第48話 やくそく

 赤い花弁は次第に数を増していく。

 さっきはあの花弁が当たったんだと思う。

 腹から血が少し出てる。結構痛い。


「大丈夫……!?」

「う、うん……まだ動けるよ」


 メドリが私の隣に来る。

 まだ増え続ける花弁は、空間を埋め尽くし、幹の根本はもう見えない。


「どうしよっか……」


 花弁の速度に対応するには、もう1段階、いや2段階は身体強化魔法をあげないといけない。けれどこれ以上は結構きつい。ものの数秒で魔力切れになる。

 そして対応できたとしても、花弁は小さくて剣で斬るのも難しそう。回避するしかないけれど、あの量を掻い潜るのはもっと難しそう。


「耐久力はなさそうだけど……もう魔力もないしね……」


 花弁はメドリの電撃でも焼き焦がす事はできるみたい。けれど、数が多すぎる。

 そしてメドリの魔力も少なくなってきている。魔法領域は展開しているだけで魔力を食われるし、電撃のサポートもしてくれた。


「……範囲攻撃……できる?」

「魔力が……」


 ない。もうメドリの魔力は広範囲攻撃を放てるほどない。

 それはもう把握してる。魔力を共有してるから。

 けれど、それはメドリの魔力。


「私の使って?」

「え、でも……」


 メドリは不安そうに私を見る。

 そんなメドリに笑いかける。


「大丈夫。魔力量には自信あるから」


 昔から私の魔力量は多かった。

 その分魔力は動き続けるし、身体強化魔法の魔力消費量も大きかった。けれど、魔力量が多いことには変わりない。そしてその魔力は今、メドリと共有してる。


「で、でも……もし途中で魔法が切れたら……」


 ……もしそうなったら、声を上げる間も無く、花弁か木の根につぶされて死んじゃう。

 メドリのことだけ考えるなら、今からでも逃げるのが正解なのかもしれない。けれど、私は助けたいって思ったから。さっきの声……大切な人を失いそうな声を聴いてしまったから。

 ここで逃げたら、あの声が頭から離れなくなりそうだから……メドリとの記憶にそんな罪悪感はいらない。


「大丈夫……ね?」

「……うん……わかった」

「……ありがと」


 メドリが花弁の先の巨木を見据える。

 私の魔力がメドリのの意志によってコントロールされていくのがわかる。


「……その、加減できないから……」

「わかってる。思いっきりね。私のことなんて気にしないで?」


 メドリにとって、私の魔力を使って魔法を使うのは初経験だし、繊細な挙動は無理だと思う。だから、最初に私の腕を黒焦げにしてしまった時のようになるかもしれない。

 けれど、それでもいい。あの痛みもメドリからもらったものなら。


「気にするよ! でも……わかった」

「うん……いくよ」


 まだ少し痛む体を無理やり動かして、地を駆ける。

 同時に、花弁が空気の中を流れだす。木の根が地中から現れて、私に迫る。

 木の根を斬れるように魔導剣を起動する。赤い花弁は無視する。どちらも当たればまずいけれど、花弁はメドリがなんとかしてくれる。


「…………ぅ」


 その瞬間音が消えた気がした。

 そう思えるほどの巨大な魔法。

 私の魔力でメドリが発動する魔法。


 けれど静かに思えたのは一瞬で、轟音と光が感覚を埋め尽くす。全身に火傷による激痛を感じる。けれど脚を止めない。

 今ので花弁はなくなった。


 電撃を耐えた木の根を叩き斬り、重力を振り払い、空中へ跳躍する。

 空気が焼けた肌に当たって痛い。

 着いた。


「ふ」


 少し息が漏れる。

 目の前に魔力の塊、木の弱点、蔦と枝で覆われた球体がある。それに魔力発散機を触れさせ、蠢く魔力を流す。


 魔力発散機は対象に触れ合わせてないと使えない上に、発動まで約1秒のラグがある。身体強化で引き伸ばされた1秒は長い。久々の静止に思考は回転を始める。


 最後の足掻きで後ろに木の槍が生成されてるのを感じる。そして体内魔力量もかなり少ない。魔導機に流した分で多分切れる。そうなれば私の肉体は串刺しにされる。回避しないといけない。

 けれど、今動けば魔力発散機は不完全に起動する。それだとこの巨木は倒せない。そして今を逃せば、もう私は動けない。

 ……覚悟するしかない。きっと……大丈夫。


「……ぇ」


 1秒が経ち、魔導機が起動して、巨木から魔力が消えていく。そして木の槍は消えた。

 魔力が切れて、全身から力が抜けていく。体勢が維持できず、地面に落ちていく。このままだと地面に当たる。痛そう……けど、木の槍はなんで……?

