第47話 さけびを

 最奥領域は魔物気配がない。

 ただ木々が生茂り、日光を遮り、地面を暗く染める。

 最奥領域よりもう少し浅い場所も魔物の気配が大概少なかったけれど、ここはもう完全にない。風もなく、静かで不気味。


「魔力濃度……高い」


 測定機を片手にメドリが呟く。

 測定機の数値は調査を始めてから、最高の数値を記録している。もう少しで危険域に入りそう。


「あんまり長居はしないほうがよさそうだね」


 この森自体が街とかに比べれば高い方だけれど、この数値は、ちょっと高すぎる。体内の魔力バランスが崩れかねない。


「いそごっか」


 少し足を早める。

 ほんとはもっと慎重に行ったほうがいいのかもだけど……魔物気配は少しも感じ取れないし。


「そういえば、結局あんまり強い魔物がいなかったよね」

「うん……せいぜいベボアぐらいだよね」


 もちろんベボアも強力な魔物だけど、あれより強い魔物なんてたくさんいる。そういう魔物達がいない。それでも他の場所に比べるといる方だけど。


 大襲撃以来、魔物の数は減って、今もまだ少ないまま。弱い魔物は少しずつ増えてきたとはいえ、生物駆除系の仕事はもうほとんど廃業状態だとか。

 全体的にそんな状態だから、ここはまだ魔物が多い方だと思う。それでもベボア以上の魔物の姿はない。いや、危険な魔物には会いたくないから、別にいいけど……それはそれで不気味というか。


「それに……なんかここ変」


 メドリが形にならない違和感を言葉にする。


「魔物の他にも?」

「うん」


 立ち止まって、辺りを見渡す。

 けれど私にはよくわからない……ちょっと木々の間隔が遠いような気もするぐらい?


「……私にはわかんないや」

「うん……私も。でも何かおかしいような気がして……」


 怪訝な顔をしながら、周囲を観察してもわからない。けれど、メドリが違和感があるというのだから、きっと何か変だとは思う。


「あっ……わかった」


 数十秒考えた後に、メドリが突然言う。閃いたみたい。


「規則的なんだよ。この木達。例えば、ほら……この方向に木が見えないでしょ?」


 メドリが指差した方向を見れば、そこには空間だけが広がっていた。遠くまで見れば、木がないわけじゃないけど、遠すぎる。その辺だと最奥領域より外だろうし。


「これは……変だね」

「うん……なんでだろね」

「わかんない……わっ……!」


 その時、地面が揺れる。

 あれだけ静かだった森は地面が動く轟音と、揺れ動く木の喧騒に包まれる。


「なに……!?」

「逃げよ……!」


 なにが起きてるかわからない。

 なにが起きてるかわからない時は、とりあえず逃げて距離を取る。それが鉄則。


「……ゃん! …………ちゃん!」


 けど、その時聞こえてしまった。

 最奥からの声を。不安と恐怖、悲しみに飲まれそうな叫びを。


「イニア……!」


 メドリが私の手を引く。

 メドリも声が聞こえたようで、その目が悩みに包まれていた。

 一瞬、思案する。

 私達の安全を考えるなら、こんな風に悩んでる時間も惜しい。今すぐにメドリを抱えて、2人で逃げる。それしかない。けれど……さっきの声は。


「ごめん、メドリ」


 メドリを抱えて走り出す。

 森の外側へではなく、最奥へ。

 叫びの聞こえた場所へと。


「ごめん……でも、私助けたい」


 あの叫びの主はきっと子供。それに誰かの名を呼んでいた。どういう状況かはわからないけれど……助けたいって思った。

 けど、メドリはそうじゃないかもしれない。


「ほんとに嫌なら振り払って逃げてもいいから」


 ちょっと自嘲気味に笑う。もしそうなったら、魔力多動症がひどくなって、なにもできなくなるというのに。


「ううん。私も助けたいから……イニアと一緒に行くよ。抱っこされてるけどね」

「ありがと……」


 身体強化魔法を強めて、速度を上げる。

 まだ迷いは少しある。メドリを危険に晒すことになるし、メドリを1番に考えてないから。けれど……助けたいって思った。


「あそこ……?」


 最奥に近づくにつれて、体感でも分かるくらい大気中の魔力濃度が高くなってるのがわかる。次第に何かが見えてくる。それは木の幹でできた壁のようで、そこが最奥と伝えてる。


