第8話 おかしい
「そうですね……えっと……特に変わったことはないですかね?」
「まぁ……そうですね……はい」
お医者さんのところには久しぶりに来た。
魔力多動症がひどくなってから、定期的に来ることになってる。けど別にお医者さんに何かを話しても特に良くなるわけじゃない。
それに、早くメドリのところに行きたい。
魔力はうるさいけど、今それを言ったら鎮静剤を打たれそうだから嫌。メドリ以外の人に鎮静剤を打って欲しくない。
「魔力波を見る感じでは、前より悪化してますね……」
「そうですか」
「でも大丈夫ですよ。他の患者さんもこんなものですから」
けれど、これ以上うるさくなったらどうなるかわからない。
だから早くしてほしい。
うるさい。みんなうるさい。
「じゃあ、次回はまた3ヶ月後ということで」
「はい。さようなら」
「お大事に」
やっと終わった。
メドリのところに早足で向かう。
「終わったよ」
「大丈夫だって?」
「うん。早く帰ろ」
メドリと手を繋いで病院を出る。
私の青髪と、メドリの紫髪が少し触れる。
やっぱりこうしてる方がずっと好き。
手が絡み合って、メドリを感じれることが心地いい。
魔力は相変わらずうるさいけど、メドリのことを感じられる時は大丈夫。メドリがいてくれれば大丈夫。
でも……
「私……これでいいのかな……」
思わずそう呟いてしまう。
なんだか……
「……イニアはすごいよ。最近はもう鎮静剤を使うのは夜になってるし」
「そうだけど……」
たしかに鎮静剤を使う回数は少なくなってる。
けど……けど魔力がうるさくて、気持ち悪くなることは増えてる気がする。その度メドリを求めて、頭を撫でてもらって、抱きしめてもらってる。
そうやってメドリのことを感じられたら、なんだか不快感だらけだった感情が、落ち着きを取り戻す。
楽になれる。でもそれは……
「なんていうか……その、メドリに頼りっきりだから……いいのかなって……」
「私は全然いい……というか嬉しいよ?イニアが私を頼ってくれるってことがね」
「そう……?」
「うん。だからこれからも頼ってよ」
優しい。メドリはすごく優しい。
すごく暖かくて、心地良くて。
だからメドリに甘えてしまう。
いいのかな……それで……メドリに甘えっぱなしでいいのかな。私は……それでいいのかな。
「さ、帰ろ。今日は私がご飯を作るから」
「……そうだね。うん」
難しく考えるのはやめよう。
メドリと一緒にいると嬉しい。それでいい……いいよね?
「もうお風呂にも慣れた?」
ご飯を食べてお風呂に入る。
今でも一緒に入ってる。
一緒に入らない日はないけれど、今でもメドリと一緒に入るのは慣れてない。
「ううん……恥ずかしいけど」
「けど?」
少し、言葉が詰まる。
唾を飲み込む。魔力がうるさい。
「けど、一緒にいる方が嬉しいから……気にならない」
「……そっか。私も嬉しいよ」
恥ずかしい。
けれど、こんな恥ずかしいことを言えるようにもなってる。こんなことを思うようにもなってる。
前までもメドリのことは好きだったけれど、今はもっと好き。なんでだろ……
「そういえば……最近依頼がないんだよね……」
「そうなんだ。なんでかな?」
この前のベガリアリスの依頼から、もう3週間。そろそろ仕事を探さないとと思って、通信魔導機を眺めているけれど、何故かいつもより依頼が少ない。
「同業者が増えたのかな……それとも単純に依頼が少ないのかな……」
「けどそうなると困っちゃうね。アルバイトでもしようか?」
「お金は……一応まだあるから、大丈夫」
この前の依頼は報酬が増えたのもあるし、貯金だってある。
けど、このまま仕事がなくなったらどうなるかわからない。でもメドリがアルバイトとかするのは……
「それに、そうなったら、一緒にいる時間が少なくなっちゃうから……」
