第40話 みつめて

 初任務。初仕事と言ってもいいのかも。

 今までも仕事判定でお金は貰っていたけれど、学んでただけで何も貢献はしてこなかったし。

 初任務の地はそれなりに離れた街の近辺になるらしい。

 そのために魔車に揺られ、目的地に向かう。


「ちょっと緊張するね……」

「うん……でもきっと大丈夫だよね。メドリいるし」


 とりあえず忘れ物とかはないはずだし、言われた通りにやればいいはず。それにもしやり方を忘れても、通話で聞けばいいし……きっと大丈夫。


「あと3時間ぐらい……どうしよっか」

「なんでもいいよ? メドリといれたら」


 3時間なんてすぐだと思う。

 メドリと魔車に揺られて、一緒にいて、手を繋いで、触れ合って、見つめ合えれば、どんな時間を一瞬に思える。たった一瞬しかないから、その瞬間を味わいたい。


「なんか、久しぶりな気がする。街から出るの」

「そうだね……魔車の復旧も時間かかってたしね」

「線路も結構破壊されてたんだっけ」


 魔物の大襲撃の被害の名残はまだそれなりに残ってる。

 復興はかなり進んだとはいえ、まだ人通りは少ないし、瓦礫や、ひび割れた地面を見かける。


 大襲撃の時魔物は、線路も壊して行った。

 なんで線路? と思わないでもないけれど、魔物の考えてることなんて、わからないし、そういうものだと思ってる。


「直ってよかったね」

「うん……そのおかげで、メドリと出掛けられてるんだもの」


 メドリの手を少し強く握る。

 ここに一緒にいれることが嬉しくて。

 ふとした時にメドリと一緒にいるって確かめて、実感して、嬉しくなる。メドリが私と一緒にいることが嬉しい。


「もう……遊びに行くんじゃないんだよ?」

「でも……こんなふうにデートすることないんだもの」


 今まで私達は休日どこかに行かなかったわけじゃないけれど、遠出したことはなかった。どこかに行かなくても、メドリはそこにいたから。

 お家デートといえばそうなのかもしれないし……私はそれがすごい幸せだったけれど、こんな風に一緒に遠くに旅行もしてみたかった。


「でで、デート……!?」

「だって好きな人と一緒にどこかに行くんだし……デートじゃないの?」


 メドリの顔が赤くなる。

 この顔も……よく見るようになった。真っ赤にして、恥ずかしそうにしてるメドリ。けれど、毎回違う顔に見える。新鮮で、可愛くて、飽きない。


「そうかも……うぅ……それならもっといろいろしてきたらよかった……」

「いろいろって?」

「おしゃれとか……もっと……計画も立てて……」


 メドリは少し俯いて、嬉しいことを言ってくれる。

 私との時間のためにいろいろやりたいってことを言ってくれるから。


「じゃあ、今度はそうしてよ。また……いけるでしょ?」


 俯いたメドリの顔を覗き込む。

 私の質問に首を強く縦に振ってくれる。

 ずっと一緒にいるなら、またいつでもいける。

 

「今度は仕事じゃなくて……普通に旅行にいこ……?」

「うん。一緒に考えようね」

「うん! 約束だよ?」

「わかった。約束ね」

 

 また約束が増えてしまった。

 メドリとのたくさんの約束。

 なんの拘束力もないただの口約束。

 けれど、私にとっては絶対の約束。

 それが増えるのは、凄く嬉しい。


「んんぅ……」


 嬉しくて、甘えたくなって、メドリにもたれかかる。

 突然のことでも、メドリは嫌がらずに受け入れてくれる。

 それがたまらなく嬉しくなって、頭を擦り付ける。


「……どうしたの?」


 メドリが頭を撫でながら、静かに問いかける。

 心地よくて、暖かくて……


「甘えたくて……やだった?」

「ううん。甘えてくれて嬉しい」


 その言葉にさらに安心して、強く頭を擦り付ける。

 個室でよかった。

 メドリとの時間を深く感じれるから。


「もう……くすぐったいよ?」

「んぅうー……良い匂い……」


 メドリの紫髪に頭を埋めて、匂いを嗅ぐ。

 優しい、暖かい匂いがする。


「同じもの使ってるでしょ?」

「でも……私よりずっと良い匂いする」


 なんでかな……好きだからかな。

 やっぱりメドリの匂い好き。

 メドリならなんでも好き。


「甘えん坊さん」

「ぅん……」


 目を閉じて、優しく私の頭を撫でてくれる手を強く感じる。

 静かな穏やかな心地いい時間が流れる。

 私のくすんだ青髪を撫でてくれる。


「イニア……見て? いい景色だよ」


 メドリに身体を預けながら、薄らと目を開ければ、そこには湖が光を反射して、輝いていた。たしかに綺麗だけれど、それより私はメドリに視線が吸い寄せられた。


 メドリの私には向けない視線。そりゃ景色に向ける視線と、私に向けられる視線が違うなんて、当たり前だけれど……その憧れるような視線を見た時、私の中には変な感情が溢れ出そうだった。