「どうしよ……」

「……無理やり突破する!」


 入り口があるのかは知らない。

 けれど、さっきの叫びは急を要してたと思う。ちょっと無理をするしかない。


 身体強化魔法の段階をさらに上げる。

 深く地を蹴り、そのままの勢いで木の幹の壁を蹴る。

 壁が砂埃と爆音と共に破壊され、私達は中に入る。


「こほっ……メドリ、大丈夫?」

「うん……イニア、あそこ!」


 すぐ主砂埃が晴れる。

 最奥は空が吹き抜けになっていて、明かりが入ってくる。これまでの薄暗い場所に慣れていた目が少し眩む。中心の巨木がそれを少し遮る。

 そこには少女が2人がいた。片方は身体が赤く染まって、倒れてる。もう片方はその子を守るように覆い被さっている。

 きっとあれがさっきの叫びの主。


「でも……」


 辺りを見渡しても、その2人以外には誰もいない。

 てっきり最奥の魔物に襲われてるのかと思ったのに。影も形も無い。けれど少女の片方は怪我をしてるし……どういうこと?


「誰……? じゃなくて……逃げて!」


 知らない声……や、さっき聞いた声。

 やっぱりあの子がさっきの叫びの出所。

 その声は悲痛なもので聞いてられない。


「危ない!」


 少女が叫ぶ。

 けれどその警告をされても、咄嗟に動けなかった。魔力濃度が高すぎて、周囲の動きが掴みにくい。

 そしてそれに気づいた時にはもう遅かった。気配を感じて、振り向けば、右後ろに木を荒削りして槍にしたようなものが出現していて、高速で飛来していた。

 けれどそれが私たちに当たる事はなかった。


「っはぁ……! 逃げ……て……!」


 少女がこちらに手を向けていた。

 木の槍が消える。

 あの子が私達を助けてくれた。

 けれど、魔力切れが近いのかすごく辛そう。


「ありがと! でも、助けるから!」


 少女達に感謝と決意を伝える。

 いきなり現れる木の槍の正体、それはここが魔法領域内だから。さっき、分かりにくかったけれど、中心の巨木で魔力の動きを感じた。


「あれを……倒す」

「うん」


 逃げるという選択肢を少し考えて振り払う。私達だけならともかく、少女達を抱えながら、周囲の木の壁を突破するのは難しい。

 この木の壁が、今いる魔法領域の外縁だと思う。さっき入る時に破壊した場所も、いつの間にか修復されている。


 けど……倒すって、どうすれば。


「イニア……あの丸い部分あるでしょ、あそこに発散機を当てて。多分それで」

「わかった」


 悩んでる私にメドリが知識を授けてくれる。

 原理は知らないけれど、幹の頂点、枝が増え始めるところにある、枝と木の葉で守られた丸い部分を攻撃すればいいみたい。


 草一つない地を蹴る。

 視界の端々で、木の槍が生成されそうになるが、電撃がそれを妨害し、魔法発動を阻害してくれる。動く魔力の量が増える。


 体内の魔力が触れ合う。

 これは取り決め。魔力の触れ方によって、簡単な情報交換ができるようにしてる。今回なら、失敗。

 木の槍が3本くる。残りはメドリが消してくれた。

 3本くらいなら何の問題もない。

 身体を少し動かして回避する。


 巨木が苛立つように、枝を揺らす。

 地面が割れ、木の根が現れる。

 根は高速で鞭のように動いて、私を押しつぶそうとしてくる。身体強化魔法ありでも、受けたら動けなくなりそうな攻撃。そんなのがたくさん迫る。


「……ふ」


 少しを息を吐く。

 体内で蠢いてる魔力を魔導剣に流し込む。魔導剣が青白く光って、起動する。この魔導剣の特徴は、軽さと丈夫さ。元々丈夫だけど、魔力を流すことでさらに丈夫で軽くなり、魔力混じりの物への切れ味が上がる。


 それを片手で振るい、迫りくる木の根を叩き切る。

 軽くすることで、片手でこの根の速度にもついていけてる。

 赤。


「っへぐ……!」


 一瞬視界が赤に染まった。

 腹に衝撃が走る。

 身体が急激に後方に加速する。

 地面に手を伸ばし、無理やり身体を止めようとするけれど、失敗して地面に激突する。


「イニア!」

「っ……いた……」


 痛い。けど、まだ動ける。

 何かが当たった。なに?


 まだ痛む身体を抑えながら前を見る。

 そこには大量の花びらが高速で宙を舞っていた。

 ……どうしよう。

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