隠している、

 

「はあ〜、やっと一段落付いたね……、少し疲れちゃったから今日はお弁当を多めにしてもらったんだ!」


「水戸部さんのお母さんのご飯美味しいからな。俺が一番好きなのはハンバーグだった」


「あ、か、神楽坂君がキャラデザしている時に、わ、私が仕込んだハンバーグなんだ……。よ、良かった、美味しいって言ってくれて」


「何、それを早く言わないか。……水戸部さんは料理もお菓子も作れてすごいな。俺は絵しかできない」


「ええ!? か、神楽坂君、お父さんと腕相撲して勝ったよね? お父さん、趣味でアームレスリングの大会出てるんだよ」



 流石に今日は雨だから教室でご飯を食べている。

 最近は教室で食べても水戸部さんがクラスメイトの眼を気にしなくなってきた。


 多分、そんな事よりも大事な戦いがあったからだろう。

 それと、以前よりも変化が少しだけあった。


「み、水戸部さん、あ、あのさ、数学なんだけど、ここがわからなくて教えてくれないか?」


 水戸部さんに話しかけてくる生徒が増えていた。

 男子が圧倒的に多いが、女子も話しかけてくる。

 男子の時は、水戸部さんは俺の腕を掴んで隠れようとする。


「――ほ、他あたって下さい!」


 きっと、みんな水戸部さんの可愛らしさが分かってきたのだろう。

 ……誇らしいと同時に……、なんだか胸の奥がもやっとした何かが生まれた。


 男子生徒が残念そうに去る背中を見ながら、俺は水戸部さんに聞いてみた。


「水戸部さんが男子生徒と喋っていると……、何故か変な気持ちになるな。なんでかわかるか? 鬼龍院先生や、お父さん、アフロさん、哲也が水戸部さんと話しても全然そんな気分にならない。……下心が見える空気感を持って話す男子を消し炭にしてやりたくなる」


「か、神楽坂君!? 消し炭にしちゃ駄目! ……も、もう、変な事言わないの。うん、それはね……、神楽坂君が私の優先順位をとても高くしてくれているからだよ。だから、下心がありそうな男子が話しかけてくると、嫉妬を……って、わ、私、キャラの説明みたいに喋っちゃったよ!? い、今のは忘れて!!」


「そ、そうか、忘れたいが……、内容は理解した……」


 水戸部さんは恥ずかしさを隠すように、お弁当をもぐもぐと食べる。

 俺は嫉妬をしていたのか。確かにそうかも知れない。


 俺にとって水戸部さんは特別だ。

 一緒にいる事によって、他者への共感性が育まれた。水戸部さんがいなかったら、俺の人生は大きく違っていただろう。


 水戸部さんはお弁当箱で顔を隠しながら俺に言った。


「わ、私だって、メグルさんと初めて出会った時……、神楽坂君と、な、仲良しかと思って、し、メグルさんに嫉妬しちゃった、から……、おあいこね――」


「……それは水戸部さんにとって、俺は優先順位が高いという――」


 水戸部さんは俺の口に一口ハンバーグを詰め込んだ。

 俺は喋ることを諦めて、もぐもぐとハンバーグを食べる。

 ――うまい。


「……は、恥ずかしいからこの話題は終了! お、お弁当食べよ。……あれ? なんか妙に教室が静かな――」



 俺は教室を見渡した。

 数人の男子生徒は悔しそうな顔をして泣いていた。

 大半の生徒は驚いた顔をしている。

 静寂のあと、ざわめきが教室に戻った。


「……水戸部さん、超可愛くない? やば、肌綺麗すぎるわ」

「うん、すごくもったいない。おしゃれしたらやばいって」

「ていうかさ、隼人……、普通の普通だね」

「笑顔ヤバすぎるっしょ。……恋の力ってすごいわね」

「やっぱ付き合ってんのかな? 隼人君、少しおかしな子だったから敬遠してたからなー」

「不自然過ぎて目立ってたもんね。水戸部さんといる時って普通というか、イケメン過ぎるっていうか……」


 生徒たちの声量は水戸部さんに届くほどではない。


 哲也と京子と美鈴も俺たちを見ていた。


「――京子、お前水戸部さんにひどい事言っただろ? ちゃんと何が悪かったか理解してから――」

「わ、分かってるよ。……そ、それに、美鈴以外はみんな隼人の事を馬鹿にしてたから――」

「……止められなかった私も同罪よ」


 ……三人の気持ちは俺にとってわからない事だらけだが、水戸部さんの小説と重ね合わせると少しだけわかる気がしてきた。


 ――罪悪感というものだ。


 小説の中のキャラは、話し合いを重ねて解決していたが、現実はどうやって解決すればいいんだろう?

