第49話 もとめる

 少女達が目を覚ましたのは、巨木を倒してから数十分後のことだった。

 メドリによれば私を助けてくれた子は魔力切れだけで、外傷はなく、何もしなくても時期に回復しそうだったけれど、もう片方の子はかなりの重症だったらしい。

 その子と私とで回復魔導機の使い先を悩んで、私を後まわしにしたみたい。そうしないとその子が死んでしまいそうだったから。


 私もそれでよかったと思う。これで助けれなかったら、何のためにここまで来たのかって話だし。でも……ちょっと妬けちゃったの内緒。やっぱりそういう理論とか抜きにすると、メドリには私を……私だけを見てほしい。


「えっと……」

「…………」


 先に目を覚ましたのは、外傷が酷かった方の子だった。メドリが回復魔導機をしっかりかけたおかげで、ぱっと見大丈夫そう。服は血塗れだけど。

 髪は血に染まったように赤黒く、病人のような服を着てる。明らかにこんな場所にいる服装じゃない。


「その……私はイニア。この子はメドリ。今は森から出て帰るところ……みたいな感じなんだけど……」


 赤黒い髪の少女は私におぶられていたけれど、目が覚めた途端身をよじらせて、離れていった。その時に同時に私を助けてくれた薄い水髪の少女も魔法か何かで動かして距離を取った。そして、その子を守るように警戒した目で私たちと相対している。


 何か……あったのかな。いや、何かないとこんなところにいないか……でも話してくれないの何もわからないし……話せない……とか?


「私達は怪しいものじゃないよー……って言っても信じてもらえないかもだけど……」


 メドリも人見知りを抑えて、必死に話しかけているけれど、赤黒い子の答えは沈黙。どうしよう。


「えっと、じゃあ……何も聞かないし、私達は出来る限り、言う通りにする。だから……とりあえず街まで来てくれないかな?」


 メドリがそんな提案をする。

 まずはこの子達からの信頼を得れるように。これからこの子達がどうしたいのかはせめてわからないと、どうしようもない。


「…………イチ」


 小さな声が溢れる。

 それは私でもメドリでもない声。


「名前」


 赤黒い髪の少女が私達を警戒した目で見つめながらそう言った。いち……1? イチちゃんね。


「…………ナナには触れないで。私が運ぶから」


 ナナってのは、後ろの薄い水髪の子のことかな。けど、運ぶって……それなりに重たいと思うけど……

 そんな心配を無駄だったみたいで、イチちゃんはナナちゃんを軽そうにおぶった。……なんか違和感があるけど……


「イチちゃん、力持ちだね」

「…………早く行って」


 メドリが話しかけるも、冷たく返される。名前を教えてもらって少しは、心を開いてくれたかと思ったけど、そういうわけではないみたい。

 でも……そんなものだよね。これからどうなるかはわからないけれど、出来る限り助けてあげたい。そんなふうに思うのは、イチちゃんがナナちゃんを見る視線のせいかな……本当に大切な人を見る目をしていた。


 よくメドリの目に映る目。私がメドリを見る時と同じ目をしていた気がする。だから……共感しているのかも。


 私達は少しずつ休憩を挟みつつ、草原を抜け、街道に入る。その間、イチちゃんは何も話さなかった。ナナちゃんを抱えてて、しんどいはずなのにその素振りも見せない。ところどころ石を拾ったりもしていた。

 よっぽど力持ちなのか、それとも感情が表に出ないのか……どちらものような気もする。


「もう少しだからね」


 私はイチちゃんに話しかけるも、頷きもせずただ少し離れた場所から見つめるだけ。あんまり警戒は解けてないみたい。


「街に着いたよ……その、親とかがいるなら、一緒に探すけど……」


 イチちゃんは首を横に振る。

 やっぱりいない……よね。明らかに何か訳ありだもの。あんまり詮索はしないほうがいいのかな。


「じゃあ、とりあえず私達と宿にくる?」


 次は悩むように私達を見つめていたが、首を縦に振ってくれた。少しは信頼してくれたのかな……?


