独立するLove 3
「C組の五十嵐律子ってわかる?あの子なんだ」
千秋は出されたチャーハンに手も付けず、どのように反応したらよいのか考えを巡らせた。
「へー初めて会ったわ、女の子が好きって人」
いただきます、というとチャーハンを一口食べて、おいしいと漏らす。景は正直に、かつラフに振る舞うべきだと考えたらしい。自分がマイノリティーに関してなんでもないと考える人であることをみせつけようとするような下品さはなかった。言葉には確かに聞いた時のままの驚きが含まれていたし、チャーハンを食べる動作にはわざとらしさがなかった。つまり、うまくやってのけたのだ。千秋はそれをみて重荷を下ろしてもらったような気分になった。千秋が景を好きであるひとつに、このあたりの線引きが非常にうまいことがあった。おそらく、景は楓とは真逆に、敏感なのだ。
山端もその反応に心を落ち着けたようだ。おいしいだろうと、二人に得意げに言うとつづけた。
「小学生のころから、よく男の子と一緒に野球なんかやってさ、おままごとだったり、人形遊びだったりに、興味がなかったわけじゃないんだけど、私にとっては、グラウンドを走り回ってるほうがおもしろかった。なんていうか、女の子がちょっと怖くてさ、理解しきれないところがあるように感じるというか、でもきっと好きとかいう気持ちって多分そういうところから湧き上がる気がして、つまり昔からいつも好きになるのは女の子だったんだ。初恋の子は、今でも覚えてるけど、いつも本読んでてさ、友達は少なくて、でも別に浮いてるとかそういうんじゃなかったよ。しゃべりかけられたら普通に返すし、自分から全く話さないわけでもない。でも、とってもかわいらしく笑ったんだ。慎み深い笑い方でさ、大人びてたけどひねくれてはなくて、それが自然な感じですごくチャーミングだったんだよ。服装も、子供服ってフリルとかリボンとか、たくさんついてるイメージだけど、彼女のは高級品じゃないんだろうけど上品で、とても似合ってた。ある日の放課後、散々遊んだあと、忘れ物したことに気づいて教室に戻ったら彼女がいてさ、本読んでたんだ。だから私が、帰らないの、って声を掛けたら、お母さんが迎えに来ることになってるの、病院に行くからって答えた。本読んでる彼女はほんとに病院を必要としているように見えたし、なぜかそれがすごく美しいことのように思えたよ。私は会話を引き延ばしたくって、何読んでるのって聞いたら、タイトルは忘れたけど、ファンタジーっぽい児童書のタイトルをみせて、興味あるなら読み終わった後、貸してあげるっていわれた。あとはそれっきり。それ以外にも話したことはあるけどそれはなんていうか、必要な会話で、本も貸してもらわなかった。中学時代は好きな子いなかったんだけど、高等部に上がって、外部生の入学式に私たちも参列したとき、私が退屈してあたりを見渡してたら、彼女が座って本読んでるのを見つけて、やばいって思った。名前を知ったのはもうすこしあとだったよ」
「それが五十嵐さんってわけね」
「恋煩いってわけかい」
「まあ、それだけってわけじゃないんだけど」
ラーメンが並べられる。叉焼、メンマ、青ネギ、煮卵が入った一般的な醤油ラーメンである。
「時々ねえ、味に雑味が入るとかで何の具材も入っちゃいないラーメンを出す店があるけどさ、ラーメンていうのはこんな風にいろいろ入ってて、それで成立すると思わない?そういう雑味をどうやって調和させるか、それはかなり重要なテーマだよ。うまい料理を出すだけにとどまらず、うまいラーメンを作るにはね」
「どうした?」
こめかみにしわを寄せている景に千秋が声をかけると、景は探るように山端に視線を送る。
「いや、さっき思い出したんだけど、ただ五十嵐さんについてちょっと耳にしたことがあったから」
「噂というと?」
山端が景に話を促すかのように、顎を持ち上げる。
「ほんとかどうかわからないわよ?ただ五十嵐さんがいわゆる援交してるんじゃないか、ていう話が合ってね
「というのも、どうやら毎週決まった曜日に、S町付近で三十代くらいのおじさんと一緒に歩いてるらしいの。なかには、ホテルに入ってくのを目撃した子がいるとか」
S町は有名なラブホ街で、ついこないだも無許可営業をしていた違法風俗店の摘発が報道されていた。
「私は彼女としゃべったことすらないけど、でもさ、なんとなくお金とかのために、てわけじゃないと思うんだ。あそこらへんって塾も多いし、ほんとにお金のためならきっともっとばれにくいところを選ぶと思う。捕まえて説教しようなんてつもりはなくて、ただ、知りたい。本当に彼女が援交してるのか、してるんだったらどうしてなのか、ただ、知りたいだけなんだよ」
言葉数は少なかったが、その間には十分な空白があって、私たちは食事とともに、彼女の話を咀嚼し、そして飲み込んだ。そして、彼女の誠実さ、その真実性をはっきりと感じた。話し終わったときには、器は空になっており、満腹による充足感だけではない、霧ばれや夜明けのとき肌に感じる、ひんやりとした清々しさがあった。
「決まった曜日って?」
「木曜日さ、今日と同じく」
千秋は店を出て、きっちり頭上から、ほんの少しだけ傾いている太陽をちらりと眺めると、先行して階段を下りている山端に向かって
「とにかく君は知らなくちゃいけないよ、そうすべきだよ」
と言った。
埋み火 @holly1958
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