第43話 おかしな

 翌日。

 私達が起きたのは昼頃だった。

 普段はもう少し早く起きるけれど、完全に寝過ごしてしまった。その原因は明らかで、昨日の夜、宿に来てから空が白けるまでメドリが支配してくれたこと。


 暗い部屋の中で、メドリが私を見てくれた。

 私だけを見て、私を支配してくれた。

 その感覚を思い出して、心から嬉しくなる。


「準備できたー?」

「……うん。多分大丈夫」

「じゃあ……いこっか」 


 遅めの昼ごはんを食べてから、メドリと手を繋いで外に出る。装備はリュック一つで全部運べるぐらいで、あまり多くない。


 目的地は近くの森。

 街道を歩いて、途中で道なき道に入るルート。森の中で迷わないように、移動情報を魔導機で記録する。とりあえず今日は行って、帰ってくるまでが目標。

 そこまで危険はない……はず。

 けれど。


「メドリ……大丈夫?」


 隣を歩くメドリに声をかける。

 まだ街道だけれど、メドリはどこかおかしい。

 宿を出た時……ううん、準備してる時から。


「え? う、うん! 大丈夫だよ?」

「そう……? でも……」


 どこか変……いつもと違う気がする。

 緊張してるのかな……? それとも何か違う気もする……


「……休も。まだ街道だし」

「もう? まだ全然……もしかして、私のこと? なら大丈夫だよ?」


 メドリは軽くおどけたように言う。

 けれど、私は見てられなかった。


「私が休憩したいの……だめかな?」


 言ってて、ちょっとずるいかもしれないと思う。

 優しいメドリはこう言えば、一緒に休憩してくれる。


「……わかった。まぁ、焦っても仕方ないしね」


 案の定承諾してくれた。

 それにほっとしながら、街道からそう離れてない草原に座り込む。けれど、どうすれば良いか分からない。


「メドリ……その」


 なんて言えば良いのかな……

 確実に何かがおかしい。おかしいのに、どこがおかしいのか分からない。

 体調? 足取り? 顔色? 口数? 

 全部な気もするし、どれも違う気もする。


「大丈夫? 体調悪いの?」


 メドリは何かを言いそうで言わない私を心配してくれる。その優しさは嬉しかったけれど、今はそうじゃない。

 メドリ自身のこと。メドリのことが知りたい。


「私じゃなくて……メドリは……? 本当に大丈夫なの? 何かあるなら言ってよ……」


 身体を近づけて、甘えるように懇願する。

 私に言って、変わることなのかは分からない。けれど、言って欲しいと思う。


「大丈夫だけど……そんなに変かな……?」

「気付いてないの……?」


 絶対おかしい。

 おかしい……おかしいのは私?

 わからない。けれど、何かがおかしい。


「……もしかして、不安になっちゃった?」

「そう……なのかな……」


 そう言われれば、そんな気もする。

 メドリを守るって心はいつだってあるけれど、同時に守れなかったらどうしようって思いがある。メドリを失うのが怖くて、怖くて仕方がない。


「大丈夫だよ。2人なら」

「……うん。そう……だよね」


 メドリが私を抱きしめて、撫でてくれる。

 それは暖かくて、心地いい。けれど。

 けれど、どこか腑に落ちない。


 結局その違和感が形になったのは、それから街道を外れ、目的地の森へと向かう草原の途中のことだった。

 

 魔物がいた。

 1匹のボスを持つ群れで生活し、獲物を見つければ数の暴力で狩殺すような魔物。ボスを除けばメドリでも倒せて、ボスも私なら倒せる。

 つまり私達なら苦戦しない魔物。

 でも、その時違和感が形になった。


 魔物達が魔導機の有効距離に充分入ったと同時に、先頭を走るボスに向かって、一直線に向かう。そのままの勢いで、ボスを一撃で絶命させる。


 そこまでは作戦通りだった。そして作戦ではメドリが魔導機の広範囲攻撃で残りの弱い魔物を殲滅してるはず。

 けれどまだ残りの魔物も生きている。


「メドリ!」


 頭が真っ白になる。

 いろんな想像が頭の中を巡っては、途中で霞のように消えていく。嫌な苦しいイメージだけが思考を伝播する。


 がむしゃらに足を回そうとすると同時に、空間に電撃が走る。メドリの魔法ということに気づく。

 電撃の音が割れるように鳴り響き、魔物達が吹き飛び、視界は空を見ていた。


 空……? なんで空……?