 正直、三人には未だに興味が沸かない。

 だけど、三人とこのままの関係で過ごすのも居心地悪いと感じている俺がいる。


 成長したと思っていいのか?

 ……京子には金輪際、顔を見せるなと言ってしまったな……。

 いくら京子が悪かったとしても、人を傷つけるのは良くない事だ。


 あの時はわからなかったけど、京子が傷ついたということは分かっている。





 俺はしばらく三人を見つめていると――

 ふと、美鈴のスマホにぶら下がっている変なマスコットキャラが目に入った。


「あれは――、ちょっと頑張ってみるか」


 話し合いの切り口になるかも知れない。


「もぐ、もぐもぐ? っん、どうしたの? へ? 神楽坂君?」


 俺は立ち上がって三人のところへと向かった。

 教室の空気が変わる。

 緊迫感が生まれる。


 三人は驚いた顔をしていたけど、何か耐える顔をしていた。

 きっと、俺が罵声を浴びせると思ったんだろう。そんな事はしない。


 俺は美鈴に声をかけた。


「なあ、美鈴。そのマスコットは『奴隷ハーレムを築いた俺は、奴隷に裏切られてギルドを追放されて――』の作中に出てくる主人公の隣にいるペットに姿を変えられてヒロインのベアトリスではないか?」


「――――――――っへ?」


「俺は一日数冊の漫画を見ているんだ。お父さんがキンドルでどんどん追加してくれてな。それに、漫画用の書庫もあって――。その作品の鬼畜な主人公の気持ちは理解できないが、絵柄がとてもインパクトがあり――」


「ま、ま、ま、まって!? は、はわわ、はわわ――」


 これがきっかけで俺たちの険悪な空気が少しでも薄まればいい。

 きっと好きなもので話しかければ話も弾むだろう。


 教室を支配していた緊張感がどよめきに変わった。

 クラスの注目は美鈴へと向かった。


「そ、そういえば、俺、夏コミに行った時、五月雨さんにそっくりなコスプレーヤーが――」

「お、おい、あのツンデレ真面目委員長がか!」

「ていうか、あいつBL好きじゃん。まあオタクなんじゃない? 別にいいっしょ」

「うん、アニメとかみんな見てるしね」

「委員長、声が綺麗だし声優とかになれるんじゃない?」



 哲也が苦虫を潰したような顔をしている。

 京子からは更に罪悪感を感じる……。何故だ?


 美鈴は声優という言葉に、身体がビクリと反応した。


「わ、私、お、オタクじゃないわよ……、せ、声優なんて目指してないわよ……、わ、私は……ひっく……、私は……」


 哲也が小声で俺にだけ聞こえるように身体を近づけた。


「悪気はねえのはわかってんけどよ……、あいつ、中学の時、声優目指してるの馬鹿にされて……」


 京子は震えている声で俺に何度も――


「隼人、ごめん、ごめん、ごめん、許して……、もう隼人の大切なものを馬鹿にしないから……、ごめんなさい……ごめんな――」




 俺は周りを見渡した。

 クラスメイトは複雑な表情をしていた。

 俺は三人に歩み寄ろうとしただけであった。だけど、選択を間違えたのか?


 自分がとんでもない事をしでかした気分になった。


「ち、違う、俺はそんなつもりで話しかけたつもりは――」


 俺が罪悪感というものに包まれそうになったその時――

 手に温かい感触が伝わってきた。






「神楽坂君、大丈夫、間違ってないよ。……わ、私も手伝うから――、猪俣さん」


 水戸部さんが俺を守るかのように前に立つ。


「え? あ、水戸部さん……、ご、ごめんなさい……。わ、私もう関わらないから――」


「ウジウジしないの!!! 猪俣さんはリア充でしょ!! 正直、私はもう怒ってないよ! ノートの件があったから、神楽坂君と友達になれたんだし――」


 水戸部さんは俺から手を離し、唖然とした顔の京子の両肩を揺さぶる。


「え……、で、でも――」


「でもじゃないよ! 神楽坂君と幼馴染だったんでしょ? なら、神楽坂君が人の気持ちを、人の痛みを理解し始めているって分かってるでしょ! もっとちゃんと向き合いなさいよ! 普通に謝って、普通に喋りかけて、普通のクラスメイトになればいいでしょ!」