「あっ、大きな鳥……綺麗……!」


 視界の端で真っ白の鳥が翼を広げて、飛び立つのが見える。

 けれど、それは私の思考まで届かない。

 私以外を見るメドリに私の視線は釘付けで、他のものが視界に入ってるように感じれない。


「わっ……イニア?」


 気付いたら、メドリの手首を掴んで、押し倒して、メドリに覆いかぶさる。無理やり私に視線を向けるために。

 いつのまにか私の思考は醜い独占欲に塗れていた。


「イニア……? ちょっと痛いよ?」

「あっ……ぅ、ご、ごめ……メドリ……その」


 痛そうに顔を歪めてるメドリを見て、少し冷静な思考が戻ってくる。急いで手首を掴む力を弱める。

 けれどまだ独占欲は思考の中に溢れていて、どうすればいいか分からなくなってしまう。


 メドリが私との時間を大切にしてくれることだってわかってるし、さっきだって私との思い出を……同じ景色を共有したくて、言っていたことぐらいわかってる。


 でも……でも、嫌だった。

 メドリが……私以外を見ているのは。


「……どうしたの? まだ甘えたりない?」


 メドリが少し心配するように、私の頭を撫でてくれる。

 メドリが私を見てくれてる、その事実が私の心を満たす。

 それと同時に自分の気持ちが……独占欲がずっとずっと強くなってることに気づいた。


「ち、違うの……その……でも」


 でも言えない。

 メドリを独占したいだなんて言えない。

 ずっと私を、私だけを見ていて欲しいなんて言えない。


 いつもなら言えてたかもしれない。

 けれど、さっき強く手首を掴んでしまったことが脳裏で再生される。メドリを傷つけてしまった。そのことが私に躊躇いを生む。


「大丈夫……大丈夫だから。言ってみて?」

「めどっ……でも……」

「イニアのこと知りたいから……嫌いにならないから……そんな不安そうな顔しなくても大丈夫だよ」


 優しく撫でてくれる。

 それがさらに私の心の防壁を緩める。

 メドリを傷つけた、醜い、汚い感情が溢れ出そうになる。

 それは止めようとしても、止まること知らなくて。


「私……私、やだ」


 気づけば脆い障壁はメドリに溶かされて、漏れ出ていた。

 一度敗れた壁は、さらに簡単に感情を溢れ出して。


「やだ。やだやだ。やだよ……メドリが別のところ見てるのやだ。私だけを見てよ……私、私を見て欲しくて……だから……だから、私以外に視線を向けないで?

 私以外にあんな風な視線を向けないで? 私を見てよ……好き……好きなんでしょ? 私のこと。私も好き。好きだよ……だから……私以外見なくていいよね?

 私はメドリだけ見れたらいいよ。ねぇ……メドリは違うの? 私のこと好きなんじゃないの? 好きって言ってくれたよね? なら……私だけ見ててよ……私にだけ笑いかけてよ……やだよ……メドリが私じゃないところを見てるの……やだ……ねぇ……メドリ……メドリはどうなの? メドリっ……めど、めどり……めどりめどり……ねぇ……っ、ぁめ、ぅぃり、ねぇ……」


 最後の方はもう言葉にはなってなかった。

 ただ泣きじゃくって、メドリの名を呼んでただけ。


 自分でも思う。

 面倒くさいって。

 最初は一緒にいるだけでよかったのに、いつのまにか私以外に想いが向いてたら酷く嫉妬するようになってしまった。思考の冷静な部分が私に警告する。

 嫌われる。メドリに嫌われるって。


「独占欲強いね」

「だって……だってだって……で、でも、嫌だった? 嫌いになった? そ、それなら、直すよ……もうこんなこと思わないから……」

「ううん。嬉しい。嬉しいよ」

「え?」


 けれど、メドリは嫌うどころから私を抱きしめてくれた。


「嫌いになるわけないでしょ? イニアがそんなに私のこと求めてくれて嬉しいよ。言ったことあるよね? 私はイニアのものなんだから……イニアが見てほしいっていうなら、見てあげる。ずっと見てあげるよ」

「い、いいの? で、でもメドリを傷つけちゃう……」

「大丈夫だから。イニアに傷つけられるなら別にいいよ? それぐらいで私の好きな思いが変わると思う? そんなに私の思いは弱そう?」


 強く首を振る。横に強く振る。

 青髪がそれに合わせて揺れる。


「ならよかった。イニアがさっき私のこと好きって言ってくれたよね。だからなんでもしてあげるよ。なんでもいいから……なんでも言って?」

「うん……うん……! あり、ありがと……好き……好きだよ……メドリ……好き」

「私も好きだよ……だからね。大丈夫」

「うん……!」


 泣きじゃくる私をメドリが撫でてくれる。

 優しく包み込んでくれる。

 私を見てくれてる。私を。私だけを。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る