第45話 しはいが
この街に来てから、2ヶ月経った。
メドリは最初にパニックになってしまった時から、少しずつ慣れてきて、今ではもうほとんどそうなることはない。綺麗な魔力操作による、正確な電撃で私を助けてくれる。
それでもたまに頭が真っ白になるようで、最初ほどのことは起きないけれど、加減をしくじったり、魔法の範囲を間違えることはある。
その度にメドリは謝まってくれる。必死に。嫌いにならないでって言う。それに毎回、大丈夫、好きだよと返す。それで肥大した不安感は多少薄れたのか、うん……と言う。
もう決まりのような流れだけれど、毎回メドリの目は震えて、怯えて、恐怖に包まれている。いつか私がその不安を全部、安心に変えたい。
メドリには笑ってて欲しい。
安心して、喜んで、楽しんで、幸せでいて欲しい。
その場所が私の隣なら、1番嬉しい。
……いや、もう……きっと私の隣じゃないと嫌。私に笑いかけて欲しい。私を選んで、私を見て、笑って欲しい。私の隣で幸せになって欲しい。
「ね。もうちょっとだね」
寝床の上で、メドリにもたれかかって考え事をしていると、メドリが動いて、私の腹の上で寝転がる。ちょっと苦しいけど、甘えてくるメドリはかわいくて、甘やかしたくなって頭を撫でる。
「うん。あとは森の最奥部だけだね」
仕事である魔物の調査も大分進んできて、残りは森の巨木に囲われた最奥だけになっていた。
魔物調査は組織から貰った測定器具で、魔力濃度や、魔物の痕跡、生息情報を入力していくだけ。時間は少しかかるけれど、簡単な作業。
この魔物調査の情報がなぜ必要なのかは知らない。
パドレアさん達は教えてくれなかったし、私達も深く聞こうとは思わなかった。でも、きっとこの前の魔物の大襲撃と何かしら関係があるのかなとは思ってる。
実際今までの調査結果も少し歪な気がする。
私がよく生物駆除者の時代に倒してたぐらいの魔物がいない。それなりに強いけれど、特別強いわけじゃないぐらいの魔物がいない。調査対象の森ぐらいの大きさなら、2〜3体はそれぐらいの魔物がいるはずなのに。
その結果の原因が何かはわからない。
元々そう言う生態系かもしれないし、この前の大襲撃のせいかもしれない。もしかしたら、私達の調査方法が間違ってるのかも。
……最後のは多分ないと思うけど。
「んんー……こっち見て……?」
「ん? 見てるよ……」
メドリが甘えた声を出す。
その声が私の耳から入って、私の思考をとろけるように溶かしていく。けれど、そこに少しの不満があることを私は聞き逃さなかった。
「どうしたの?」
「……うそ。見てなかった。考え事してた」
メドリの問い詰めるような視線が私を刺す。
そう言われると、少し弱い。
メドリの方を見てなかったわけじゃないけれど、考え事をしてたのは事実だし。そういう意味では見てなかったのかもしれない。
「その、ごめんね? でも見てなかったわけじゃなくて」
「……何考えてたの?」
私の身体の上をぺたぺたと触りながら登ってきて、メドリの顔が近くなる。……ほんとに問い詰められてる。
メドリが私のこと知りたがってる。私のことを管理しようとしてくれてる。
全身に痺れに似た何かが走る。
「んっとね……どうしよっかな……」
「教えてくれないの……?」
メドリが私のことを知りたがってるのがかわいくて、少しからかうように、言葉を区切る。
するとメドリはあからさまに狼狽える。メドリの目に不安が浮かび出す。
次に慌てるのは私の番だった。
不安を無くせるように、口を開こうとする。
「ううん! 教え、わ、ぅ……!」
教える。そう言おうとした私の言葉は形にはならず、口の中で止まってしまう。
視界が上を向いてる。腕を掴まれてる。
メドリの重さを感じて、押し倒されたことを理解する。
少し視線を下げれば、メドリが私を見つめている。
その目には不安と恐怖と、少しの期待が見えた。
「……イニアは私のこと好きなんでしょ?」
「え、う、うん。大好きだよ」
「……私のものって言ってくれたよね?」
確認するようなメドリの言葉にただこくこくと頷く。