 思考がうまく回らない。衝撃が走ったような気がする。

 身体の感覚がない。どうしたのかな……


「あっ……! ぁああ……! イニアっ……!」


 メドリの音がする。メドリの声がする。

 魔物は全部倒せたのかな? メドリは大丈夫だよね……?

 それよりさっきの衝撃は? なんだったの? ボスを倒し損ねたとか? いや、あんなみるも無残な姿になってまで生きてるわけない……じゃあなに?

 思考が疑問で回転する。


「ごめっ……イニア……ち、違うの……! なんで……? 私……そんなつもりじゃ……」

「め……どり……なにが……?」


 状況がわからない。

 視界がうまく情報として思考まで届いてない。

 思考が衝撃から立ち直り始めた時、メドリが泣いてることに気づいた。あたりの草原は黒こげになってる。ところどころの膨らみが、魔物がいたことを主張してる。


 魔物は全部倒せたことにほっとしながら、わたしを抱き抱えて泣いてるメドリを慰めたくて、頭を撫でようとして気づく。


「うで……?」


 右腕が上がらない。力を入れても、動く気配がない。

 不審に思って、右腕を見る。そこには黒い何かがあって。

 それが右腕の成れの果てと気づくのに少し時間がかかった。


 そう認識した途端、右肩付近に激痛が走る。

 全身のかなり痛い。火傷のような鋭い痛みが感覚を蝕む。

 不思議と右腕はほとんど痛くない。感覚がないからかな。


「回復……! でも……! どうしよう……イニアが死んじゃうっ……」

「めどり……落ち着いて……? 大丈夫だから……」


 少しづつわかってきた。

 理由はわからないけれど、メドリが魔導機をかなり全力で使ったみたい。その結果、魔導機の範囲内全域に電撃が走って、魔物は全部倒せたけど、私にも当たっちゃったんだと思う。


「イニア……! ごめんねっ……ごめんね……どうしたら……!」

「魔導機……貸して?」

「う、うん……!」


 メドリが手に持っていた回復魔導機をまだマシな左手の上に置いてくれる。体内で暴れ回る魔力を押さえつけて、無理やり魔導機を起動する。


 手の感覚はないけれど、魔力は流れてくれるはず。

 その予想通り、魔導機は正常に起動して、私の体を治してゆく。

 けれど思ったより大怪我だったみたいで、私の魔力はどんどん減っていく。完全に右手の感覚が戻ってくる頃には私の魔力はもう2割を切っていた。


「うん……もう大丈夫」


 右手を閉じたり、開いたりして、動いてることを確認する。

 まだ少し電撃の跡が残ってるけど、これ以上の魔力消費はまずいかもしれないし……帰ったら治せばいいかな。

 それより。


「メドリ……泣かないで? 大丈夫だから」


 私の胸の中で泣いているメドリの頭を撫でる。

 けれど、大粒の涙は止まることを知らない。


「ごめっ……ごめんね……!」

「いいよ。大丈夫だよ」

「ううん……わた……私が……! ごめん……ごめんなさい……!」

「もう……私はメドリのものなんだから傷つけてもいいって言ったでしょ……? 大丈夫……大丈夫だから」


 大丈夫と泣きじゃくるメドリに囁いて、その紫髪を撫でる。泣き止むまで。落ち着くまで。私はずっとそうしていた。

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