 宿までの道を歩く。私達の数歩後ろをぴったりと着いてきてくれる。

 ここは人類の最前線で危険なことをする人が多いから、私みたいに火傷だらけでも当然のように受け入れられる。けれど、血塗れの少女が、少女をおぶってる光景は珍しかったようで、少し視線を集めた。


 宿についても、イチちゃんはナナちゃんを離そうとはしなかった。


「そこ使っていいからね。疲れたでしょ?」


 メドリが柔らかな大きい椅子を指す。

 イチちゃんは私達から目線を離さないようにしつつ移動して、ナナちゃんを横にした。


「イニアも、そこ座って? 火傷治すから」

「あ、うん……ありがと」


 メドリの言う通りに、寝床の上にぺたんと座る。

 メドリは近くの鞄を漁って、予備の魔力貯蔵機を取り出す。それと回復魔導機に接続して、魔力変換が始まる。


「……痛くない?」

「ちょっと痛いけど、大丈夫。それにメドリがつけてくれたから」


 あの巨木に傷つけられた場所はもう治してくれたし、あとは大体メドリからもらった傷。もちろん火傷はそれなりに痛いけれど、メドリからもらったものだと思うと痛みより嬉しさが優ってしまう。


「治すよ?」


 魔力変換が終わり、回復魔導機が光と駆動音と共に起動する。火傷の痛みが少しずつ引いていく。


「どう?」

「うん……大丈夫そう」

「よかった……ごめんね、加減が下手くそで……」


 メドリは申し訳なさそうに謝る。

 私は首を横に振って、それを否定する。


「メドリのせいじゃないよ。むしろ私の魔力であれだけ正確に魔法が使えるなんてすごいよ……大丈夫、ね?」


 いろんな意味を込めて大丈夫と言う。今までいろんな大丈夫って言ってきた。嫌いにならない。好きでいる。離れない。一緒にいる。大丈夫。

 そんな思いを込めて頭を優しく撫でる。


「うん……ありがと……」


 メドリは安心したように、頬を緩ませる。

 やっぱり笑っているメドリはすごく可愛い。惚れ直しそう……キス、したい……けど……


「………………」


 イチちゃんがこっちを警戒する様に凝視してるのがわかる。たまに人前のことを忘れてキスしちゃうことはあるけど、あんなに強い視線は流石に気になる。


「あ、そうだ……お風呂とか入る?」


 メドリがイチちゃんに問いかける。

 けれど、イチちゃんは首を横に振る。

 きっと、ナナちゃんと離れるのが怖いんだと思う。あんなに大切そうにしてるもの。


「そっか……じゃあ私達が先に入ろっか」

「え……あ、うん」


 たしかに身体についた血とか洗い流したいし……それにお風呂ならメドリにキスしてもいい……よね。


「ふぁ……今日は疲れたね」


 お風呂に入ってメドリが気の抜けた声を出す。私はなんだかメドリが気になって、あんまりリラックスできない。

 メドリとお風呂に入るのは慣れてきたけど、たまに意識してしまう。好きな人の肢体がそこにあるのに、意識しないのも無理な話のような気もするけれど。


「イニア……?」

「う、うん。なに?」


 小さな湯船の中でメドリが私に身体を寄せる。

 2人はいるとかなりギリギリなのに、こうなるとメドリの身体がくっついて、直接体温を感じる。恥ずかしいような、嬉しいような、暖かいような、心地いいような。

 感覚が敏感になってる気がする。


「顔……真っ赤だよ。かわいい……」

「めどっ……ぁ……ん……ぅ」


 メドリが私の首筋を指で撫でる。

 それだけで私の力は抜けて、情けない声が出てしまう。

 メドリのものになってる感覚が私の全身に刺激を与える。身体が自分のものじゃなみたいに、ぴくぴくと震える。


「イニア……ほんとに傷ついちゃだめだから、ね。今日みたいなことはもう……やだ」

「……うん。私も……私もメドリを失うのが怖くてっ……! ね……もっと、メドリもっと」


 私が弱かったから、メドリを危険に晒してしまった。何かが違えば、メドリは傷ついていたかもしれない。その不安がメドリを求める心を強くさせていることを、薄くなりそうな理性が告げる。


「欲しがりさん……今日は……ううん。今日もたくさん支配してあげる……」

「ぅ……んっぁ、あぅぁ……ん」


 メドリを必死に求める。メドリを抱きしめて、メドリを感じてたい。

 それに答えるように、メドリがキスをしてくれる。

 幸せが私の心を満たしていくのがわかる。


「好き……大好き」


 どちらの声かわからない好きがお風呂に反響する。

 きっと……どっちも。私達はお互いを求めて離さない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る