第44話 ふあんが

「ごめん……ごめんね……」

「大丈夫だから……ね? メドリは大丈夫? 怪我はない?」


 黒こげになった草原の一角でメドリを抱きしめて、頭を撫でる。メドリの顔はくしゃくしゃで、さっきよりは落ち着いたとはいえ、まだ目元には涙がたまってる。


「うっ……うん……大丈夫……」

「ならよかった」

「で、でも……! わたっ……私……!」

「いいんだよ……メドリが無事なら」


 メドリが無事なら、私の手が焼け焦げたぐらいでどうでもいいこと。あの時の、メドリに何かあったかもしれないって思った時の、心に走った激痛に比べれば、あんな痛み、痛みにすら入らない。


「ごめんね……! ごめんなさい……!」

「大丈夫……大丈夫だよ……」


 きっと私に大怪我を負わせたことが、罪悪感になってメドリの心の中を荒らしてるんだと思う。いくら私がいいよって言っても、メドリは気にしてしまう。


 メドリが私のこと考えてくれるのは嬉しいけれど、罪悪感のせいで私を見るたび苦しむのは嫌。私を見るときは、笑ってたり、楽しんでたり、欲しているメドリがいい。


「気にしてないから……大丈夫だから……あれぐらいなんともないよ……ちょっと痛かったけど……それもメドリがくれたものなら嬉しい」

「ほんとに……?」

「うん。メドリがくれるものならなんでも嬉しい。だから……だからね?」


 腕の中のメドリを見つめる。

 抱きしめて、撫でて、私の気持ちを伝える。


「こんなことで嫌いにならないから。大好きだから」

「ほんとに……? 私……私、イニアを殺しそうで……!」

「でも死んでないよ。メドリは私を殺したかったの?」


 もしメドリが本気でそう願うならそれでもいい。

 私はメドリのものだから。心も身体もメドリのものだから。


「そんなことない! イニアが死んじゃやだ……いなくならないで……!」

「じゃあ、私は死なないよ。メドリが望むなら死なないもの。メドリのものなんだから」


 メドリの願いならなんでも叶えたくなる。

 メドリが私を見て、好きでいてくれる限り、なんだってやる。どんなことだって。メドリのためなら。

 だから、私は大丈夫。メドリがいなくならないって願ってくれるなら、それを叶えるのが私の目標……ううん。絶対成し遂げることになる。


「ほんとに……? ほんとに嫌いになってない?」

「うん。大好きだよ」

「私……イニアを傷つけて……力になりたかったのに、足手纏いで……! き、嫌いに……なっても……し、しかたな……い……か、ら」


 次第に声が小さくなる。

 声が震えていて、泣き出しそうで。

 そんなメドリをもっと強く抱きしめる。

 前にメドリに言ったことを繰り返す。


「どんなメドリでもいいよ。どんなメドリでも好きだよ。だから、大丈夫だよ」

「うん……! ありがと……私も、私も好き……!」


 メドリも私を抱きしめてくれる。

 メドリの暖かさを感じる。

 しばらくそうしていた。抱き合って、気持ちを確かめて、メドリの不安が消えるまで。


 どれぐらいそうしていたかわからない。

 メドリの目が腫れて、真っ赤になって、少し落ち着いたぐらい。きっとそれほど長い時間じゃなかったと思う。魔物は来なかったし、電撃の余波で燃えてる炎が消えないぐらいの時間。


