第42話 からまり

「終点、アミカ、アミカです」


 放送機が魔車が目的地に着くことを教えてくれる。

 それを聞いて、メドリが席を立つ。私の手を握って。


「忘れ物ないよね?」

「うん……ないと思う。少し濡れちゃったけど……」


 言ってから、顔が熱くなる。

 この濡れた原因がなんなのかを思い出して。

 私を支配してくれたことを思い出して。


「もう……でもこれぐらいならきっと許してくれるよ。じゃあ……いこっか」


 私と同じように顔を赤くしたメドリが私の手を引っ張って、開いた扉から駅に出る。


「けど……私達の座席が個室でよかったね。おかげでイニアにたくさん気持ちを伝えれたし」

「う、うん……嬉しい」


 私はまだ少し意識が朦朧としたまま、メドリの隣を歩こうと少しペースを上げる。意識が弱いのは、長く激しいキスのせい……? それとも、ほんとは夢……?


 でも隣のメドリから感じる体温は、手の感触は確実にあって、ここが現実だって教えてくれる。暖かくて、柔らかくて、いくら甘えても受け入れてくれるメドリは夢じゃない。


 私の……自分でも気付いてなかった面倒くさい、醜い、汚い願望をメドリが受け入れてくれた。受け入れて、叶えてくれた。

 私を支配してくれた。

 私はメドリに奉仕するように、指を舐めて、耳を舐めて、キスをした。メドリに気持ち良くなって欲しくて。メドリが私を求めてくれてるのが心地良くて。


 しかもメドリは、まるで自分のものと言うかのように、私にマーキングするように、首を舐めてくれたり、耳を舐めてくれたり、激しいキスをしてくれたり、してくれた。


 メドリが私を選んでくれた。

 メドリが私を見つめてくれた。

 それがたまらなく快感だった。さらに、メドリも気持ち良くなってくれてるのがわかって、快感が何倍にも膨れ上がるのがわかった。

 まだ全身を貫いた快楽の余韻が少し残ってる。


 そのせいで少し濡らしてしまったけれど……一線をはっきりと超えなかっただけ耐えた方だと思う。

 個室とはいえ、流石に家の外でやってしまうのはどうかと思うし。それに……もしそうなったら、少し濡れるぐらいじゃ済まなかっただろうし。


「わぁ……こんな場所なんだね……アミカって」

「なんか……思ったより雰囲気あるね……」


 アミカは今の人類の最前線に1番近い街。

 未踏派領域へと向かう探索者達が多く集うらしい。

 1番近いと言っても100キロ以上はあるらしく、アミカ自体はかなり安全が確保された街で、いきなり強力な魔物に襲われるなんてことはない。


 雰囲気があると思わず呟いたのは、危険な職業である探索者達が集まる街特有の空気感なのかな……それとも遠くからでも感じる大きな魔力のせい?


 そんなことを考えていると、メドリが私の方を見て怪訝な顔をする。どうしたのかなと、私も不思議そうに見つめる。


「……嫉妬しないの? 私、今街を見てるよ?」

「え!? で、でも……こんなことで……」


 嫉妬していないかといえば嘘になる。

 けれど、やっぱりいちいち言ったら、鬱陶しいだろうし……それで嫌われるのはなによりも嫌だし……


「嫉妬してくれないの? さっきはあんなにしてくれたのに」


 顔が赤くなるのがわかる。

 メドリがからかうように、唇に手を当ててそんなことを言うから。


「さっきは……だって……ずっと、あんなじゃ……面倒でしょ……? それに私もメドリと同じ景色見たい……」


 魔車の中での私は少し……いやかなり暴走していた。

 メドリが少し外を見ていただけで、あんなに感情を揺れ動かされて……押し倒して……あんな恥ずかしいことを……!


