八月二十九日月曜日 一歩だけ遅い
わたしは時折、自分の人生を振り返りたくなる瞬間がある。
恐らくそれはわたし自身の人生に後悔が非常に多いせいだろう。
ちょうど去年の夏休みもわたしが高校生になるまでの学生生活を振り返った。
その際はポジティブな終わり方で話を締められたけれど……今回はネガティブに終わってしまいそうだ。
今回わたしが振り返るのは、わたしが周りと比べて一歩だけ遅いということだ。
それは文字通り運動能力が劣っているという意味もあるけれど、それ以外の意味でもわたしは常に後れを取っていた。
繰り返しになってしまうけれど、高校生になるまでのわたしは友達らしい友達ができず、それが苦ではないと思っていて、さらに友達はいつか勝手にできるものと思い込んでいた。
その間違いに気付くまでかなり時間がかかってしまったことは、わたしが思考や感情が周りと比べて一歩遅れているからだと自覚している。
だからこそ……わたしはある人から見ればどんくさいと思われ、またある人から見れば鬱陶しいと思われてしまう。
完全な愚痴になってしまうけれど、一つ前の塾に通っていた時のわたしは、それほど目立っていないつもりだったし、実際に目に付くようなことはしてこなかった。
けれども、わたしが気付かない段階でそのような部分を感じ取られてしまうと、いつの間にか責められる対象になっていたのだ。
そして、わたしは責められる状態になってからの判断も遅かった。
今まで散々味わってきたにもかかわらず、塾だから違う結果になるかもしれない、我慢すれば何とかなるかもしれない、そう思ってすぐに辞めようしなかった。
結局、わたしはまだ一人で行動できずに、彼の言葉を待ってからようやく辞める判断ができた。
本当に情けないし、いつまでも学習しないと少しばかり自己嫌悪を抱いてしまう。
だけど、それはあくまで塾に関わる失敗で、それ以外のところでは一歩遅れないように、自分を変えるために、この夏休みに至るまでのわたしは動いて来た。
大きな始まりは一年生の三学期。
苦い思い出でもある文化祭を経て、わたしは文芸部の恩返しの意味も込めて部長を自ら立候補した。
その裏には彼が副部長としていてくれるという前提はあったけれど、積極的に動こうという意思があったからだ。
そして、わたしはできる範囲で彼にもっと近づこうと努力した。
最初にゲームショップで会ったのは偶然だったし、塾の辛さを紛らわす気持ちもあったけれど、わたしは会える期待を抱きながら足を運んでいた。
それに今年の夏休みは……水着を買うのに誘ってしまった。
今考えると、当時のわたしは何故そんなことを恥ずかし気もなく言えたのかわからないし、本当に行くことになると思っていなかった。
でも……わたしにとって、とても大切な思い出になった。
◇
時間は昨日の十六時頃。
文芸部の後輩の岸元さん……最近は日葵ちゃんと呼ばせて貰っているけれど、彼女の提案から文芸部の数名で地元の夏祭りへ行くことになった。
部長特権ではないけれど、友人の華凛ちゃんも誘って、夏の最後の思い出を作っていく。
「路センパイ、華凛センパイ! こっちにりんご飴ありましたよー!」
「……元気がいいですね。もう一人の岸元さん」
「うん。おかげで部活中はより明るくなってるよ」
そんな会話をしながら華凛ちゃんと向かおうとした時だった。
虫の知らせかわからないけれど、急に髪を引かれたような感覚になって後ろを振り向く。
(あっ……)
そこに見えたのは……彼の姿だった。
用事があると言って今回は参加を見送っていた。
それを部室で聞いた時から妙に心がざわついていた。
隣にいるのは彼を通して知り合いになった清水さんだ。
あれ以来、偶然出会うことがあれば挨拶を交わしていたけれど……わたしはどう反応していいかわからなかった。
部活の先輩でもなければ、高校以前の知り合いでもない、彼にとって特別な存在。
言っていたわけではないのに、そういう認識がわたしの中にあった。
「ミチちゃん、どうかしましたか?」
「…………ううん。何でもない」
ああ、ここでもわたしは。
一歩だけ遅かった。
自分にしては早く動けていたつもりだったけれど、結局、わたしなのだから、もっと急がなければならなかったんだ。
立場上で隣に並ぶだけでは駄目だった。
一緒に店を回るくらいじゃ駄目だった。
みんなに混じって遊びに行く程度じゃ駄目だった。
わたしが勝手に満足していたことに、また一歩だけ遅れて気付いてしまった。
これを振り返ったところで、わたしは今すぐ事実を飲み込むことができない。
そして、最悪なことにわたしはもっとわたしが嫌になる考えを抱いていた。
あともう一歩だけ早く踏み出せる人間だったら……わたしは…………
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