「……普通に……、そっか、私、隼人が壊れたままだと……、普通か……そうだよね……、普通に接すればよかったんだ……」


 水戸部さんは今度は哲也に向かって言い放った。


「哲也君も無理しないの! 虚勢張って大きく見せても、かっこよくないからね? 二人の事が大事な友達なら自分の見栄なんて捨てちゃってよ――」


「なっ……」


 哲也はそれっきり黙ってしまった。水戸部さんの言葉に思うところがあったんだろう。






 水戸部さんは続けて美鈴さんに向き合った。

 泣いている美鈴さんの背中を擦る。


「……好きなものを馬鹿にされるって辛いよね? 私もそうだったからわかるよ。……五月雨さんは隠して生きてたんだね? ……みんなそう、誰も彼も何かを隠して生きてるの。――でもね、私は神楽坂君に会えて変われた。大切な、大好きな友達が出来て、怖いものなんて無くなった――、だから……」


 水戸部さんは言葉を紡ぐ。

 言葉に想いがのせられている


「本気で声優目指してるなら、細かい事を気にしないで!! あなたの行動だけで夢が叶えられるかもしれないんだよ!! だから、これっぽっちの事で――馬鹿にされた事を思い出しただけで泣かないで!!」


 美鈴は嗚咽を抑えながら水戸部さんにすがりつく。


「……わ、私の努力をしらないくせに!! わ、私はどんだけ頑張っても才能が――、あなたにはわからないわよ!!」


「声優の事はわからないけど、夢を追いかける気持ちはわかるよ。私も足掻いていたもん」


 水戸部さんは手に持っていたスマホを美鈴さんに見せる、

 そこには水戸部さんの小説サイトのアカウントが表示されている。

 トップページには、【コミカライズ化します!】と書かれてあった。


「私は神楽坂君と一緒に漫画家になる……、いえ、漫画家になったよ。でも、まだまだこれからが勝負なんだ。いくつもの壁があって、それを二人で乗り越えるんだよ。――ねえ、美鈴さん、性癖なんてさらけ出して本気で声優目指しなよ。泣いているって事は悔しいんでしょ? なら――」



 美鈴はもう泣いていなかった。

 眼には強い力を感じる。

 きっと、水戸部さんから刺激を受けたんだ。

 掠れた声で鼻水を垂らしている美鈴は水戸部さんに言葉を放った。



「……ありがとう、私、絶対あなたに負けたくない。……すごく悔しい、だから、だから、私――声優になってヒロインを演じてやるんだから!!」



 クラスのざわめきの肯定の色が強い。


「そうだよな、頑張ってるのに馬鹿にすんのはダセえよな」

「ていうか、声優って超すごくない」

「まてまて、水戸部さんと隼人が漫画家ってなんだ!?」

「す、すげえ、漫画家ってなれるんだ……」


 俺は美鈴と向かい合った。


「……ひよっこだが漫画家なれたぞ。だから、美鈴も前に進め」


 美鈴はコクリとうなずく。

 俺は哲也の背中を軽く叩いた。バチンと音がなる。


「痛ってっ! おい、隼人!? 何するんだよ!」


「……俺ではうまくフォロー出来ないから、あとは哲也に任せるぞ」


「お、おう……。ちょっっと中庭に行ってくる」


 哲也はそっけない口調だけど、口元は笑っていた。

 京子と美鈴を連れて教室を出ていった。




 水戸部さんは青い顔をしていた。


「わ、わたし、なんかすごい失礼な事を言っちゃったかも……、うぅ……」


「水戸部さん、ありがとう。俺ではあんな風に言えなかった」


「……だ、だって、困っている神楽坂君を見たくなかったから……」


「ところで、大好きな友達という言葉が頭から離れないのだが……、とても嬉しい。ありがとう」


 水戸部さんは眼を見開いて俺の肩をポカポカを叩いた。


「だ、駄目! 恥ずかしいから思い出さないで! あ、あれは、友達として好きって意味で――、でも、だから……、うぅ……」


 俺は水戸部さんの頭をポンポンと軽く叩いた。


「ははっ、確かにそう言われると恥ずかしいかもな。……それに、俺も水戸部さんは大好きな友達だ――」


 言葉に出すと気持ちが更に湧き上がる。

 真っ赤な顔をした水戸部さんと一緒に自分たちの席へと戻る。


 なんだか、俺の顔も少しだけ熱い気がしていた――

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