「全然面倒じゃないけど……じゃあ、嫉妬してくれないんだ。私がどこか向いててもいいの?」

「そ、そんなことないよ! 私だけ見ててほしいけど……一緒の思い出も作りたくて……」


 言っててわからなくなってくる。

 どっちの私を優先すればいいのかな。

 メドリに答えを求めてみれば、メドリはくすくすと笑っていてた。


「……いじわる」


 もう気付いた。

 メドリはやっぱり私をからかってた。

 ちょっと、ほっぺが膨らむ。


「むぅ……」

「ごめんね? デートだもんね……思い出作りしよっか」


 少し申し訳なさそうに謝まりながら、私のほっぺを押し込むメドリは可愛くて、なんかもうどうでも良くなりそうになってしまう。


「うん……でも、もうからかわないで?」

「えー……だって、慌ててるイニア可愛いんだもの」


 可愛いと言われて、顔が熱くなって、意識が沸騰しそうになるけれど、それを振り払う。


「だ、だめだよ! 許してあげないよ?」

「これで許して?」


 メドリが私の首にキスをする。

 首筋に沿って、吸うように動く。

 メドリが所有権を主張するように、少し歯を立てる。


「んぁ……!」


 痛い……ちょっと痛いはずなのに、私の思考は快楽に染まっていた。メドリが私を傷つけてくれてる。メドリが私を見てくれてる。


「っは……許して?」

「…………うん」


 こうなれば私はもうメドリの要望に逆らえない。

 メドリに支配されてる私は、メドリに仕えたくて、要望を叶えたくて、捧げたいから、逆らうことなんて考えない。


 ぞくぞくする。

 メドリが私を支配してる。

 私を見て、求めてくれてる。

 それがもう、ひどく快感で仕方がない。


「ありがと……けど、思い出だってイニアだけだよ? イニアと一緒の景色だから綺麗で、美しくて、思い出にしたくなるんだから」

「……うん」


 メドリがにっこりと笑う。

 私に、私だけに向けられた笑顔。

 それを見れば、私も自然と笑っていた。


「私も……私もメドリとの思い出だもん。メドリがいないとだめだもん」

「ふふ……知ってるよ? 思い出沢山作ろうね」

「うん!」


 メドリが通信魔導機を操作して、周辺の地図を調べる。


「じゃあ、えっと……まずは泊まるとこだね。荷物置きたいし」

「そうだね……調査は明日からでいいよね?」


 私もメドリと一緒に魔導機を覗き込みながら、確認するように問う。メドリが軽く頷く。


「パドレアさん達は別に焦らなくてもいいとは言ってたけど、早めに越したことはないだろうし、明日からがんばろっか」

「そうだね……でも、慎重にね?」


 パドレアさん達に言われた調査対象地点は、未踏派領域の方じゃなくて、魔車で来た道を少し遡った近くの森がある場所。

 未踏派領域に比べれば、全然大丈夫かもしれないけれど、それでも、きっと魔物ぐらいなら出ると思う。だから油断や焦りは怖い。そういうのが、足を掬われる要因になるから。


「大丈夫だよ。イニアが守ってくれるから……私もイニアを守るからね」

「うん……そうだね。ありがと」


 そうやってメドリが励ましてくれるだけで、私の心は安らぐ。メドリの言葉が、私の心に染みて、溶けていく。


「当然だよ。好きなんだから」

「私も……私も好き」


 感情が昂っている。

 目を閉じて、キスをねだるように、顔を近づける。

 けれどメドリはそれを指で優しく止めてしまう。

 拒絶されたのかと、恐る恐る目を開ける。


「……宿に着いたら、ね?」


 そう言ったメドリの顔は赤みがかっていた。

 それに、静かに、けれど確かに首を縦に振る。


「……こっちみたいだよ」


 メドリが指差した方向へと、少し早歩きで歩き出す。メドリの手をとって、少し引っ張る形になる。

 ところどころでメドリが、そこは右とか左とか言ってくれて迷わずに宿に着く。


 私の早歩きはいつのまにか小走りぐらいになっていた。

 けれど、メドリも何も言わない。

 きっと……同じだから。

 求める心が強くなって、我慢できなくて、少しでも早くお互いを感じたいから。


 指を絡ませる。

 同時にメドリも絡ませてきて、目を合わせて少し笑い合う。

 そうやって絡ませた指は当分離れそうではなかった。

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