第13話 なんだか

「じゃあ、もう寝よっか」

「うん……寂しい……」


 なんだか寝たくない。

 寝るとメドリと離れ離れになる気がして。

 1人になるのが怖い。メドリと一緒にいたい。


「大丈夫。ずっと隣にいるから……ね?」

「うん……」


 布団にメドリと一緒に入る。

 手を握ってくれる。

 メドリの体温を感じる。


「打つよ……」

「んっ……」


 鎮静剤が打たれる。

 視界の中に紫の花が現れる。


 魔力が落ち着いていくのがわかる。

 けれど、なんだか……


「あれ……?」

「こんな感じだっけ……?」


 紫の花はある。

 部屋の中にいる。

 布団の中でメドリとくっついてる。

 いろんな場所に紫の花がある。


 もっとお花畑みたいな場所になった気がするけど……

 魔力はまだ少し動いてる。

 いつもなら気にならないぐらいまで止まるのに……


「メドリ……なんか変……」

「うん……いつもならもう……」


 そう。

 普段ならもう寝れてるはず。

 お花畑の中で意識が飲まれて消えていってるはずなのに。


「効き目が悪いのかな……?」

「でも、どうしよう……もう一本打つのも……」


 いつのまにか鎮静剤に対する耐性ができてたってこと?

 でも、最近は1日一本を守ってきてたのに。


「メドリ……抱きしめて……?」

「……うん」


 メドリの手が私の身体に絡みつく。メドリに包まれる。

 少し動いてた魔力が、気にならなくなっていく。


 頭を撫でてくれる。

 メドリ……ずっと……ずっと……




「メドリ……?」


 朝起きるとメドリが眠っていた。

 寝顔が可愛くて、頬をつつきそうになってしまう。


 笑みが溢れる。

 こんなに近くにメドリがいてくれる。

 嬉しい。


「けど……」


 動けない。

 メドリともつれあって。

 でも……いいや。

 メドリの顔を眺めて過ごそう。


「ぅん……」


 メドリが少し動く。

 まつげの一本一本まで見える。

 呼吸の音が聞こえる。


 メドリが少し動いた影響で、紫髪をかきわけて耳が顔を出す。ぴょこんとした耳が見える。

 メドリが耳を可愛いっていった意味がわかる気がする。


「ぅ……」


 触りたい。けど起こすと悪いし……どうしよう。

 このままだと触ってしまいそう。


 少し無理やり視線を逸らす。

 そこには手があった。


 メドリの手がある。私の手も。握り合ってる。

 ここからメドリの体温が伝わってる……そう思うと、なんだかこの手が……爪の筋まで見える。


 触りたい……指を握りたい。指を感じたい。

 ……舐めたい。


「ぅ……!」


 邪念を払うように目を閉じる。

 でも……少しぐらいなら……


「少し……ほんの少しだけ……」


 首を曲げて、口を開ける。

 指をゆっくりと動かして、指を口に近づける。


「イニア……?」

「わっ!」


 思わず飛び起きる。


「えっと……」

「ぁ……ち、違うの……」


 メドリの目が私を見る。

 思考が冷静になっていく。


 指なんて動かしたら起きるに決まってる。

 それに指を舐めようなんて気持ち悪いって思われちゃう。

 嫌われちゃう。

 あんなことするんじゃなかった。


「……舐めたいの?」

「え……?」


 メドリが人差し指を伸ばす。

 私の方に近づけてくる。


 思わず座り込んで、手をつかんでしまう。


「いいの……?」

「いいよ」


 少し笑いながらメドリが言う。

 唾を飲み込む。


 口を開けて、指に近づく。

 口を閉じて、指を咥える。


 不思議な味だった。

 目を閉じて、メドリの指を堪能する。 

 舌で指の周りを伝う。爪の先を優しくつつく。


「んっ……!」


 メドリから変な声が出る。

 止めた方がいいかな……?


