第4話 あのこと

「じゃあこれはメドリが持っておいてよ」

「これ……鎮静剤? どうして?」

「私が持ってたら使っちゃうと思うの……だから使うときに一緒にいてくれたらなって思って」


 こうでもしないと、私は多分どんどん使っちゃうと思う。

 今でも魔力がうるさくて、鎮静剤を打ちたくて仕方がなくなってくる。

 もちろん私がもう一度買ったらいいんだけど、容器とかでバレるしそんなことはしないと思う……多分。


「うん……わかった。じゃあ今日からここに住もうかな」

「え……? でも、家の人が」


 たしかメドリは両親と同棲してたはずだけど……心配するんじゃ……?


「大丈夫。そろそろ1人立ちしたいとも思ってたし……それに」


 そこで言葉を切って、私の手を取る。

 少し魔力の音が小さくなった気がする。


「鎮静剤なしじゃ寝れない……そうでしょ?」

「そうだけど……」


 たしかにそう。メドリがいないと鎮静剤が使えないなら、夜まで一緒にいてくれないと困る。

 メドリの顔を見ると、少し嬉しそうに笑みが溢れていて、つられて私も少し口角が緩む。

 ……最近は笑えてなかったのに。


「うん……ありがとう」


 メドリが両親に通信魔導機で連絡を入れる。

 でも……どうしよう。勢いでメドリと一緒に住むことになったけれど……そうなると色々足らない気がする。


「どうしよ……」

「うん? どうしたの?」


 メドリはもう連絡を終えたみたいで、後ろから声が聞こえる。

 振り向きながら辺りを見渡す。けれど、あたりには何もない。この家にはほとんど何もない。


「いや……寝る場所とかないからどうしようかなって」

「あー……どうしよっか考えてなかったね」


 こんなことならもっと色々買っておけばよかった。

 私の家には備え付けのもの以外ほとんど何もない。趣味が少ないからかな……なんだか何かを買う気にもならなかったから。


「じゃあ……今日は一緒に寝ようよ……だめ?」

「いい……けど。けど私、鎮静剤打ってる時どうなってるかわからないよ……? 暴れたりとか……」


 鎮静剤で魔力が落ち着いてる時の記憶はほとんどない。

 多分幻覚作用のせいだと思う。私の記憶にあるのは、お花畑にいることだけ。

 その間に私の身体がどんな風になってるかなんて何もわからない。もしかしたら暴れて、メドリを傷つけるかもしれない。


「それも含めて見とくよ。録画もしておく?」


 メドリが冗談めかしていう。

 なんだかそれを見てると、そんな心配なんて必要ない気がしてくる。


「いいよ録画は……じゃあ、その……一緒に寝よ」

「うん」


 なんだか少し気恥ずかしい。

 誰かと同じ布団で寝るなんて初めてだし……


「じゃあ、とりあえずお風呂入ろっか」

「うん……じゃあ先いいよ」

「そう? ありがと」


 タオルと着替えを渡して、メドリがお風呂に入る。

 途端に部屋が静かになる。それと同時に、魔力の音が強くなった気がする。うるさい。うるさすぎる。


 昨日より酷い……? 変わらないかも。

 どっちも頭が割れそうな感覚と、全身に走る不快感。


 気持ち悪いし、痛いし、うるさい。

 必死に身体を抱きしめて見るけど何も変わらない。魔力を制御しようとしてもうまくいかない。なんだか昨日より、動きが激しいような……


 どれぐらいうずくまっていたかわからない。

 メドリがお風呂か上がってくる時間がすごい長いようなに感じれる。鎮静剤を打てば、大丈夫かもしれない。


 そして鎮静剤はすぐそこにある。

 少しぐらい……少しぐらいなら使ってもわからないかもしれない。少しだけ……ほんのちょっとだけ……


「あぅ……」


 鎮静剤の注射口を腕押し当てる。あとはスイッチを押すだけ。ほんの少し……軽く押すだけだから……


「イニア!」

「メドリ……ぁっ……」


 冷静な思考が急に戻ってくる。

 この状況で言い訳なんてできない。結局私は、鎮静剤を使おうとしてしまった。


 メドリが駆け足で近づいて、私の手から鎮静剤を奪い取る。


