8月20日(土)曇り 岸本路子との夏創作Ⅱ その5

 夏休み31日目。今日は以前に路ちゃんから教えて貰った塾の入塾説明会の日だ。本来ならこの夏休み中に入るべきだったのかもしれないけど、話がまとまったタイミングがお盆前だったので、お盆が明けてから動き始めることになった。

 場所は自宅からだと自転車で約30分。高校からだと自転車で約20分。放課後に行く場合は一旦家に帰っても十分間に合う距離だ。


 保護者の同伴が必須だったので僕は父さんに付いて来て貰い、説明会場となる一室に通される。


「結構綺麗なところだなぁ」


「何年か前にリフォームしたみたいだよ」


「そうだったのか。この辺にも塾はたくさんあるのは知っていたけど、その中でもいい建物に見える」


 父さんはそう言いながら室内を見渡していた。僕はそれほど綺麗さに感心することはないけど、確かに高校の教室よりは綺麗な教室だった。空調などの設備も整っているし、勉強するのに快適な空間であるように見える。


「あっ、良助くん」


 僕と父さんが来てから3分程経った頃。路ちゃんが教室に入って来て僕に声をかける。一緒に来て貰ったのは母親のようだ。


「こ、こんにちは、み……岸本さん」


「えっ?」


「あっ、いや……」


「初めまして。私、岸本路子の母です。息子さんにはいつも部活でお世話になっているようで……」


「ご丁寧にどうも。こちらこそ、いつも息子が……」


 親同士の会話が始まったので、一旦僕と路ちゃんは会話か外れるけど、路ちゃんは少し不満げな表情になっていた。


「どうしていつもの呼び方やめたの……?」


「な、なんというか……」


「親の前だと恥ずかしい……とか?」


「ま、まぁ、そんなとこ」


「わたしは大丈夫なのだけれど……合わせた方がいい?」


「い、いや。僕が変に意識しちゃっただけだった。ごめん」


「ううん。じゃあ、ここでも変わらず……ね?」


 路ちゃんの言い方がやけに可愛らしく見えたので、僕は返事をしつつも少しだけ顔を逸らしてしまう。

 結構呼び慣れていたはずなのに、親がいる前だと急に恥ずかしさが湧き出てきた。そもそもの話、こんなに親同士ががっつり挨拶すると思ってなかった。


「……良助。知り合いって女の子だったのか」


「う、うん。言ってなかった……よね」


「ああ、言ってない。まぁ、部活が2年生で男女1人ずつで、今は部長と副部長なのは知ってたけど、その子だと思ってなかったよ」


 一方、この塾を教えられた子を詳しく説明していなかったので、父さんは少し焦ってしまったようだった。話は合わせてくれたので、僕は父さんのアドリブ力に感謝する。


「今回参加して貰った方からは途中からの入塾にはなりますが、夏休み前までの学習範囲についてもその時期に配ったテスト等を配布します。そのテストやテキストを自主的にやって貰えれば、講師が採点や必要であれば簡易的な解説もしますので、途中からの入塾でも問題なく……」


 それから40分ほどかけてカリキュラムや時間割など塾の説明を受けた。基本の教科は英語と数学で、それ以外の教科は各自の希望により講義を受けられるらしい。1週間のうちに最低でも2日間は講義があり、テスト期間前や長期休みには特別講義が開かれることもある。


「高校2年生は基本教科について3パターンの時間割りが用意されています。定員にもよりますが、いずれかを選んで貰えれば希望通りの時間帯で講義を受けられるはずです。部活動などの都合がある場合は、別途相談してください。こちらもできる限り調整しますので」


 僕と路ちゃんの場合は文芸部が火曜日と金曜日にあるけど、時間的には部活終わりで行っても十分間に合うので、特別に変更して貰う必要はなさそうだった。あとはどの時間割りするかだけど……


「良助くん、時間割りについてなのだけれど……」


 説明会が終わるとすぐに路ちゃんはこちらにやって来て聞いてきた。


「ああ、うん。その前に路ちゃんは基本教科以外でどれか受ける予定ある?」


「それは検討中なのだけれど……その、なるべく……」


 路ちゃんがその先を言うのをためらったけど、何となく察せられた。


「わかった。僕もまだ考えてるから後で決めよう。でも、基本教科のは月・水で良そうかな」


「うん。その方が余裕あっていいと思う」


「産賀くん」


 その場で仮の希望を決めていると、急に路ちゃんの母親が僕を呼ぶ。


「は、はい!」


「いつも路とはこういう感じなの?」


「そ、そうですね。こういう感じだと思います……」


「お、お母さん!」


「あら、ごめんなさい。産賀くん、これからも路と仲良くしてあげてね。路、相談に時間はかかりそう?」


「ううん。もう大丈夫。良助くん、それじゃあ、また来週」


「う、うん。また」


 明らかにぎこちない言い方になってしまったけど、路ちゃんの母親はにこやかに返してくれたようで、僕は安心した。


「……良助。本当にいつもあんな感じなのか?」


「父さんまで何……」


「いやいや、何か言いたいわけじゃないよ。仲良きことはいいことだ」


 こうして、本格的に塾へ行くための準備が始まった。もう少し路ちゃんと相談することはあるけど、夏休み明けには確実に塾へ通うことになるだろう。


 だけど、塾の説明を受けるだけでこんなに緊張するとは思ってなかった。塾には全く関係ない部分だったけど。

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