし……元々私はイニアに比べれば何もないんだから……迷惑かけたくない。イニアは別にいいよって言ってくれるけれど……


「……起きれそう?」

「うん……お腹すいたし」


 もうほとんど完全に覚醒した思考は、空腹を訴えてくる。でも、すぐお腹いっぱいになるんだけどね。少食だから。


「何食べる?」


 そうは言っても、家にはそんなにいろんなものがあるわけじゃない。任務が終わって、帰ってきてから、ナナちゃん達のためにいろんなものを買ったし、その時に食料も種類を増やしたけれど、それでも少ない。


「うーん……すぐ食べれるやつ」

「じゃあ、これにしよっか」


 イニアは大体すぐ食べれるやつって言う。食べ始めるまでの時間じゃなくて、食べてる間の時間が少ないもので食事を済ませたがる。

 理由を聞いたら、私を見たり、手を繋いでる時間が少なくなるのが嫌って言っていた。それが嬉しくて、私も早く食べれるものを選ぶことにした。


 私達はもう成長が終わってるから、何食べても一緒だし、それならイニアの要望に答えてもいいかなって。

 ……私だけ別のものを食べてもいいけど……好きな人と同じものを食べたいってのはあると思う。たまに甘いものが欲しくなるけど。


 いつも同じような味のする食事を終えると、すぐにイニアがくっついてくる。こんなふうにイニアに求められてるのは嬉しい……でも、こんな風にイニアを縛り付けていいのかなって思う時がないわけじゃない。

 そうイニアに話しても、縛り付けてくれて嬉しいとか言ってくれると思う……でも、でも……イニアならもっと遠くに行ける。うずくまって動けない私を置いて、遠くまでひとっ飛びに。


「あっ、起きてた」


 食事をして、もたれかかってくるイニアの頭を撫でながら考え事をしていると、奥の部屋から水色の髪と共にナナちゃんが現れる。後ろから、少し顔を赤くしたイチちゃんも。


「今日はお出かけだよね!」

「うん。どこか行きたいところある?」


 こんな風にイチちゃんとナナちゃんが来てから、1週間に一回は、どこかに出かけることにしている。仕事は、パドレアさん達に事情を説明して休暇にしてもらっている。

 一応、ゲバニルも国の組織になるから、詳しくは言わない方がいいと思ったけれど、誤魔化すのも難しくて、結局バレてしまった。


 けれど、お陰で知ったこともある。訳ありの子供で国の機関を忌避しているということは、アヌノウスが絡んでるってパドレアさんは言っていた。


 アヌノウスはゲバニルとは別の国の組織らしい。国も一枚岩じゃなくて、ゲバニルが国を守るための組織なら、アヌノウスは国を発展させるための組織らしい。

 発展するだけならいいけれど、アヌノウスは技術発展すればどんな犠牲も厭わないという思想らしく、酷い人体実験が多いらしい。


 本当かはわからない。けれど、パドレアさんのことは信じたい。もう1年近くの付き合いになるけれど、そんな不穏なそぶりはないし……私達みたいな面倒くさい人達にも優しくしてくれるし。


「イッちゃんはどこか行きたい?」

「……本屋。この前買ってくれた本読み終わったから……」

「そっか。じゃあ行こっか」


 さっと出かける準備をして、イニアが私の手を引っ張って外に出る。すぐ後ろから、イチちゃん達がついてくる。

 外の空気は冷えてて、すごく寒い。けれど、イニアと繋がる手の暖かさが、寒さを紛らわしてくれる。


 イチちゃんとナナちゃんも楽しそう。イチちゃんとナナちゃんとは結構仲良くなれた……と思う。イチちゃんは最初は警戒して、眠りも浅かったけれど、もうそんなことはないみたい。


 まだ昔のことを話してはくれないけれど……まぁ、私はどっちでもいい。私は別に彼女達をそこまで助けたいわけじゃない。どちらでもよかった。けれど、イニアが助けたいって言うなら、そうしようって思ってる。