「使ってないけど……その……」

「でも……ううん」


 俯いて、何も言えない。


「イニア……そうだね……今日はもう使っちゃおうか」

「え……?」


 怒るかと思ってた。

 でも、メドリはすごく優しい顔をしていた。

 なんだか……安心する。


「やっぱり、すごく辛いんだよね……?なら今日はもう使って寝ちゃお?」

「……うん。そうする」


 寝巻きに着替えて、広げっぱなしの布団に2人で入る。

 2人で入る布団は思ったより狭い……でも……暖かい。

 メドリの紫髪と、私の青髪が少し混ざる。


「じゃあ……やるよ……?」

「うん……」


 メドリが私の腕に鎮静剤を打ち込む。

 鎮静剤が身体に入ってくる。

 魔力が静かになっていくのがわかる。


 辺りがお花だらけになっていく。

 ここがどこかわからない……どこかわからないけど花がたくさんある。お花畑……


 いろんなお花がある……白色……赤色……青色……緑色……

 それに紫も……紫……見てると落ち着く。


 紫の花を手で包み込む。

 なんだか暖かい。気分が楽になる。


 頭でも撫でられているような……優しい気持ちになれる。

 そうしていると気分が楽になってくる。いろんなことを忘れて、ただ楽になる。こうしてたい……ずっと。




「んっ……」


 魔力が不快で目が覚める。

 目を開けると紫髪が目に入る。


「メドリ……?」


 なんでメドリが……そう……たしか一緒に住むことになって……そうだった……鎮静剤を打ってもらったんだった。

 あれからすぐ寝れたみたい。


「ぁ……」

「……寝てる……」


 起こさないようにそっと布団から出る。

 メドリの寝顔を見ていてもいいけど……

 ううん……お風呂にでも入ろうかな……


 お風呂から上がるとメドリが起きていた。


「おはよ」

「うん……おはよ」


 こうやって寝起きで顔を合わせるのも、久しぶりで少し照れてしまう。たしか、いつかにメドリの家に泊めさせてもらった時以来かな……


「その……私……大丈夫だった?」

「うん。鎮静剤打って、頭とか撫ででたら、すぐ寝てたよ」

「頭……?」


 少し自分でも頭を触れてみる。

 なんだか……


「朝ご飯はどうしよっか……昨日私が買ってきたやつでいい?」

「いいよ。お湯沸かすよ」


 魔導機でお湯を沸かして、一緒にご飯を食べる。

 朝ご飯にしては少し重いような気もするけど……


 でも、こんな風に朝ご飯食べるなんて久しぶりな気がする。

 美味しい……最近は味なんて、魔力のせいでわからなかったのに……


「私考えたんだけど……」


 突然そうメドリが話を始める。


「どうしたの?」

「昨日のイニアを見る感じ……イニアだけにするのは心配だから、一緒にいようかなって思って」


 昨日……鎮静剤を勝手に使おうとしたこと。

 たしかにあの時の私は冷静な思考なんてなかった気がする。魔力のうるさすぎて耐えきれなくなる時が、よくある。その時は鎮静剤についてが伸びる。

 そういう時メドリがいてくれないと、鎮静剤を買いに行ってしまうかもしれない。


「私もそうしたほうがいいと思う……けど」

「けど?」

「メドリの時間をそんなにもらっていいのかなって……」


 私は特に何かしてるわけじゃない。

 そんな何もしない時間に、メドリを付き合わせるなんて、いいのかな……メドリだって、自分の趣味とか……あとは他の友達とかとの時間だって……


「いいの。私がイニアにしたくてしてることなんだから……そんな気にしないで? それとも私と一緒じゃ嫌……かな」

「そんなことないよ……嬉しい」


 メドリが一緒にいてくれるだけで、たくさん救われた気がする。メドリがいてくれるから……


「じゃあなるべく一緒にいようね」

「うん。ありがとう」


 こうして私とメドリの共同生活が始まった。

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