第46話 こわさを
「えっと……」
「……」
視線が刺さる。
困惑、恐怖、不安、覚悟、敵意、警戒、そして期待。
それらが入り混じった二つの視線が刺さる。
「メドリ……どうしよっか……?」
「……ほっとけないよね……訳ありみたいだし……」
メドリと目を合わせて、頭を悩ませる。
もう一度、彼女たちを見る。
森の最奥。今回の調査の最後の場所。
そこで拾った2人の少女を見る。
ことの経緯は、数刻前に遡る。
「今日で最後になるのかな……どうだろ?」
「うーん……最奥って言っても、多分そんなに広くないだろうし、それにきっと強い魔物が少しいるだけだからね。だからすぐ終わるんじゃないかな」
森の最奥のように、自然が隠した場所は大概、一帯の中で最も強い魔物が根城にしている。洞窟の奥だとか、滝の裏だとか、そういう封じられた場所は、魔力が発散せず溜まりやすくて、強力な魔物ほどそういう場所を好むかららしい。
「強い魔物……大丈夫かな」
私の隣で草原を歩くメドリが少し不安そうに呟く。
「大丈夫だよ。無理に倒さなくてもいいんだし、それに私達なら、負けないよ。これまでもそうだったんだから」
私も不安じゃないといえば嘘になる。
けれど、メドリがいるなら……うん。きっと大丈夫って思える。今も体内の魔力に集中すれば、メドリの綺麗な暖かい魔力を感じる。
「そう……だよね。うん、すぐ終わらせて帰ろっか」
「うん」
メドリが指を絡めてくる。
私もそれに応えるように、指を絡ませる。
お互いを離さないように。
草原を抜け、森の中に入っていく。
まだ木々の密度は薄く、日光もしっかり入ってきて明るい。ここら辺はそこまで強い魔物もいない。たまに見かけた魔物や、魔力濃度を記録しながら、少しずつ森の奥へと進んでいく。
少し木々の密度が上がる。もう日光は半分ぐらいしか入ってこなくて、昼だというのに薄暗い。魔物も強く、好戦的なものが増えてきて、戦いは避けられない。
「がぁああぁ!」
二本足で立ち、巨大な怪力の腕を持つけむくじゃらの魔物、ベボアが威嚇するかのように、唸り声を上げる。
それに呼応するように、身体強化魔法を起動する。メドリが私の術式に干渉しているのがわかる。
メドリと手を離す。少し寒気が背筋を走るけれど、体内の魔力に集中すれば、メドリの魔力が私を包んでくれている。
「いくよ」
「……うん」
メドリの返事を聞くと同時に、地を蹴り、ベボアに肉薄する。勢いと共に魔導剣で斬りかかる。
本当はこんな重いものじゃなくて、魔力発散機が良かったけれど、ベボアの魔力率は高くない。だから発散機だとそこまで効果がない。なら、魔導剣の質量で叩き斬る。
「ぐぅう……!」
身体を真っ二つにするつもりで振り下ろした剣をベボアはその大きな爪で受け止める。
片手なのに思ったより力が強い……押し負けたりはしないけど。けど、右手がくるから、その前に。
「ん!」
身体強化魔法を強め、無理矢理剣を振り切る。
ベボアの爪が割れ、左腕から出血が始まる。それと同時に迫りくる右手をしゃがむことで回避し、再度剣を振る。
「ぐがぁっ!」
けれど、その剣がベボアに当たる前に、ベボアの中の魔力が動き、魔法となって周囲に現れる。
ぴきぴきという音とともに、周囲の草木が凍る。
これがベボアの魔法領域。
周囲に冷気を張り巡らせて、入ったものを凍らせ、動きを鈍らせ、爪でトドメを刺す。
咄嗟に地を蹴り効果範囲外に出たから助かったけれど、あのままいれば、今頃私は爪で八つ裂きにされていた。
「ぐぅぷ……!」
ベボアが少し笑ったかのように顔を歪ませる。
多分勝ちを確信してるんだと思う。
ベボアの領域は強力で、ここら辺だと対抗できる魔物はいない。領域を突破できなければ、ベボアに触れることすらできない。だけど、こちらにも領域はある。
空間が光る。割れるような轟音が鳴り響き、周囲を照らし、ぱちぱちという音が、電撃の余韻を語りながら消えていく。
「ぐぃぁ……ぁ……!」