 でも……でも、やっぱり欲を言うなら、イニアには私のことだけ気にしてて欲しかった。


「…………どうしたの?」

「うんー……なんか撫でたくて」


 醜い独占欲を抑えようと、イニアの青髪を撫でる。ちょっと色素が弱くて、綺麗な色の髪……気付いたら、大好きになっていた髪。これが、今は私のもの……私にものじゃなくなる日が来るのかな……怖い。

 髪から頬に手を触れ、優しく撫でる。けれど、確実に私の体温が伝わるように。私のものってわかるように。


「イニアお姉ちゃん、顔真っ赤だね」

「ナナ……声大きい……! 2人の時間なんだから……」


 イチちゃんの声も聞こえてるけどね。

 もう1ヶ月も一緒にいれば、こんなふうに唐突に求めてしまう状況もたくさん見られてるわけで。特にナナちゃんはもう結構慣れてしまったみたい。


 私も正直もういいかなとは思ってる。流石にもっと深く求め合ってるところを見られるのは恥ずかしいけれど、髪や頬を撫でるぐらいなら。


 けど、イニアとイチちゃんはそうじゃなみたいで、顔を真っ赤にしている。イニアは2人に見られてるのが恥ずかしいみたいだし、イチちゃんはまだ慣れてないのかな。


「あぅ……も、もう、前見て歩かないと、こけちゃうよ?」

「大丈夫……イニアが助けてくれるから」

「助けるけど……ぅう……」


 恥ずかしそうに顔を俯かせる。

 私が好きな耳も赤く染まっていて、食べてしまいたくなる。そこまで大胆なことはできないけど。

 ……そろそろやめておこ。これ以上は我慢できなくなってしまいそうだし。


 顔を触れていた手を下げて、イニアの手を掴む。指を絡ませる。指と指の間に、イニアの指がある。簡単には解けない……イニアの手はこの中から簡単には出ていけない。


「イッちゃん……私達のああやってつなぐ?」

「えっ……!? で、でも……恥ずかしいし……」

「いいじゃんいいじゃん。ね?」


 後ろも愉快になっている。

 イニアと一緒だとここまで騒がしくはならない。お互いそんなに口数が多い方じゃないし、それでも触れ合えてたら、楽しいから。


「ナナ……ちょ、ちょっと……!」

「はい捕まえたー! 今日は一日中こうだから!」

「えっ」


 そんな会話を聞きながらイニアと少し笑い合う。

 イチちゃん達も少しずつ私達の前で、気を張り詰めなくなってきている。私達とイチちゃんは結構仲良くなった……自惚れじゃなければそう思う。


 そんなこんなで少しずつ本屋は近づいてくる。

 元々そこまで遠い場所にあるわけじゃないから、引っ越した家からすぐ。イチちゃんとナナちゃんが来てから、少し大きな家に引っ越した。賃貸の集合住宅。周囲にいろんな店があって便利。


 2人だとほとんどこなかったと思うけど。

 イニアと私はそこまで何かを求めてない。イニアは私がいればいいって言ってくれるし、私もそう思う。

 同棲する前はもっといろんなことに興味があったような……憧れがあったような気もするけれど、もう忘れた。

 

「……イッちゃんいこ!」

「わっ、ナナ、危ないから!」


 本屋が見えると、ナナちゃんがイチちゃんに腕を引っ張って走り出す。少し転けそうで心配。

 あの2人は本が好きみたい。特にイチちゃんは難しそうな本ばかり読んでいる。ナナちゃんは物語が好きみたい。大体3冊ぐらい買ってる。

 私達は趣味とかないから、少しぐらいなら、そういう娯楽に対してもお金を出してあげられる。


 ……私も、なんだかんだ2人のこと助けてあげたいとは思ってる……そりゃ、ここまで長くいれば……ね。最初はどっちでもよかったけれど。2人を助けてるって優越感で嬉しくなっちゃったのかな……

 イニアは純粋に助けたいって思ってる……私は優越感を得たいから助けたいって思ってる……この差が少し……しんどい。こんな私でもいいよって、イニアは言ってくれるけれど……


「私達もいこ」

「うん」


 イニアが私を手を取って本屋に入っていく。

 イニアに引っ張られて。

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