第18話 ながれて
魔物が街を占拠し、突然姿を消してからもう1ヶ月が経った。街もだいぶ直ってきて、もうほとんど生活に不便はない。たまに、まだ回収されてない家の残骸とかを見ると、本当にあったんだなって感じる。
通信魔導機が使えるようになったのは、魔力線復旧と同時期ぐらいで、それによって何が起きたのかが、大まかにわかった。
まず、ほとんどの街が魔物に攻められていた。突然、本当に突然現れた魔物の集団は、街に侵攻した。多くの被害が出た。人口の3割が死んでしまったと言われてる。まだ正確な統計は出てない。
けれど、私達の街にでた巨大な魔物。他のところにも巨大な魔物はいるにはいたけれど、私達のところにいたものに比べれば、まだ常識的な大きさの魔物ばかりだった。
魔物は出現から、16時間後に姿を消した。
出現した時と同じように、どこかに雲隠れするものもいれば、私達の街に向かう魔物達もいた。彼らは、巨大な魔物のもとに集まり、まるで巨大な魔物に先導されるかのように姿を消した。
その性質から、私達の街に出た巨大な魔物は、魔物の王と呼ばれている。魔物を操り、従える能力があるのではないか、と研究者の中では言われてるらしい。
わかってることはそれぐらいで、まだまだ謎は多い。
魔物は何のために現れたのか。
人に危害を加えるためだというなら、どうしてすぐに魔物は引いていったのか。
魔物はどこにいったのか。
またくるのか。
何もわかってない。
わかってないから、妄想に似た噂が飛び交う。
これは我々の知らない新しい人類の警告であるとか、魔物達は怯えていただけとか、魔物を操っていた魔物の王も操られていたとか。
根も葉もないようなものばかり。
噂だけが1人歩きしてる感がある。
「けど……起きないね……」
今、私はこれまで通り家で住んでいる。
特に何もない家だけど、メドリがいてくれる。
メドリの素というのかな……そういうものが見えてきた。私といて少しは安心してくれてるって思っていいのかな。
その一つに起きるのが遅い。
今までも特別早い方じゃなかったけど、遅くなった。
私も朝に強い方じゃないけれど、毎回私がメドリより早く起きる。それで毎日、メドリの顔を眺めながら、何かに思考を巡らせるのが日課になっている。
先に起きてもいいのかもしれないけれど、最近はメドリと一緒じゃないと何もできない、何もしたくない。だから、こうして布団の中でメドリの手を握って、顔を眺めながらメドリが起きるのを待つ。
それに、この時間もメドリを眺めていると苦じゃない。メドリの綺麗な顔を眺める。たまに紫髪が揺れたりするのが面白い。
「んっ……イニア……」
「おはよ」
「うん……おはよ……ふわぁ……」
少しするとメドリが起床する。
欠伸をして、まだ眠そう。目も半分も空いてない。
眠そうなメドリを見るのも、先に起きてることのメリット。
「イニア……ぱく……れろ……」
「メ、メドリ? 朝から食べるの……!?」
今日のメドリが一段と寝ぼけてるのか、身を乗り出して、私の耳を舐め始めてしまう。体重がかかる。
メドリが私を掴んで離さない。すごい力で、動けない。もちろん身体強化魔法を使えば、抜け出せるだろうけど……
そんなことはしたくない。だから、されるがままに任せて、耳を舐める音を聞く。じゅるじゅるという音が、唾液が私の耳を侵していくのがわかる。
「……いつでも、いいんでしょ……?」
「そうだけど……」
たしかにメドリならいつでも、どんなことをしても嫌いにはならない。けど、朝からするのは羞恥心がすごい。恥ずかしい。
でも……メドリが気持ちよさそうだからいいかな……
じゅぱじゅぱ……れろ……ぐちょ……
耳がすごい。朝から耳の中まで唾液まみれになってるのがわかる。直接頭の中に、メドリが私の耳を舐めている音が入ってくる感じがする。
無言で耳を舐めているメドリを見ながら、笑みが漏れる。
こんな風にメドリが幸せそうにしてる時が1番幸せを感じる。心地いい。心が暖かくなっていく。
「ん……」
「も、もういいの?」
耳がメドリの口から出てくる。
唾液まみれで少し冷える。
……正直もう少しして欲しかった。
「んぁ……んぅ……」
「ありゃ……?」
メドリの目が閉じていく。
眠いのかな?
結局、一頻り耳を舐めたメドリは二度寝してしまって、次起きた時には、私の耳を朝から唾液まみれにしたことなど忘れていた。
朝起きて私の耳が、びちょびちょなことに気付いたメドリは、察したのか急激に顔が赤くなる。かわいい。
それをみていると、なんだかされっぱなしというのも、もったいないかなと思う。
でも朝から指とか耳を舐めるのは、ちょっと恥ずかしい。寝ぼけたふりでもできたよかったんだけど。
あとで反撃してみよう。
私がそう密かに決意を固めているうちに、メドリは完全に目を覚ましたようで、私の手を取り立ち上がる。
こんな時でも手を繋ぐ。
家の中でも手を繋いで、移動する。
なんだか、手を離すのが怖い。料理とかで、食事とかで仕方なく手を離すこともあるけれど、それもすごく怖い。
メドリと手を離ししていると、魔力がざわめく。不快感を感じるほどじゃないけど、不安な気持ちになる。だから怖い。だからずっと手を繋ぐ。
顔を洗って、水を飲んで、朝ごはんを食べる。
ご飯を食べる時は、メドリから目を離してしまうから、あんまり好きじゃない。ずっと、メドリを見ていたい。
「そういえば……最近魔物の話聞かないね……この前の大襲撃じゃなくて」
「そうなんだよね。仕事なくていいような……少し困るような」
この前の大襲撃、魔物の王が率いた魔物が突然現れ、消えて以来、周辺の魔物も消えてしまった。遠くにはいるらしいけど、ここら周辺にはもういない。
そのおかげで街と街の行き来が楽になって、復興が早くできたけど、私の仕事は無くなってしまった。情報掲示板にも何も書いてない。
幸い貯金はまだあるけれど、仕事がないのはまずい……かもしれない。新しい仕事を探す……?
けど、メドリと一緒がいいし……どうしよう。
「でも……私はイニアが仕事行かないの……正直嬉しいよ……?」
「え……どうして?」
思わず聞き返して、食事の手を止めメドリの方を見る。
メドリの頬がほんのりと赤く染まる。
「い、一緒にいてくれるから……!」
メドリが恥ずかしさからで俯く。
私も少し恥ずかしい。けど、それより嬉しい。
……なんか、今日のメドリは朝から積極的だね。
「それに……やっぱり危険でしょ? 怖いもの……」
「うん……そうだね。それに、私もう1人じゃ動けないし……これを機に引退しようかな」
「え……でも……! 私のためなら、そんなの……!」
「ううん。私がそうしたいの。メドリと一緒にいたいから」
そう。多分、私はもうメドリがいないと動けない。
メドリがいなくなるとすぐに、魔力による不快感が全身を巡って、私を蝕む。そうなると、気持ち悪いし、頭は割れそうだし、うるさくて何も感じれない。
いつからかそういう風になっていた。
どこに行く時も、メドリが近くにいないと動けない。
トイレと扉の外。そこが最大距離。それ以上、存在が遠くなるともうダメになる。
そのかわり、鎮静剤はもう打ってない。
なんだか効き目が弱いし、それにメドリといれば魔力が動いてても、ほとんど気にならないから。
「えっと……それは……私としては嬉しいけど……無職?」
「え……た、たしかに」
仕事……探そう。
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