メドリの電撃をもろに食らったベボアは苦しそうに呻く。右肩が焼け焦げている。あの様子だともう動けない。よしんば動けたとしても、ここはもうメドリの領域。魔導機の電撃発生領域内に入っている。
こうなれば電撃を対処できない限り、相手に勝ち目はない。
「あぁああ!!」
けれどベボアに諦めるという文字はない。
魔物だって生きてる。死にたくない。だから、最後まで諦めない。ベボアの領域が狭まり、肉体に鎧のように氷を纏う。電撃が氷を破壊しようと迫るが、割れた先から氷は治っていく。
でも。
「ぁ……」
そんな状態では早く動くことなんてできない。
至近距離で私の振るった魔導剣が氷ごとベボアの肉体を切断する。血液が濁流のように溢れ出る。
肉を切断する感触はまだ慣れない。ちょっと気持ち悪い。それも生きているものだし……
「ふぅ……」
「はぁ……!」
確実に死んでいることを確認して、身体強化魔法を切る。
深い息を吐くメドリの元へと帰って、手を繋ぐ。
やっぱり直接握ってる方が暖かくて好き。
「怖かった……!」
「大きかったしね……ちょっと休憩してからいこ」
魔導機を介して、メドリの魔力を探る。
メドリの魔力は、6割まで減っている。ちょっと休憩したぐらいで全部回復するわけじゃないけど、しないよりはまし。それに戦闘の後は、緊張から精神を激しく損傷してる。
その緊張で張り詰めた精神だと、余裕がなくなりやすい。余裕がなくなれば、小さなミスが増えて、それが致命的なことに繋がりかねない。
ベボアの死体に測定器具をかざして、情報を取得する。本当は生きてる時の方がいいんだけど、その余裕はない。
魔導機が情報を解析し終わるまで、近くの木々にもたれかかる。ベボアの死体から出る血の匂いがちょっときつい。
「なんとかなってよかった……」
メドリに肩を借りて、身体を休める。
けれど警戒も少しする。ベボアの近くに別の魔物がいる可能性は低いけれど、万が一がある。その万が一でメドリが傷付いたらと思うと、警戒は切れない。
「まだ、怖い……よね」
「うん……余裕があるのはわかってるんだけど」
実際危険度から見れば、ベボアは私達ならほぼ問題なく対処できるレベルだし、実際その通りだった。けれど、メドリの手は少し震えている。目には恐怖の残滓が浮かんでいる。
「イニアは怖くないの……? あんなに近くで戦ってて……」
「うーん、とね……そりゃ怖いよ」
怖くないわけがない。
身体だって私より全然大きいし、爪だって鋭くて当たったら痛そうだし、それに魔法も使うなんて恐怖以外の何者でもない。
「けど……私は……もう慣れちゃったかな。昔は倒さないと、明日すら怪しかったかし……」
両親がいつのまにか消えて、お金もいつからか置いていってくれなくなって、残されたものは少なくて、そんな私が生活するためにはお金が必要だった。
誰かに頼るってことは思いつかなかった。価値のない私に与えられるものなんてないって思ってたから。
「……そっか」
「でも、今は……メドリといたいから。一緒に暮してたいから……守りたいから、怖いけど、戦えるよ」
「うん……私も……そう思えたらよかったんだけど……私、怖いのが止まらなくて……」
メドリから吐き出される音は少し震えている。
私より自分が大切で、私と違うことを気にしてるのかもしれない。そんなの当然なのに。それでいいのに。
「いいんだよ。メドリはメドリでいいんだから……ね?」
「ぅん……! うん……!」
メドリの目の防壁が決壊して、涙がこぼれ落ちる。
けれど、声からは安心が感じ取れて、私の心が通じた気がして、嬉しくなって、ほっとする。
優しく、背中をさすって、頭を撫でる。
いつものように。
しばらくしたら、メドリは泣き止んで、また歩き出す。そして、何回かの戦闘を終えて、森の最奥領域へと私達は足を踏み入れた。
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