第10話 うれしい

 夜の道をメドリと歩いていく。

 魔物は1匹ぐらい出てくるかと思ったけれど、1匹も出てこなかった。予想外だったけど、魔力が温存できたしよかった。

 でも……


「はぁ……はぁ……!」

「イニア……やっぱり鎮静剤を……!」


 魔力がうるさい。

 身体強化魔法を起動してるのに魔力がうるさい。

 気持ち悪い。しんどい。

 苦しい。吐きそう。

 鎮静剤が欲しい。

 けど……


「だめっ……!鎮静剤使ったら……寝ちゃう……!」


 夜だし眠い。

 そこに鎮静剤を使って魔力の不快感が消えれば、いつものようにすぐ寝てしまう。

 今はまだ寝るわけにはいかない。こんな何もない場所で私が寝たら、メドリ1人だけになってしまう。メドリを守れない。


「で、でも……イニア……苦しそうだから……」

「う、うん……大丈夫じゃないかも……て……」


 メドリと手を繋ぐ。

 こうやってメドリと繋がっていると、少し楽になる。

 こうしてないと、今にもうずくまって、頭を抱えて、何もしたくない。魔力が気持ち悪い。うるさい。


「やっぱり、どこか安全なところ……せめて閉じられたところ……小屋とかないのかな……」

「どうだろ……暗くてわからないね」


 光源魔導機はあるけど、ほんのりとした灯りしか出してくれない。周囲を照らしてくれるだけでも便利だけど。

 ……でもこんなに光出してても、魔物が来ないなんて……


「次の街までどれぐらいだっけ……」

「多分……あと1日ぐらいかかるよ……やっぱり寝たほうがいいんじゃ……」

「でも……せめて日が昇ってから……」


 息をするのが辛い。

 呼吸の音がうるさい。


 歩きたくない。

 足音がうるさい。


 月の光も、風の音も、何もかもうるさい。

 頭が痛い。

 気持ち悪い。


 けれどメドリを守らないと……


「ごめん……やっぱり、ちょっと休憩してもいいかな……」


 これ以上は動けない。

 動きたくない。

 だから少し……少しだけ……


「うん。鎮静剤打つ?」

「それは……いい。代わりに……」


 私は腕を広げて、メドリを求める。

 それを見て、メドリが抱きしめてくれる。


「メドリ……」

「大丈夫……大丈夫……」


 暖かい。

 メドリと抱き合ってると、メドリを感じれて心地いい。

 ずっとこうしてたい。

 魔力の音が遠ざかっていく。

 落ち着く。


 メドリが頭を撫でてくれる。

 気持ちいい。


 メドリの紫髪に頭をうずめる。

 少しくすぐったいけど、暖かい。


「イニアっ……!くすぐったいよ……?もう……」

「だめ……?」

「いいけど」


 メドリが少し笑う。

 私も少し笑う。


 気持ちいい。

 こうしてると何もかも忘れてしまいそう。


 今は魔物が街に攻めてきて、行く場所もないような状況なのに。明日がどうなってるかもわからないような状況なのに。


「ねぇ……今日はもう動かない方がいいんじゃない……?私も疲れたし……イニアなんてすごいしんどそう」

「うん……じゃあ、メドリは寝ておいてよ。私は起きて周りを警戒しておくから」


 本当はこのままメドリの中で寝てしまいたい。

 けれど、そういうわけにもいかない。

 魔物がどこにいるかもわからない。


「だめ。イニアだけなんて……」

「でも……」

「いいの。それに1人だと鎮静剤使っちゃうかもよ?」


 メドリが少しいたずらっぽく言う。

 けれど、確かに。メドリが寝てしまったら、もう誰も止めてくれる人はいない。少しぐらいならって思ってしまいそう。


「うん……じゃあもう少し頭……撫でて?」

「ふふ……甘えんぼさん?」

「そうだよ?知らなかったの?」

「ううん。知ってるよ……」


 頭を撫でてくれる。

 こうしてると、魔力の動きが気にならなくなる。


 メドリの手の感触が、髪と頭を伝って、私の中に入ってくる。手の中にいる感じがする。

 メドリに包まれているような感じがする。

 暖かい……


「イニア……?」

「どうしたの?」


 メドリが震えた声を出す。

 怯えたような、恐れたような声を。


「イニアは……いなくならないよね?ずっといてくれるよね?」

「うん……ずっと一緒にいるよ?」