拘束されてる。私、今メドリに……支配されてる。
「じゃあ隠さないでよ……隠しちゃ、やだ……」
「ご、ごめんね。でも、隠したんじゃ無くて、ちょっとからかっただけでね? メドリが可愛くてつい。ごめんね」
メドリが悲しんでるのがわかって、必死に本心を吐露する。
「大したことじゃないんだけど、魔物の調査について考えてて……ちょっと変かなーって考えてただけ……なんだけど」
「なんだ……そんなこと……」
焦って、まくしたてるようにさっきまでの思考を吐き出す。
それを聞いたメドリは、あからさまにほっとしたように息を吐く。その暖かい息の流れが、顔にかかってこそばゆい。
「で、でも、隠し事は……だめ。イニアは私のものなんだから……そうだよね?」
「う、うん……そう……だね。ごめんね」
ううぅ……こう言われると、ちょっと罪悪感がある。
私のちょっとした欲望で、メドリを不安にさせてしまったなら、もうやめておこうかな……
「ううん。もう、いいの。その代わり……罰」
「ばつ……? っひゃ……!」
いきなり罰なんて言い出したメドリが、何をする気かと思ったら、いきなり私の首を啄む。首を舐められる。同時にメドリの魔力が私の魔力に触れる。
魔導機を介した魔力干渉じゃなくて、直接触れられる。私の流れる不安定な魔力を、メドリの魔力が絞るように、ぎゅってしてくれる。
「めど……っぁ……だ、ぁめ……」
首を支配される感覚は、次第に私の心をおかしくしていく。快感が私の身体を伝播して、手足は自分のものじゃないかのようにぴくぴくと動く。
全身に温もりと痺れが走って、感覚が鋭くなっていく。けれど心はどんどん暖かくなる。メドリの温もりが、私を包んで離さないから。
「だ……め、おか、しくっ……な、ぁ……!」
温もりで、理性が溶け始める。
またおかしくなる。おかしくなったら、何を言うかわからない。また私の醜い心が溢れ出てしまう。メドリなら……受け入れてくれるかもだけど。
けど、また傷つけてしまうかもしれないし、怖い。きっと……きっとメドリなら受け入れてくれる。けど、大切で、好きで、大好きなメドリを傷つけたくない。
「やっ……だ……ぇ……ぁ……」
必死に抵抗しようとしても、腕を掴まれて、脚を絡まされてる私にできることなんてない。……ううん。きっと最初から抵抗なんてできなかった。しようとしてなかった。
メドリの力は私に比べれば、全然強くない。それにメドリは優しく私の腕を掴んでくれてる。だから、少し力を込めるだめで、引き剥がせる。
つまりこの拘束は、ただの形式上のものでしかない。
けれど……でも……その拘束が私の力を奪っていく。メドリに支配されてる快楽が私の抵抗力を消していく。
「……ぁ…………ぁあ……」
もう声も出なかった。
快感が全身を循環し続けて、力が抜けていく。
よだれがだらしなく口の端から垂れて、メドリの綺麗な紫髪にかかる。
そんなふうになってもメドリは首から口を離してくれない。唾液で私の首を染めていく。軽く歯を立てて、甘噛みをする。
もう私は何も思考できなくなっていた。メドリに求められて、支配されて、選んでくれて、見てくれて、その全てが思考を侵していく。
思考が全て飲み込まれて、全身が快楽に支配されてる。
「……め……どり」
メドリがようやく首から離れる。
その時私から溢れた音は、驚くほど、か細くて、小さくて、弱々しい。
もう腕は掴まれてなかったし、脚を自由になっていたけれど、私は動かなかった。ううん。動けなかった。
「め……ど、り……めど……り……」
弱い思考の中でメドリを呼ぶ。
メドリにもっと求めて欲しい。メドリにもっと支配されたい。もっと私を見て欲しい。もっと……もっとぐちゃぐちゃにしてほしい。
「うん……私が支配してあげる……私の……私だけのイニア……」
私の言葉にならない願望がメドリに届いたのか、メドリが私にまた近づいてくる。
私はされるがまま、長い夜を過ごしていく。
メドリに支配され、求められてる快感に酔いながら。
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