 けれど、それでも、メドリに安心して欲しくて、私の心を、メドリが好きで好きで仕方ない心を伝え続ける。抱きしめて、頭を撫でて。


 メドリが好きだから。

 メドリもそうしてくれたから。

 私が苦しい時は、抱きしめて、頭を撫でて、大丈夫って言ってくれたから。あの温もりを、今度は私が共有する。


「私……ね」


 唐突にメドリが話し出す。

 か細くて、震えてる声。だけど、たしかに私に聞こえる声。


「魔物が来た時……怖くて……殺されるって思ったら、怖くて怖くて仕方なくて……頭が真っ白になって……」

「うん。怖いよね」


 メドリの言葉に頷く。

 きっと、朝から感じてた違和感はこれだと思う。

 メドリは魔物と戦いに行くのは初めて。最初は誰だって怖い。目の前に自分を殺そうとする生物がいる。メドリはその恐怖が、人一倍強かったんだと思う。


「身体が動かなくて……怖くて……気付いたら、魔力を全部使って魔導機を使ってて……それで……イニアが……!」

「大丈夫。私はここにいるから。好きだから」


 また泣きそうになるメドリの頭を撫でる。

 抱きしめて、手を握る。


「っはぁ……ありがと……それで……それでね」


 メドリは大きく息を吐く。

 すごく辛そうで、苦しそうで止めようかとも思ったけれど、メドリが必死に伝えようとしてくれるのを感じて、何も言えなくなった。

 メドリが私に吐き出すことで、楽になれるならいくらでも吐き出してくれればいい。それに、そんなふうにメドリのことを教えてくれるのが嬉しい。


「イニアが怪我してて……私のせいって気付いて……回復しようと思ったんだけど、もう魔力がなくて……怖くて……死んじゃうって思って……怖かったの」

「大丈夫……大丈夫だよ」

「うん……でも……でも、でも」


 言葉が切れる。

 メドリの口が開いて閉じる。

 私は言葉になるのを待っていた。


「私……イニアを傷つけて……足手纏いで……力になりたかったのに……何もできなくて……!」

「それでもいいよ。メドリがいてくれたらいいよ」

「うん……うん。ありがと……でも怖いの」


 メドリが私を見つめる。

 不安に閉ざされて、震えた視線が私の目の中に入ってくる。


「嫌われるのが怖くて……ねぇ……イニアは私のこと嫌いじゃないよね……? 私もう、イニアがいないと……生きていけないよ……!」

「嫌いじゃないよ。大好き。好きで、好きで……私もメドリがいないと生きていけない。だから、だからね。大丈夫だよ。嫌いになったりしないから。好きでい続けるから」

「イニアっ……!」

「ぁ……んっ……」


 メドリが私にキスをする。

 優しい、けれど確実に私を固定するキス。

 離したくない、嫌いにならないで、好きでいて。

 そんな気持ちがメドリの視線から伝わってくる。

 ……そんなに必死にならなくても、私はもうメドリから離れられないのに。メドリのものなのに。


「イニ、ア……っイニア……」


 重なる唇の隙間から、必死に私の名を呼ぶメドリが可愛くて、好きで仕方なくて、紫髪を撫でる。


 ……メドリも私を求めてくれてる。

 私がメドリを求めて止まないように、メドリも私を。

 メドリの中で私が大きな存在になってくれてるのがわかる。


「……好き……好き……好きだよ……私……これからも、迷惑かけちゃったり……傷つけちゃうからにしれないけど……嫌いにならないで……好きでいて? ずっと好きでいてよ……イニア……好きだよ……好きだから、好きでいて……?」


 息ができるようになると、メドリが一息で私を見つめて、熱に浮かされたように、私に懇願する。

 きっとまだ不安なんだと思う。メドリは不安になりやすいから……私がいくら好きって言っても、それを完全に信じるのは難しいのかもしれない。


 私としては信じて欲しいところだけれど……別に信じきれなくてもいい。メドリが不安になるたびに、また好きって言えばいいから。


「うん……好きでいるよ」

「ありがと……私も好き……」


 またキスをされる。

 メドリの求める心に私はされるがまま。

 私はメドリのものだから。

 この優しいキスが私の心を暖かくする。

 たまらなく心地良くて、満たしてくれて、メドリをもっと好きになって、嬉しくなって。心を通わせて、幸せが心を埋め尽くしていく。

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