「そんな不安そうな目をしなくても、嫌じゃないよ。それどころか……ちょっといいかも……」


 そんな不安な目をしてたかな……

 けど、ちょっといいって……メドリも喜んでくれてるのかな。


 舌が指と爪の間に入る。

 指は魔力が流れやすいところだから、メドリの魔力が綺麗に流れているのがわかる。私の魔力とは違う。

 私の……動いてばかりの不安定な魔力とは。


 けれど……指ってこんなに、甘い……知らなかった。

 メドリの指だからかな……


 メドリの指を食べてる。舐めてる。

 メドリと繋がってる。


「ぁ……!」


 口を動かして、指を出し入れするように動かす。

 私の口の中でメドリに指を動かす。


 これ……気持ちいい。

 癖になりそう……


「ぅん……!」


 メドリの指が口の中にある。

 メドリの体温を感じる。

 指を食べて、メドリがそこにいるってわかる。


「っはぁ……」


 ずっとそうしていたかったけれど、口を開ける。

 指が私の口から出てくる。

 私の唾液まみれのメドリの指が。


 糸を引くぐらい濡れてる。少し舐めすぎたかな……?

 ……すごく……よかった。

 またしたい。


「イニア……なんか……思ったより気持ちいいね……」


 メドリの息もなんだかあがってる。

 そんなによかったのかな……メドリが喜んでくれるなら、いいけど……

 今度は私もやってもらおうかな……?


 メドリと目が合う。

 なんだか恥ずかしくなって、照れ隠しで少し笑ってしまう。

 メドリも笑ってる。


 けど、メドリの顔は赤い。

 私の顔も赤いと思う。


「じゃ、じゃあ今日なんだけど……」


 気を取り直して、メドリが切り出す。

 

「両親探しに行こうかなって……イニアもついてきてくれる?1人じゃ不安だし……」

「うん。私もメドリと一緒にいたいもの」


 私の両親が、私を置いてどこかに消えたから、両親を探すって言いづらかったのかもしれない。けど、私はそんなこと気にしない。


 それに……それにメドリを少しでも一緒にいたい。

 メドリを感じていたい。


 支度を整えて、手を繋いで外に出る。

 外はまだ倒壊した家が見える。救助用や撤去用の魔導機の稼働音がする。

 私達の家の付近は、たまたま被害が少なくて家がそのまま残っててよかった。


「じゃ、いこ」

「うん。まずはどこいくの?」

「……うーん。まずは家の方かな。帰ってるかもしれないし」


 歩き出す。

 崩れた道を避けて、瓦礫で防がれた道を回り道して、人通りのない道を歩いていく。次第に瓦礫が増えていく。


 私の指の間にメドリの指がある。

 さっき私の中にあった指が。


「ぅう……」


 思い出すと恥ずかしくなってきた。

 けど……おいしかった……


「どうしたの?」

「ちょっと……さっきのこと思い出して」


 メドリの顔がほんのり赤く染まる。

 

「もう……!いつでも、させてあげるから……ほら!」


 メドリが突然指を私の口に入れる。

 思わず少し口を開けてしまった。


「ん……!」


 指を舐める。

 爪から裏を通って、爪まで。一周するように、指を舐める。

 メドリ……暖かい……


 指が抜かれる。


「ぁ……」

「そんな顔しても、これ以上はだめ……外だし……後でね?」

「うん……!」


 メドリも心なしか、少し期待したような顔をしているように見える。多分私も。


「そろそろ……だよね?」


 メドリの家の近くまで来た。

 ここら辺はほとんどの家が崩れていた。


「うん……あれ……だね」


 そこにはただ瓦礫が転がっていた。

 原型はほとんどなくて、屋根の形が少し残ってるぐらい。


「メドリ……」

「……ううん。大丈夫。これぐらい予想してたよ」


 この声……聞いたことある。

 無理してる時のメドリの声。


「大丈夫……?」

「……ごめん。ちょっと」


 メドリが私の胸の中に倒れてくる。

 私はメドリの頭を撫でる。


「大丈夫……大丈夫だよ」


 そう言いながら、優しく何度も撫でる。

 メドリのすすり泣く声が聞こえる。

 泣き止むまでずっとそうしていた。

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