第5話 このこが

 メドリとの生活が始まって2週間が経った。

 魔力鎮静剤を使いすぎないように、一緒に暮らす日々。


 魔力鎮静剤は1日一回にすることにした。

 今のところ大体1日一回の制限は大体守れてる。たまに我慢できなくて二回使っちゃうけど……

 本当はそういうのもやめたい。けどそうなると魔力鎮静剤がないと何もできない。うるさくて、辛くて、苦しくて。


 二人暮らしになったけれど、今のところ不便はない。たまにトイレが空いてないぐらいかな。

 メドリは家で課題をやるタイプの学校だから、ずっと家にいるけれど、全然苦じゃない。むしろ今までより……


 そう。むしろメドリがいてくれるからいろんなことがよくなってる気がする。なんだか1人でいる時より、ずっと魔力の音が小さい……そんな気がする。


 何もせずに過ごしてた日々もなんだか……うん。何もしてないけど良くなっている……のかな。まだ病気が悪化する前みたいに、遊んだりとかする気は起きないけど……


「終わったよ」

「うん……お疲れ」


 メドリの課題が終わったみたい。

 その間私は特にすることもないし、したいこともないから、寝転がって時が過ぎるのを待ってる。たまに通信魔導機で仕事の確認とかもするけど。


「今日もこれでいいよね?」

「うん」


 ご飯はいつも大体同じ。

 お湯だけで作れる麺類。他に食べたいものがあるわけじゃないし、そんな気力もない。


 それにメドリと食べてると、なんだか美味しく感じる。


 次はお風呂……まだ……ちょっと慣れない。


「どうしたの? 顔赤いよ?」

「いや……なんでもないよ。大丈夫」

「そう?」


 誤魔化して、食事に集中する。

 魔力の音がうるさくなってきた。


「やっぱ2人だとちょっと狭いね」


 ご飯の次は、お風呂……お風呂は一緒に入ることになった。

 この前みたいにメドリが入ってる間に鎮静剤を打ってしまうかもしれない。だから一緒に入る。

 けれど、そういう経験は少ないから……まだ恥ずかしい。嫌……ってわけじゃないと思うんだけど。


「うん……ひゃ!」


 急にメドリが背中を触ってくるものだから、変な声が出てしまった。裸で2人っきり……そう思うと……うぅ……


「ありゃ。嫌だった?」

「嫌じゃないけど……まだちょっと慣れてなくて……」


 湯船に使ってると余計気になる。

 見上げるとメドリが身体を洗ってる。


「そっか……ふぅー……」

「2人だとギリギリだね」


 湯船にメドリも入ると、もう動く隙間はほとんどない。

 メドリの身体が……顔が近い……

 紫髪と青髪が湯船で絡み合う。


「ねぇ……私明日仕事に行くんだけど……」

「うん」


 沈黙の中で話したかったことを切り出す。

 湯船の……メドリの暖かさを感じる。脚が少し当たる。


「少し遠くて1日開けると思うんだけど……1人でも大丈夫かな?」


 1日1人ってことは鎮静剤がなしってことになる。

 それは多分無理だから……鎮静剤を持っていくことになると思う。そうなったら多分すぐ使っちゃう。


 すぐ使っちゃったら、それを忘れられなくてそこら辺の薬局で買ってしまう気がする。そうなればもうブレーキは効かなくなる。


「その……ついてきて欲しい……っていうか。でも……だめだよね。課題とかもあるし……」

「ううん。いいよ。一緒に行こ」

「え、いいの? でも……」

「いいのいいの。そんなことよりイニアの方が心配だから」


 そう言ってメドリは少し微笑む。

 つられて私も笑う。

 なんだかそれが暖かくて。


「じゃあ打つよ……」

「うん……」


 寝る前に魔力鎮静剤を打ってもらう。

 最近は少しマシになってきたとはいえ、まだ魔力はうるさくて、寝ることなんてできない。だから寝る前……寝る前だけは鎮静剤を打つ。


「んっ……」


 鎮静剤が全身の魔力を駆け巡り、その動きを抑える。

 少しづつ視界が花だらけになっていく。


「おやすみ……イニア」

「おや……すみ……」


 そこでもう意識は花にまみれていた。

 紫の花が私を包む。

 いろんな花がある。

 紫の花……紫の花……赤い花……青い花……白い花……


 なんだかやっぱり安心する。

 ここにいると何も考えなくていい。それにいろんなことから解放されてる気がする。


 あと……すごく暖かい。

 ほんわかする。

 暖かい……ずっとこうしてたい……




 次の日、私たちは魔車に乗っていた。

 街道付近の私達の街を離れて、旧マドル国壁跡西という場所に向かってる。


「黒い霧か……」

「そっか、たしかそこら辺だっけ」


 昔……私達が生まれるよりもさらに前、その時起きた戦争中にあった黒い霧。今から行く場所は、それが出た場所でもある。


「飲み込んだものは出てこれない霧ね……本当にあったのかな……?」

「ちょっと怖いよね。それに対処に成功したとかじゃなくて急に無くなったっていうから余計ね」

「うん……でも気にしても仕方ないよね……」

「そうだね。それよりさ……」


 メドリが観光名所や名物品のリストを見せてくれる。

 着くまで時間はあったから、こんなものがある……こういうの見てみたい……こういうの食べてみたい……みたいな話をずっとしていた。

 そんな話をしてたからかな……少し楽しみにしながら旧マドル国壁跡についた。


 一応仕事できたんだけど……ま、いいよね。




「ぁぐっ……!」

「大丈夫!?……ちょっとこっち……」


 電車から降りると、突然魔力が一段とうるさくなって、その場にうずくまってしまう。

 いきなりで、しんどい。また……夜じゃないのに……


「わぁっ……!」

「大丈夫……大丈夫だから」


 鎮静剤はなるべく使わないようにしたい。

 だけど鎮静剤を使いたい。使って早く楽になりたい。うるさい。うるさい。

 頭を抱えてもなにも変わらない。

 痛い……苦しい……気持ち悪い……うるさい……しんどい……鎮静剤……あれがあれば……


「メドリ……鎮静剤……!」

「大丈夫……大丈夫だよ。イニアなら大丈夫」


 メドリが抱きしめて頭を撫でてくれる。

 なんだかそうされると、少し楽になっていく気がする。


 うずくまって鎮静剤を求める私を、抱きしめて、落ち着いた声で、優しい手で、私を。


「メドリ……ありがとう」

「落ち着いた?」


 どれぐらいそうして、メドリに抱きかかえられて、頭を撫でてもらっていたか、わからない。気づいたら、なんだか落ち着いていた。

 まだ魔力はうるさいけど、なにもできなくなるほどじゃない。


「うん……けど……まだ少し」

「うん……」


 駅の隅っこでうずくまる私をもう少し抱きしめてくれる。

 怖かった。メドリから離れたら、またうるさくなるんじゃないかって。怖くて、メドリを抱きしめる。


「……すごいね、イニア」

「メドリがいてくれたから……」


 暖かい。

 メドリと抱きしめあっていると、お互いの体温が混ざり合って暖かい。紫髪と青髪がかかり合う。


 もしかしたら……メドリがいてくれれば、私は鎮静剤がなくても……もしかしたら。

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