第11話 きれいな

「え……?」


 どちらの声かわからない。

 けれど声が出て、聞こえた。


「……助かった……?」


 足音が遠ざかっていく。

 メドリが見えて、抱きしめて、匂いを感じる。

 存在を感じる。


「えっと……」


 魔物は私達を襲わず、走りすぎた。

 何故かはわからないけど……

 

 メドリと目が合う。


「ぷはっ」

「ふふっ」


 なんだかおかしくて笑ってしまう。

 メドリと2人で笑ってる。

 ほっとすると力が抜けていく。


 そしてなんだか恥ずかしくなって、少し俯く。

 顔が熱い。メドリの紫髪が見える。


 手は繋ぎっぱなしだけど顔は見れない。

 好き……好きって……!


「ね……イニア?」

「な、なに?」

「好き……だよ」


 メドリが少し顔を赤らめて、囁くように言う。


「あ、あぅ、え、あ」


 声が出ない。

 頭が真っ白になる。

 なにも感じてない。

 口がただ開いて閉じる。


「もう……顔赤くなりすぎ……私も恥ずかしくなってきちゃった」

「うぅ……ちょ、ちょっと待って……!」


 少し目を閉じて、深呼吸をする。

 心がどくどく言ってる。

 うるさい……うるさいけど魔力の音とは違う心地いいうるささ。


「メドリ……大好き」

「わっ……これ……思ったより恥ずかしいね?」

「う、うん……」


 メドリの頬が赤く染まる。

 多分私も。


 でも、ただ見つめあって、手を繋いで、メドリがいるって感じれる。それがこんなに嬉しい。

 少しの間ただそうしていた。




「でも……結局なんだったのかな?さっきの」

「そうだね……」


 魔物は好戦的じゃない奴もいる。でもあんな大群全部そうなわけがない。本当ならすぐ襲われて、死んじゃうはずだった。


 けど助かった。襲われなかった。

 なにがあったのかはわからない。

 それがわかるとしたら……


「……魔物を追いかけてみよようかな……」

「え……危なくないの?」

「危ないかも……でも」


 さっき襲われなかったからと言って、次もそうかはわからない。次見つかれば、攻撃されて死んじゃうかもしれない。

 けど。


「けど、なにかわかるかもしれないし。それに……街にも戻りたいし……」

「そう……だね。ずっとここにいるわけにもいかないしね……」


 メドリが少し遠くも見つめる。

 家族のことを考えているのかな……


「じゃあ、いこ?メドリは大丈夫?」

「うん……イニアこそ、大丈夫?」

「とりあえず……なんだか今日は調子がいいみたい……メドリのおかげかな?」

「もう……!」


 でも今は魔力のうるささをあんまり感じない。

 メドリがいるから……メドリを感じれるから……


 手を繋いで歩き出す。

 昨日まで歩いてた道を歩いていく。


 けれど魔物が通ったせいか、なんだか全然違う。

 こんな場所だっけ……


 こんなにきれいな景色だったっけ。

 色鮮やかだし、風が心地いいし、暖かい。

 たまにメドリの紫髪と、私の青髪が当たって絡まるのがわかる。


 いろんなものが見える。

 いろんなものが聞こえる。

 いろんなものを感じる。


 世界ってこんなのだっけ……

 こんなにきれいだっけ……


「どうしたの?」

「え?」

「なんか、不思議そうな顔してたよ?」

「うん……なんか……すごい嬉しい」


 多分端的にいうなら嬉しい……これなんだと思う。

 魔物の大群から生き延びれたことよりも。

 魔力がうるさくなくなったことよりも。


 メドリが……メドリが好きって言ってくれたことが、嬉しくて……だからきっと、こんなに。


「メドリ……ありがとう……好き」

「う、うん……不意打ちは卑怯だよ……!」

「ご、ごめん……そんなつもりじゃなかったんだけど」


 ただ言いたくなった。

 伝えたくなった。


 けれどメドリが赤くなってるのをみて、私も少し赤くなる。


「ね……イニアは……いなくなったりしないよね?」

「うん……いなくならないよ」


 手を少し強く握る。

 メドリの存在を掴むように。離さないように。


 好きって言ってくれたから。

 好きって思ったから。


 そうして道を歩いていく。

 道はひどく静かで、どこにも魔物の姿はない。

 さっきの魔物の大群が幻のよう。