 だって、私はもうメドリがいないと……

 もしメドリがいなくなったら、どうなるかわからない。想像もしたくない。


「……どうしたの?」

「なんか……不安になって……ごめん、イニア……」

「もう……メドリも甘えんぼさんだね?」

「うんっ……!」


 メドリは泣いてしまっていた。

 何を不安に思っていたのかはわからない。


 魔物のこと。明日のこと。

 両親のことだったり、友達のこと。


 その全部かもしれない。

 そんなメドリを今度は私が抱きしめて、頭を撫でる。


 メドリの紫髪を撫でる。

 こうしていても、メドリのことを感じ取れる。

 メドリといるって感じれる。

 心が暖かくなる。




 そうやって、2人でお互いの存在を確認しながら、甘えあいながら、夜は過ぎて、朝が来る。

 空が白み、夜の終わりを告げる。


 魔力がずっと鳴っている。

 久しぶりにこんなに長い間鎮静剤を打ってない。

 頭の中が魔力の音で占められてきてる。

 メドリと一緒にいるからまだマシだけど、離れたら多分もう何もできない。


「朝だね……」

「うん……」

「ご飯……食べよ」

「そうだね……」


 鞄から携帯食料を取り出して、分け合って食べる。数はまだあるけど、無駄遣いはできない。

 けど片手は離さない。離したらもう掴めない気がして。


 今日中に急いで、次の街に着くにしても、その街が私たちの街みたいに魔物に襲われてないとは限らない。もし、次の街もダメならどうしよう。


「通信魔導機はどう?」

「だめ……回線がやられてるのかな……」

「そっか……」


 もし通信魔導機が使えるようになってたら、状況がわかったかもだけど……やっぱり、とりあえず次の街に行くしかないのかな……


 次の街が無事だったとして、私たちの街に帰れる日は来るのかな?

 街には他の避難民もいて、街に入れなかったりして。

 巨大な魔物がまた現れたりするかも。


「あぅ……」


 なんだか思考がまとまってない。

 頭が痛い。

 魔力がうるさい。


「イニア……大丈夫?」

「う、うん……メドリがいてくれるならだけど」

「じゃあずっと大丈夫かな?」


 そう。メドリがいれば、大丈夫。

 メドリいれば、きっと何があっても大丈夫。

 2人でいれば、何が起きたってきっと。


 その時地響きが起きる。

 どこかで聞いたような地響き。


「イニア……!これ……!」

「昨日の……!」


 昨日のやつと似てる。

 また同じようなことが起きるの……!?


「イニア……あれ……」

「え……」


 そこには大量の魔物がこちらに向かってきていた。

 昨日と同じぐらいの数の魔物が目の前から。


 どうしよう。

 巨大な魔物はいないけど、私じゃ敵いっこない。

 逃げても、後ろには私達の街……魔物だらけの街しかない。

 でも……


「せめて……メドリだけでも……!」

「やだ!一緒にいてくれるんでしょ……?そうなんでしょ?」


 メドリが私に抱きつく。

 強く私を抱きしめる。


 振り解いてでも、力づくでもいいから、メドリが少しでも助かるような行動をしようと思った。けど、私はできなかった。


 メドリに抱きしめられて、一緒にいてって言われて、それを拒否するなんて、私にはできなかった。


「そうだね……」

「うん……うん……!」


 私もメドリを抱きしめる。


「ごめん……メドリ……助けられなくて」


 あれだけの魔物の数。

 助からない。

 死の足音が近づいてくる。


「ううん……たくさん助けられたよ?一緒にいてくれて、すごい嬉しかった……」

「……私も。ねぇ……私……メドリが好き……大好き」

「私も。大好きだよ……!」


 限界だった。

 涙が溢れ出る。

 メドリの泣き声が聞こえる。


 もっと、ずっとこうしていたい。

 けど、着実に死の音は近づいてくる。


 魔力の音なんか気にならないぐらい、心地いいのに。

 ずっとこうやって、メドリのことを感じていたいのに。


 抱きしめて、抱きしめられて。

 そして、足音が私達に重なる。

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