独立するLove 2

「ここ本当にお店なのか?」

三人の眼前には、三階の窓ガラスに内側から渡辺税理士事務所と印刷された用紙が張り付けられたコンクリートビルと、かなり古い年代であると一目でわかる、どのように経営が成り立っているのか誰もわからない(もしかしたら老後の暇つぶしとして、蓄えを切り崩しているのかもしれない)焼き物やに挟まれた、およそ八坪ほどのこれまたコンクリートビル(ただ隣と比べると、高さは変わらないものの、その土地の狭さからやけに細長くみえる)がたっていた。ところどころ黄ばんでいる壁は、ひび割れに覆われており、正面玄関からは安っぽい鮮やかさのチラシが突っ込まれたポストがみえる。いかなる経済活動も行われていそうになかった。

山端はその質問には答えず、自分の宝物を見せるかのような、こちらの興味を掻き立てようとする意味ありげな笑みを浮かべると、玄関横の階段を踊り場まで上り、そこから二人を見下ろして、二階だよ、とだけ言った。

二人が恐る恐る山端のあとをついてゆくと、飾り気のない木製の扉があり、そこに赤い小さなのれんがかけられていた。

「これが出てるときは営業中」

というと山端は扉を開けた。中をのぞくと、意外とビルは奥行きがあるようで、およそ十席弱のカウンターとテーブルが一つあり、カウンター内の厨房では五十代ほどの頭を丸めた険しい顔つきの男性と、男性と同じくらいの年齢の妻らしき女性の二人がせわしく働いている。客は四人ほどいたが、まだ正午回っていないことを考えるとそれなりに繁盛しているのだろう。

三名様ですか?テーブルへどうぞ、と女性から声をかけられる。

「ほんとにやってるんだねぇ」

と席に着くなり、千秋がささやく。

「うちの学園のちかくだけど知ってる人は少ないだろうね、いわゆる穴場ってやつだよ」

オーダーを取りに来た女性に、チャーハンセット三つで、と答えたのち、山端は言った。

「本当においしいの?」

と千秋がぶしつけな質問をする。

「ふふ、意外とストレートな物言いをするんだね。一つ考えてごらんよ、どうしてこの店は何の外装もないのか。それはね、する必要がないからだよ。私に言わせてみれば、のぼりとかネオンの派手派手しい看板とかそういうのは自信のなさの表れなんだな。本当に美味い店は味一本で勝負するわけよ!美味いからこそ商売を続けられてるわけだろう。今はまだすいてるけどもう少し立てば一気にお客さんが増えるよ」

その熱量に圧倒されたが、その理論には一理あるかもしれないな、と千秋は思った。確かにこう話している間にも客は入り続けている。

「というか君たちが授業さぼってラーメン屋来るような人だとは思わなかったな」

「あなたもね」

「私?私もときどき気分が落ち込むとこうして気晴らしするんだよ。

「私って内部進学なんだけど、両親は岐阜で柿農家やっててさ、まあいっちゃなんだけど貧乏で、でも家族みんなで楽しくつつましくやってたわけよ。でもさ、親は大学出てなかったから子供はどうしても行かせたかったみたいで、どうにかして稼ぎを増やそうとして、いわゆるブランド化っていうのかな、自分らの柿にさ、それっぽい名前つけて、値段も釣り上げてネット販売したら、これが大当たり!急に大量の金が入ってきて、それで二人とも調子乗っちゃってさ、似合ってもない高級バック買ったり、ピカピカの車買ったりして、そんで私にもいい大学行くなら、いい中学でなきゃ、とか言い出して、今はこうして寮からうちの学校通ってるわけよ。当時は私としてもそういう、えせブルジョアみたいな両親が嫌で嫌で、東京に来たわけだけど、やっぱり両親と同じでさ、根が貧乏人だから、ここの学校の人とはなかなかそりが合わなくて、たまにはこういうとこきて息抜きしてるの。

て、ちょっとしゃべりすぎた、私の悪い癖なんだよね」

全然、と千秋は首を振った。熱っぽいところはあるけど、気持ちの良い人だ、と千秋は思った。景も、どうやら同じように思ったようで、めったにないことに自分から話しかけた。

「何か嫌なことがあったの?」

うーん、と山端がうなる。話そうかどうか迷っているようだ。

「言えないようなことなのか?」

「いやーそういうわけじゃないんだけどさ」

先ほどまでの歯切れの良さは隠れてしまい、かなり煩慮しているようで、しきりにこめかみに指をあてている。

「こういうこと、あんまり人に話す性質じゃないんだけどなあ」

と山端が言うと、好機とみたのか景がつけこもうとする。

「今日初めてしっかりしゃべった、そんな親しすぎない距離感だからこそ言えることってあると思うの」

景は人見知りである反面、人の内面をのぞき込もうとするような側面があることを千秋はいつも不思議に思っていた。千秋と楓の関係にもなにかしらの洞察を働かせているようでもある。景は人間が好きなんだと思う。ただ接するのが苦手でいつも踏み込めずに入るが、機会さえあれば一思いに飛び込んでゆく。

君たちって変な人だね、と山端はいかにも面白そうに言った。

「あてられたのかな、私も変になってるみたいだ。こんなことを、まだ仲良くなって数分の人に話そうとするなんてさ」

告解でもするかのような神妙な面持ちになる。それにともなって二人の気も引き締まっていく。

「私、好きな子がいるんだ、それも女の子」

失礼します、と店の女性がチャーハンを並べた。











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