「そうだね……でも私もイニアのお金に甘えっぱなしだしね……」
少しメドリが俯く。
紫の髪と青い髪が湯船に浮かんでる。
そんなこと思ってたの……気にしなくていいのに。
たしかに生活費とか家賃は全部私が出してるけど……それより、私は。
「メドリがいてくれるなら……それでいいから……気にしないで」
「そう……? でも……」
「その代わり……甘やかして……くれるんでしょ?」
「うん……」
沈黙の中で視線が交差する。
「熱くなっちゃったね。のぼせちゃうよ。もうあがろ」
たしかにすごく熱い。
けどそれがお風呂のせいだけじゃない。
熱いけど、暖かい。
暖かくて、心地いい。
「じゃあ……打つよ?」
「うん……んっ……」
メドリが私の腕に魔力鎮静剤を打ってくれる。
まだ寝る時だけは鎮静剤ないとだめみたいで、毎日メドリに打ってもらってる。
視界がぼやけていく。
うるさい魔力が沈んでいく。
それと同時に、視界に紫の花が現れる。
暖かい紫の花が私を包んでいる。
紫の花畑の中にいる。
けれどなんだか……何かが変な気がする。
なんだか違うような……こんな感じだっけ。
ここってこんな場所だっけ。
紫の花が沢山あって。
心地良くて。
気持ち良くて。
けれど……どこか……
違和感がある。
言いようのない違和感がある。
けれどそんなのはすぐに気にならなくなる。
頭を撫でられているような暖かい感覚が私を包んでくれる。それが嬉しくて、違和感を感じてたことなんて忘れてしまう。
「何もない……」
起きてから、通信魔導機で仕事を探すけど何もない。
魔力率の低い弱い魔物の依頼なら何個かあるけれど、こういうのは死体処理とかで、それなりの経験や資格が必要だから、私にはできない。
私は身体強化魔法しか使えないし、魔導機も繊細な挙動はできない。ただ魔力を入れて発動するだけならできるけど、それぐらい。
だから魔力率が高めのやつが対象の依頼を探してるんだけど……ない。いつも受けてるぐらいの難易度と報酬の依頼がない。
「どうしたんだろ……」
あれぐらいの難易度なら私でもできるし、それに報酬もいいから、頻度も少なくていい。
……この前は危なかったけど。
でもあれは二体だったからだし……
一体だけなら多分大丈夫だったと思う。
情報掲示板のようなところも見てみる。
けれど、そこにも依頼がないと嘆く同業者の姿があった。
「やっぱり……」
どうしよう。
お金はまだあるけど、ずっと仕事しないわけにもいかないし……それに、まだ若いうちに稼いどかないといけないし……
歳を重ねると今のように動けなくなるかもしれない。魔力が衰えてしまうかもしれない。
それに魔力多動症が今よりひどくなるかもしれない。
そんな不安もある。
そう考えると別の仕事を始めた方がいいのかな……
でもメドリと一緒にいる時間が少なくなるのは嫌だし……
「メドリ……」
「呼んだ?」
「……うん」
いつのまにかメドリが寝転がってる私の近くに来ていた。
今の呟きを聞かれてたみたい。
少し恥ずかしい。
けど嬉しい。
メドリが撫でてくれる。
最近少しメドリと離れるだけで、すぐ魔力がうるさくなる。
やっぱりメドリがいないと私……
「イニア……」
いきなりメドリが不安そうな声を出す。
「どうしたの?」
「これ……」
メドリが通信魔導機を見せてくれる。
そこには大量の魔物が、どこか街に迫る姿があった。
「なに……これ……」
尋常じゃない数で、地面が見えないぐらい。
街の防衛兵器が応戦してる。何体かは倒せてるけど……全体から見たら微々たる量。
「イニア……!」
その時地響きが始まる。
窓から外を見ると、巨大な魔物の姿が見えた。
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