第12話 かんじる

 紫の花と一緒にいる。

 紫の花以外ない場所にいる。

 紫が地面を作り、空気を作り、景色を作り、空間を作っている。


 紫だらけのここにいると……なんだか安心する。

 紫とずっといたい。


 けれど、突然紫がなくなり始める。

 あたりの景色が崩れ始める。

 暗闇が現れて、紫の花が消えていく。


 怖い。

 助けて。

 置いていかないで。


 そんな思いが沢山現れる。

 すると暗闇の中にメドリを見つける。


「メドリ!」


 思わず笑みが溢れる。

 メドリ……!


「え……?」


 手を掴もうとした。

 けど、手はなにもない場所を握ったような感触しかない。

 掴めない。メドリに触れられない。


「ど、どうして!?メドリ!?」


 気付いたらメドリはいなくなっていた。


 メドリ……!

 置いていかないで!


 メドリはどこにもいない。


 寂しい。

 怖い。

 一緒にいないと……いないと私……


「メドリ!」


 ……目を開けるとそこは家だった。

 なんだか……すごく怖い夢を見ていたような……


「イニア……!」

「わっ……!どうしたの?」


 まだ寝ぼけて周りが把握できてない私にメドリが飛びついてくる。抱きしめてくる。


「イニアが……倒れて……!わたしっ……!」

「ごめん……心配かけたね……」


 メドリが泣き出してしまう。

 私の胸の中にいるメドリの頭を撫でる。

 優しく撫でる。


 指先から、手の中から、メドリのことを感じる。

 それが心地いい。

 安心する。

 メドリがいてくれる。


「ありがとう……いきなり倒れたけど大丈夫なんだよね?」

「うん……」


 目が覚めてきて、少し思い出してきた。

 たしか街に戻ってきて……広場で……倒れたのかな。

 そこから思い出せないし……


「無理しないでね?今は魔力線が断線してるから、大したものはないけど……」

「うん……」


 でもメドリがいてくれる。

 メドリが……メドリだけがいてくれたらいい。

 抱きしめてくれたらそれで……


「それであとは……家族のことなんだけど……行方不明なんだって……」

「そっか……メドリこそ大丈夫?」


 行方不明……

 メドリと両親は特別仲が良いって、印象はないけど、いきなりいなくなって、何も思わないほど仲が悪いわけじゃないかった。


 私も会ったことがある。

 もうだいぶ前だけど、お菓子をくれた。

 生きてて欲しい。


「大丈夫……イニアがいてくれるから……そうでしょ?」

「うん。いつでもいるよ……」


 手を握る。

 メドリの体温が掌を通じて、感じ取れる。

 暖かい……体温が交差して、触れ合ってる感じがする。


「じゃあ、探しにいくの?」

「ううん。今日はやめておこうかな。イニアは休憩した方がいいと思うし」


 メドリが身体を近くに寄せる。


「……甘やかしてくれるの?」

「ふふ……そうだよ?ほら、おいで?」


 メドリが手を広げる。

 その胸の中に身体を預ける。


 メドリが頭を撫でてくれる。

 心地いい。

 暖かい。


「メドリ……!そこ……!」


 メドリが私の耳を触る。

 私の青髪がかきわけられて、耳の端をメドリの指が伝う。


「だめ……?」

「いいけど……なんで……?

「可愛い耳してるから」


 そうかな……?メドリとそんなに変わらないと思うけど……

 かきわけられた髪が、メドリの手と重なってるのがわかる。

 もう片方の手が私の耳を撫でる。


「んっ……!」


 耳を触られるのは、頭を撫でられるとはまた違う。

 普段触らない場所をメドリの手が、舐め回すように触れる。

 気持ちいい。


「気に入った?」

「……うん」

「じゃあ……」


 耳の入り口の周りにメドリの手が触れる。

 くすぐったい。


「ぅん……」


 思わず少し声が漏れる。

 メドリの手が私の耳を撫でる。

 耳の中に入りそうで入らない。そんな箇所を撫でる。


「ぁ……!そこ……!」


 耳の窪みをくすぐられる。

 なんだか変な感じがして、声を出す。

 

「やめようか……?」

「あ……!違うの……!」


 指が遠ざかる。

 けど、そうじゃない。変な感じがしたけど嫌な感じじゃない。むしろ……


「その……気持ちいい……から……」


 恥ずかしい。

 全身が熱い。


「こう……?」

「んっ……!あぅ……」


 やっぱり声が出ちゃう。

 指が動いてるのがわかる。


「どう?」

「うん……もっと……」

「なら……もう少し……」  




「飲み物とってくるよ」

「……んぅ……うん……」


 耳がすごく赤くなってるのがわかる。

 恥ずかしくて、赤くなってる。


 身体が熱い。

 暖かい。


 なんか……すごくよかった。

 気持ちよかった。

 またやって欲しい……


 けど、私ばっかりじゃ……

 今度、私もメドリにやってみよう。


「メドリ……」


 メドリがいなくなると、途端に魔力がうるさくなる。

 メドリの隣にいたい。メドリと一緒にいたい。

 全身に不快感が走る。

 うるさい……!


「……ぁ……!」


 魔力が……いつより数倍ひどい。

 まだ起きたばかりなのに、寝る前ぐらい気持ち悪い。


 うるさい。

 不快感がひどい。

 吐きそう。


「メドリ……」


 叫んだつもりだったのに、口から出たのはか細い声。

 全身に力が入らない。

 視界が揺れて、焦点が合わない。


 魔力のうるささが頭の中を占め始める。

 頭が痛くて、なにも考えられなくなっていく。


「イニア、これ……大丈夫!?」

「めど……り……」


 メドリがいる。

 目の前に紫髪がある。


 メドリが私に身体を抱きかかえてくれる。

 メドリが私を包んでくれる。

 私と繋がってる。


「ん……!」

「大丈夫……大丈夫だから……」


 頭を撫でてくれる。

 全身の不快感が弱まる。

 魔力の音が離れていく。


「はぁ……」

「大丈夫……」


 深呼吸をする。

 まだ少し不快感はあるけど、とりあえず……落ち着いた。


「ごめん……なんか急に……」

「いいよ。これぐらい」

「でも……最近なかったのに……」


 こんな風に夜以外に……しかも起きてすぐにこんな風になるのは、すごく久しぶりな気がする。


「たしかに……なんでだろうね。やっぱり昨日まで無理しすぎかな……?」

「そうかも……鎮静剤も我慢してたし……」


 それこそ夜になっても鎮静剤を打たなかったのも久しぶり。

 ……だけど朝になってからは、魔力があんまりうるさくなかった……あれもなんでだったんだろ。


 いつからか気にしなくなっていた気がする。

 それに今も……あんまり気にならない。


「でもメドリがいてくれたら大丈夫だから……」


 メドリの紫髪の中に潜り、巻きつくように抱きつく。

 頭を撫でてくれる。


「ん……」

「大丈夫だよ……」


 安心できる。

 こんな風にメドリに包まれてる時は心が暖かくて。


 心地いい。

 ずっとこうしてたい。

 ずっとここにいたい。


 もっとメドリとこうしたい。

 抱き合いたい。

 存在を感じていたい。


 嬉しい。

 静か。

 暖かい。

 心地いい。

 気持ちいい。


「ぅん……」

「ぁ……」


 ただ黙って、抱き合って、存在を感じる。

 甘えあって、たまに少しくすぐったくて声が漏れる。

 そんな時間が、ただただずっと続いて欲しい。

 そう思いながら、時間が過ぎていく。

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