 そういえば行きもこうだった。

 夜に光をつけて歩いていたというのに、魔物は1匹も襲ってこなかった。特に空から来るかと思ったのに。


 今だって空に魔物は1匹もいない。

 普段なら数匹ぐらいは飛んでるのに。


「あ、街……」

「思ったより早かったね」


 街は遠目でもわかるぐらい変わっていた。

 家が崩れて、魔力伝播塔が折れて、煙が上がっている。


「ねぇ……」

「うん」


 でも。


「いなくなったね」


 あの巨大な魔物はもういなくなっていた。

 触手がたくさん出して、魔物を放り投げ、街に我が物顔で存在していた魔物はいなくなっていた。


 他の魔物も。

 街の空にも魔物はいない。

 まだ遠目だけど、街にもいないように見える。


「どうなってるんだろ……」


 わからない。

 もう魔物達がいなくなったら、彼らはなんのために来たのかな。街を占拠して、なにがしたかったのかな。


 街につく。

 街の中も外から見た時と対して変わらなかった。


 ……違うのは死体があるのが、よく見えることぐらい。


「うっ……!」

「大丈夫……?早くいこ」

「う、うん」


 私は仕事で死体を見ることも珍しくないから、多少なりとも耐性はあるけど、メドリは違う。

 少し駆け足で、瓦礫の横を通り過ぎる。


「あっちから話し声聞こえない?」

「……そうだね……なんだろ」


 家に向かう途中で、多くの人の話し声が聞こえた。

 それは駅前の広場から広がっている。


「え……」

「なに……これ……」


 そこにはたくさんの怪我人が並んでいた。

 腕がない人や、頭の半分から血を流している人、内臓が見えている人、脚の骨が露出している人もいる。


 さらにその奥には沢山の人が寝転んでる。

 ……それが死体だと気づくには少し時間を要した。


「イニア……あれ……!」


 メドリが一角の掲示板を指差す。

 そこにはたくさんの紙が貼られている。


「あれは……安否確認用の紙……」


 誰々が生きてるとか、私はここにいますみたいなことが書かれている。もしかしたら、メドリの家族のことも。


「ちょっと見てくる」

「うん」


 メドリが掲示板に向かって走り出す。

 私は邪魔にならないように、端っこに移動して座り込む。


 目を閉じて、怪我人の光景を思い出す。

 やっぱり魔物はきたんだって。思い知らされる。

 魔物を倒すことが仕事なのになにもできなかった。

 けど……メドリを守れた。


 あの怪我人の中に……死体の中にメドリがいたかもしれない。けれど、そうならなかった。それなら……

 大丈夫……メドリはずっと一緒に……


 手を握る。

 けどそこにメドリの手はない。

 メドリは掲示板の前で睨めっこをしてる。


 メドリがいない。

 そう思ったら、急に視界が揺れ始める。


「あれ……?」


 手を握ってもメドリがいない。

 メドリがいない。メドリが……


 魔力が急にうるさくなる。

 全身に不快感が走る。


「うぅ……!」


 気持ち悪い。

 しんどい。

 苦しい。

 うるさい……!


 頭を抱えて、必死に目を瞑る。

 でも苦しさは消えない。


「メドリ……!」


 メドリがいたら大丈夫な気がするのに。

 掲示板の前に立つメドリがすごく遠く見える。

 手の届かない場所のように感じる。


 視界が揺れて、狭まって、横になる。

 どこにいるかわからない。

 視界が合わない。

 感覚がおかしい。


 気持ち悪い。

 しんどい。

 うるさい。


「メドリ……!メドリ……!」


 メドリを呼ぶ。

 声が出てるのかわからない。

 なにもわからない。

 何も感じれない。


「イニア……!大丈夫!?」

「メドリ……!」


 メドリの声が聞こえる。

 けどなんて言ってるかわからない。


 頭が魔力の音で包まれる。

 うるさい。何も考えられない。


「イニア!大丈夫……大丈夫だから……!」


 苦しい。しんどい。

 何もできない。何もしたくない。

 うるさい。


「鎮静剤……!大丈夫だよ……!」


 花……

 沢山見える。

 紫の花……紫、紫、紫……

 紫に包まれて、意識は閉じていく。

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