 木の槍の魔法は発動段階に入っていて、術者の巨木を倒しても消えないはずなのに。


「ぁ」


 薄れゆく視界の中で、少女が手を向けていた。彼女も魔力が切れたのか、糸が切れたように倒れてしまう。

 また……あの子に助けられちゃった……




「……ぁ! ……ぇ……ぃにあ! イニア……!」

「ぅ……ん……め、どり」

「ぁ……イニア!」


 眩しい。日の光が私の視界を眩ませる。

 メドリが私に抱きついてる。暖かい。身体中を駆け巡る痛みや、魔力切れによる脱力感が消えていくような気がする。

 ぼやけてた視界が少しずつ回復してくる。

 その瞬間私の心が恐怖で縮む。


「メドリ……血が……」

「あ……こ、これはイニアのだから……私は大丈夫」


 その言葉に心が緩む。

 メドリに傷がついてなくてよかった。

 思考がだんだんと復活してくる。


「2人は……?」

「あ、だめ……! まだ怪我全部治せてないんだから……!」


 少女達の様子を見ようと、身体を起こそうとする私をメドリが止める。大人しくメドリに従って、身体を横に戻す。 


「あの子達なら回復魔法かけたよ……まだ起きてないけど……」

「そっか……どれぐらい寝てた?」

「少しだけ。3分ぐらい」


 予備の魔力を持ってきてよかった……メドリの魔力も無くなってただろうから、ないと回復魔法は使えなかったかも。魔力変換までに時間かかるし、魔導機にしか使えないけど。


 空を見上げる。

 さっきと違って、巨木がなくなって、遮るものは何もない。日差しがまだ治りきってない傷を刺して、少し痛い。

 けど、無事……2人も回復魔法をかけたなら大丈夫……だと思うし、私も死ぬことはなさそうだし。メドリも傷つかなかったし。


「メドリ……」


 膝枕をしてくれているメドリをもっと感じたくて、メドリのお腹に顔を埋める。暖かくて、気持ちいい。

 メドリが頭を撫でてくれる。メドリに甘えるのはすごく心地いい。治りきってない火傷が擦れて痛いけれど、それすらメドリがつけてくれたものだと思うと、嬉しくなる。


「ねぇ……イニア?」

「ぅん……なぁに……?」


 気持ちよさと、疲れから、半分眠りそうでふにゃふにゃとした声が出てしまう。けれど、メドリの顔を見て一気に目が覚める。

 メドリの目は安心と恐怖と後悔が入り混じったような顔をしていて、声が出なくなってしまう。


「イニア……怖かったよ……今回……危なかったよね……? 最後も、あの子が助けてくれなかったら……」

「うん……」


 ……あの少女が木の槍を消してくれなかったら、最後の攻撃で私は致命傷を負ってた。身体強化魔法も切れてたし、死んじゃってたかもしれない。


「あの子達を助けれたのは嬉しいよ……? でも……やっぱり、イニアが傷つくのやだ……死んじゃうのはもっとやだ……」


 メドリの目には涙が浮かんでいた。

 ……また不安にさせてしまった。今回の魔物は私達が相対した中で1番強かった。今回は少女の協力もあってなんとか勝てたけど、2人だけなら最初の奇襲でやられてたかもしれない。


「イニア……イニアは私のものなんでしょ……? 私のなんだから、傷ついちゃやだ……ね……?」


 か細い、不安そうな声で命令というより懇願に近い声だった。そんないじらしい声を聞いて、私が抵抗できるわけもなく、こくこくとと頷く。


「ほんとだよ……? 私ももっとイニアを守れるように頑張るから……死んじゃ嫌だからね……? 一緒にいてくれるんでしょ……?」


 泣きそうになってるメドリを、少し身体を起こして抱きしめる。怪我の痛みが身体を伝うけれど、メドリの暖かさで気にならない。


「うん……ずっと一緒にいるよ……約束」

「約束だからね……? 絶対だよ?」

「うん。一緒にいるよ」


 メドリは小さく嗚咽を吐きながら、泣き出してしまう。そんなメドリを抱きしめて頭を撫でる。メドリも私を抱きしめてくれる。

 新たな約束が、同じ約束が、私達を絡めて縛る。

 けれど……メドリが危険な目に合うぐらいなら、私が傷ついたほうがいい。大切なメドリが傷つくなら……大切なメドリを守れるなら、私なんてどうなってもいいんだから。

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