第9話 とうそう
突然現れた巨大な魔物は、たくさんの触手を持っていて、空に浮かんで近づいてきていた。けれど下には砂煙も見える。
多分さっき見た映像のようにあの下には沢山の魔物がいるんだと思う。
「どうしよう……!」
「逃げ……でも」
逃げるって言ってもどこに逃げるの?
逃げ場なんてあるの……?
そう思うぐらいその魔物は巨大だった。
遥か空に頭のような場所がある。
あんなやつがきたらこんな小さな街なんて簡単に破壊されると思う。それに、あの下にはたくさんの魔物がいるはず。
どちらかだけでも脅威なのに、どっちも来たらこんなの……
「ううん」
首を振る。そんな思考は今はどうでもいい。
私が考えるべきなのは……
メドリを見る。
「イニア……?」
メドリを守る……一緒に生き延びること。
「逃げる前に、食べ物と水だけ持っていこ!」
「う、うん。わかった!」
鞄を取り出して食べ物と水を入れる。
前までは携帯食料をよく食べていたから、その時のが沢山残ってる。最近はメドリと一緒だからそんなこともなかったけど……まだ残っててよかった。
準備ができたら、メドリの手を取って走り出す。
外に出ると道は逃げ惑う人々と、魔導車で混雑している。
「どうしようかな……」
「イニア……よし!」
突然メドリが手で、自分の頬を叩く。
驚いて、メドリの方を見る。
「ど、どうしたの?」
「ううん。イニアが落ち着いてるから、私も慌ててられないなって思って」
メドリがそう言って少し笑う。
こんな時なのに少し心が躍る。
「でも、どうしよっか」
「まずは状況を把握しないといけないよね……」
まだ何もわからない。
いきなり魔物集団が現れて、街を襲ってきてる。さっき見た映像の中には、そこまで交戦的じゃない魔物もいたのに。
「でも、まずはここを離れないといけないと思う。ここにいたら踏み潰されそうだし……でも行くところが……」
「そうだね……イニア!あれ!」
メドリが空を指差す。
そこには空を飛ぶ人達が見えた。
飛行魔法……使ってる人初めて見た……
「みなさん!ここは危険です!逃げてください!」
空の人が叫ぶ。
何人かは空を見るけど、それを言われる前からみんな逃げるのに必死。それに……
「どこに逃げたらいいのかな……」
「やっぱり……とりあえず離れよう」
メドリの手を取る。
「でも……この人混みじゃまともに動けないよ?」
「……ちょっと乱暴だけど、メドリ……掴まっててね?」
「え……わぁっ!」
身体強化魔法を起動してメドリを抱える。
地面から跳躍して、屋根を走る。
「ちょ、ちょっと!怖いんだけど!」
「ごめん!でも落としたりはしないから!」
「うわあっ!」
屋根の上から、さらに高台に跳ぶ。
身体強化を使ってる私は、メドリ1人ぐらいなら抱えてても大丈夫。戦闘ならともかく、単なる移動ならそんなに困ることはない。
その時何かが空中に浮いてるのが見えた。
それはずっと遠くにある。
けれどなんだか近づいてきてるような……
「イニア……あれって……」
「うん……魔物を飛ばしてきてる」
魔物が空中から落ちてくる。
少し離れたところに落ちる。
爆発したような音と、大きな衝撃が空気を伝う。
「わっ!どんどんきてるよ!」
メドリの言葉の通り、魔物はたくさん飛来してくる。
ちらっと後ろを見ると、巨大な魔物の触手が動いてるのが見える。多分、あいつが魔物を飛ばしてる。
「ぐるぅ……!」
魔物達の声がする。
「うわっあああ!」
誰かの悲鳴がする。
もうそこは私達の知ってる街じゃなかった。
魔物と逃げ惑う人々が入り混じり、なんだか現実感がない。
「イニア……」
「メドリ……」
お互いの名を読んで存在を確認する。
屋根や屋上を走っていく。
そして、いつしか周りに建物は無くなっていた。
「はぁ……はぁ……」
「とりあえず……大丈夫かな……?」
街道を歩く。
周りには誰もいない。
