第54話 わたしは

 深い眠りから意識が浮上し始める。

 この間は少し怖い。意識があるのに、イニアが感じれなくて、いなくなってしまったように感じるから。

 目を開けるのが怖い。目を開ければイニアがいなくなってるかもしれないから。


「ぅ……」


 恐る恐る目を開ける。同時に眠くて、まだ視界はぼやけてる。けれど、そこにイニアが……私を好きって言ってくれる私の好きな人がいるってことは鮮明にわかる。


「おはよ……イニア……寒い……」


 次に感じたことは寒さだった。布団を被っているけれど、もう強光月が終わって1ヶ月。ここら辺は完全に冬になってる。


「おはよう。これで、どう?」


 イニアが私の手を握ってくれる。

 たしかに暖かい……暖かいけど……


「もっと……手だけじゃなくて……」


 そういうと、イニアが首から手を回して、抱きしめてくれる。こうされると安心する……まだイニアは私のこと好きなんだって。


 イニアと恋人になってから、もう1年以上になる。でも、私は未だに怖い。

 急にイニアがいなくなってしまうんじゃないかって。イニアが私を嫌いになって、見限って、私を置いて行ってしまうんじゃないかって。


 イニアは私のことを毎日何回も、好きって言ってくれる。でも、私は私が好きじゃない。嫌い。だからイニアがなんで私のことを好きなのかわからないし……それに私以外の人を選んだ方がいいのかもって思う時もある。


 でもそんな思いもイニアは受け止めて、一緒にいるから大丈夫。好きでい続けるからって言ってくれる。信じなくてもいいから、一緒にいてって。そんな優しさに甘えてる。


 そう……イニアは優しすぎるよ。

 私なんかを好きって言ってくれたし、たくさん助けてくれた。それに1ヶ月前だって、イチちゃんとナナちゃんを助けて、今も一緒に暮している。

 そんな優しいイニアだから、私は不安になる。私なんかが一緒にいていいのかわからない。


 私は……イニアが言ってくれたような人じゃない。私はただの寂しがり屋で、怠け者で、自己愛の塊で、嫌われたくなくて……イニアは私がずっといてくれたって言ってたけれど、あれだってイニアを利用してたみたいなもの。


 私は元々寂しがり屋だから、子供の時からいろんな人に話しかけた。たくさん友達もできたと思う。イニアもその1人だった。帰り道が一緒で、よく一緒に遊んだ。


 変化があったのは、イニアの病気の影響が顕著に現れ始めて、いじめ……ってほどでもなかったけれど、敬遠され始めた頃だったと思う。そうなっても私はイニアと一緒にいた……というよりイニアと1番長い時間いた。

 それはきっと、イニアには私しかいないと思ったから。イニアの隣いれば、イニアは私だけを見てくれる。どこにも行かないでくれる。今思えばそんな気持ちだった。


 それは別にイニアじゃなくてもよかった。

 私は……私だけを見てくれる誰かが欲しかった。実親に捨てられてから、今の両親に拾われて、それなりに幸せだったと思う。けれど、どうにも虚無感が抜けきらないことに気づいた。


 実親は私を嫌いだったし、今の両親も1番に考えるのは血のつながってない私じゃなくて、お互いの事。友達だって、私は大勢の1人でしかない。


 だから私は私だけを見てくれるイニアが好き。イニアが私に鎮静剤を渡してくれた時、一緒にいてくれるって言った時、好きって言ってくれた時、私の思いを受け止めてくれた時、キスしてくれた時、すごく嬉しかった。

 支配して欲しいって言われたときの胸の高鳴りは今でも思い出す。イニアを私のものにできる。私以外見えないようにできる。そう思えた。


 けど……嬉しくなるたびに、私なんかが嬉しくなっていいのか少し不安になる。私のような自己愛の塊で人のことを考えれない人が、あんなに綺麗で優しい心を持つイニアに近づいていいのかな。


 ……そう。私は昔からそうだった。

 私は昔から自分のことばかり。自分主体でしか考えれない。なんだって私は自分の承認欲求を満たすために動いてきた。けれど、努力はしたくないし、辛いことは嫌だし、傷つくのも嫌。


 だから、誰かに自分から近づくのが怖かった。昔は自分から動くこともできたけれど、もうできない。拒絶されるのが怖い。私を好きになって欲しかった。

 きっと……私はイニアが好きなんじゃない。私のことを好きって言ってくれるイニアが好き。


 結局、私は私が好き。私は私のことが大切だから、大事にしてる。私を好きな人を好きになり、私が傷つくのを必死に避ける。嫌われるにが怖い。ほんとは、他の人のことなんてどうでもいい。

 そんな私だから、私は私が嫌い。


 そんな私とイニアは本当は全然釣り合わない。イニアは身体強化魔法をすごく高いレベルで使えるし、魔物と戦う勇気もあるし、優しいし、かっこいいし、綺麗だし、可愛いし……たまたま私を好きになってくれたけれど、それはイニアが1人で弱ってるところにつけ込んだようなもの。もっといろんなものを見れば、その気持ちも変わってしまうような気がして怖い。


 怖い……イニアが私のことを好きって言ってくれるたびに、怖くなる。どんどんイニアのことを好きになってしまう。私のものにしたくなる。私以外見えないようにしたくなる。


 でも……そんなに好きになって、もし明日イニアがいなくなったら? 私はどうなってしまうのかな。あんなに好きって言ってくれたイニアの心が私から離れた時……私は正気でいられるのかな。


「メドリ……?」


 大好きなイニアに呼ばれて、思考の渦の中にいた意識が戻ってくる。気づけば私はイニアを抱きしめていて、涙が出てしまっていた。


「また不安になっちゃった?」


 イニアの優しい言葉に小さく頷く。

 本当はこんな風に不安になりたくない。イニアを疑いたくない。好きって言ってくれた言葉を疑いたくない。

 けれど私の心は勝手に疑い始めてしまう。

 だから、私は私が嫌い。


「大丈夫……ずっと一緒にいるからね。何度でも抱きしめたいし……ずっと好きだから。私はメドリのものなんだから」


 そう言ってイニアが私の頭を撫でてくれる。

 心から不安が消えて、安心が私の心を包む。

 私はもう自分がどう思ってるのかわからない。自分が好きなのか嫌いなのかわからない。どうしてイニアが好きなのかも、わからない。いろんな答えが同時に思考の中に存在してるから。

 その答えは全部正解で全部間違ってる。


 けど……それでも、イニアが好きなことは絶対あってる。この選択を良いと思ってるのか悪いと思ってるのかはわからないけれど、イニアが好き。


「メドリ、好きだよ……大好き」

「……私も好き……イニアが好き……」


 イニアに好きって言われると、こんな醜い私でもいいのかもって思える。イニアが私に安心をくれる。イニアは私を1番に考えてくれる。1番好きでいてくれる。こんな私を好きでいてくれる。


「イニア……」

「ん……」


 イニアの唇にそっとキスをする。

 いきなりキスをしても、イニアは私を拒絶することなく受け入れてくれる。イニアの存在を感じる。

 さっきまで感じていた不安に似たいろんな感情を消すように、イニアの存在を確かめる。呼吸を止めて、イニアを感じる。安心したくて、穏やかな長い口づけをし続ける。


 こうしてイニアの好意を確かめて、信じれている時だけは、私は少し私を嫌わなくて済む気がする。好きな人が好きな私を……少しぐらい認めていいかもって思える。

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