メドリを降ろして、一緒に手を繋いで歩く。
後ろではまだ轟音がなっている。
魔物達が暴れてる……それにここからでも見えるあの巨体……どうなるのかな……これから……
「……お母さん……お父さん……大丈夫かな」
メドリが呟く。
完全に忘れていた。
「ごめん……でも、今から助けに戻るのは……」
「ううん。イニアが謝ることじゃないよ。あの状況なら仕方ないし……それに私も……」
「そう言ってくれると……助かるけど」
メドリの表情の中に少し影がさす。
私はメドリと助けることだけで精一杯だった。メドリ以外に大切な人がいたわけじゃないから、それでよかったと思う。
けどメドリには、たくさん大切な人いる。家族や友達がいない私とは違う。
「考えても仕方ないよね……ちょっと休憩しよ」
木陰に座る。
空を眺める。
綺麗な青空がそこにはあった。
魔物が飛んでたり、巨大な魔物がいるけれど、空は綺麗だった。時々大きな魔法が発動して、巨大な魔物に攻撃してるのが見える。
空を見ても街の上空にしか魔物はいない。
街の中からは出ないのかも。
魔法は……さっきの飛行魔法を使っていた人達かな……あんまり効いてるようには見えないけど……
「イニア……大丈夫?」
「うん……メドリこそ……」
「私は大丈夫だよ。イニアが運んでくれたからね!」
メドリがいつものように笑いかけてくれる。
けれど、何かが違う。なんだか……
「無理してる……?」
「うん……でもほんとに大丈夫。イニアがいてくれるから……」
メドリが急に私の身体を抱きしめる。
髪が首筋を撫でてくすぐったい。
手が私の背中を回ってメドリを感じる。
暖かい……心地いい。
「少し……このままでもいい?」
「うん……」
メドリは泣いていた。
やっぱり不安だったのかな……無理してたのかな……
メドリの頭を撫でる。
いつもメドリがしてくれるみたいに。
「イニア……ありがとう」
「うん……大丈夫だよ」
メドリに安心してほしくて、私は頭を撫で続ける。
メドリが泣き止むまでずっと。
「イニア……もう大丈夫……」
「そう……?」
時間も忘れるぐらい長い間のようで、ほんの一瞬だったような気もする。そんな時間を過ごして、メドリが顔を上げる。
メドリの目は少し腫れている。
けれどいつものメドリに戻っていた。
「うん。それにずっとここにいるわけにもいかないし」
「そう……だね」
巨大な魔物はそろそろ街に入ったようで、真ん中ら辺で居座り、あたりに触手を伸ばしている。
その周りには飛行する人たちが魔法を放って、飛んでいる魔物を倒している。
「もう街には戻れないね……」
「うん……」
日は傾いて夜になろうとしている。
夜になったら、視界は悪くなるし、魔物とかが出てくるかもしれない。
「怖い……怖いね」
「でもイニアがいてくれるから……そうでしょ?」
「うん……メドリがいてくれるから進めるよ」
赤い夕陽の中をメドリと歩く。
手を繋いで歩く。
身体強化魔法で消費した魔力が回復してきて、魔力はうるさくなってきた。けれどメドリと手を繋いでいると、あんまり気にならない。
夜になっても歩いていく。
街から離れていく。
「イニア……これ使うよ?」
「あ……うん。ありがとう」
メドリが光源魔導機を起動する。
周囲がほんのりと照らされて、地面が見えるようになる。
さらに、身体強化魔法を軽く起動して夜目を強化する。
これで、障害物とか……魔物とかがいてもわかる……と思う。
暗くなると余計怖い。
後ろでは今でも魔法の音や魔物の叫び声が聞こえる。
魔力の音も、ひどく聞こえる。
怖い。
これからどうなるのかはわからない。
どうすればいいのかもわからない。
いろんな不安が私を絡みつく。
けれど、きっとメドリと一緒なら大丈夫。
そう思った。
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