8月11日(水)曇り 岸本路子との夏創作その4
夏休み22日目。岸本さんと一緒に短歌に関する資料集めをする日がやって来た。今日は行く図書館は僕がいつも行くところではなく、市内で一番大きな図書館になる。
「こんにちは、岸本さん。待たせてごめん」
「ううん。わたしも……今送って貰ったばかりだから」
現地集合なので僕は自転車を走らせたけど、車で送って貰った岸本さんの方が一足早かったようだ。そんな岸本さんを見て……僕はいつもと違う感覚になる。
「……どうしたの、産賀くん?」
「あっ、いや、なんでもない。入ろうか」
それはたぶん岸本さんが普段見ない私服で、ここが部室じゃないからだ。いや、本当は文芸部の歓迎会の時にも私服を見ていたはずだけど、その時は服装なんて特に気にしていなかった。それなのに今日気になってしまうのは、恐らく二人きりだからだろう。
図書館の中はさすが一番大きいだけあって本棚の数が圧倒的に多く、夏休みであるからか人もそこそこ入っていた。僕と岸本さんは奥の方へ向かった。蔵書検索はネットでも利用できたから事前に調べておいたのだ。
「この辺が短歌関係の本だね。そんなにたくさんはないけど……」
「でも、部室で見なかった本はあるわ。これとか……」
そこから何冊か読書スペースへ持っていくと、暫く目を通す時間になった。『初めての~』とか『簡単にできる~』系の本を読んでいけば、それらしい情報が見つかるはずだ。そう思って読み進めていくけど……
「うーん……岸本さん、どう?」
「えっと……たぶん、現状の解決にはならないと思うわ」
どうやら僕と岸本さんが欲しい情報は正しい文法やお手軽に作れる手段ではないらしい。実際、短歌は季語を入れる必要はないし、音も五七五七七に必ず合わせる必要もないから形にするだけならそれほど難しくないはずだ。
「そっか。じゃあ、僕らが迷ってるのは単に閃いてないとか、そっちの問題なのかな……」
「そうかもしれないわ」
「ごめんね、岸本さん。せっかく来てもらったのに骨折り損で……」
「ぜ、全然そんなことないわ! 色々参考にできそうな部分はあったから」
「それなら良かったけど……」
解決できない結論が出てしまった時点で今日はもう解散するしかない。そうなると、わざわざ岸本さんを誘わなくても僕だけ来て後から情報共有すれば良かったと少し後悔してしまう。
「例えば……散歩でもしながら考えてみるといいですよ、とか……」
「散歩?」
「うん。これって小説の創作でもあると思うわ。なかなか進まない時は体を動かして気分転換すること」
確かに創作する際の気分転換は大事だ。それにしてもここでも散歩の話が出ると思わなかった。清水先輩に誘われてないと行っていなかったけど、もしも僕も一人で朝に散歩していれば、景色を見ながら短歌についても考えていたのかもしれない。
「……じゃあ、今からちょっとこの周りでも歩く?」
僕はあまり考えずにそう言ってしまった。
「うん。産賀くんの時間が大丈夫なら」
そして、岸本さんも恐らくあまり考えずに返事をする。その結果、どういう事態になるかと言えば――
◇
「…………」
「…………」
図書館を出た僕と岸本さんは無言のまま周辺をあてもなく歩き始める。短歌のアイデアを思い付くためだから喋れないのは正しいのだけど……それなら二人でいなくてもいい。それにいざ並んで無言で歩いていると、何だか喋らない気まずさを感じてしまうから僕はまるで考えが浮かばない。
それならばいっそこの状況を短歌にしてみるのは……駄目だ。岸本さんもその短歌を絶対見るから下手なことは書けない。見たまま感じたままはTPOを弁えた上で成立する。さっき読んだ本にも何でもかんでも詠んでいいわけじゃないと書いてあった。
「産賀くん?」
「へ? な、なに?」
「難しい顔をしているからどうしたのかと思って」
「それは……うん。難しいよ。もっと気楽に詠んでいいんだろうけど、展示するって言われるとどうしてもね」
「わたしもそれを考えてしまうわ。上手にできないのはわかっているのだけれど、なるべく納得できるものを創りたい……」
「うんうん。って……ごめん、話してたらアイデア練れないよね」
「……産賀くんって、”ごめん”が口癖だったりする……?」
「……えっ!?」
「あっ! 別に謝ってないとかってわけじゃなくて……その、わたしは嫌だとは思ってないからで……」
僕が驚いたのはもちろん岸本さんが嫌味を言っていると思ったわけじゃない。前にも同じようなことを指摘されたからだ。岸本さんの前でもそう思われるような態度を取ってしまった。
「岸本さんの言う通り……言いがちかもしれない。気を付けようとは思ってるんだけど」
「全然気にしないで。わたしも……たぶん気付いてないだけで、そんな風に思わず言っちゃう言葉はあると思うから」
「岸本さん。その……前々から言っておこうと思ってたことがあるんだけど」
「えっ……?」
「僕は……岸本さんが思ってるほど積極的なやつじゃなくて、むしろ友達を誘うだけでも悩んで、考えてしまうタイプなんだ。今日も本当は岸本さんを巻き込んじゃったなぁと思ってて」
「…………」
「今まで僕が言ってきたこともちょっと見栄を張ろうと思ってあところはあるんだ。それで僕よりも友達作りが得意な人の言葉を借りて、岸本さんにアドバイスできている風にしてた」
いつも岸本さんに頼られるけど、本当は期待されるような人ではないという申し訳なさがとうとう出てきてしまった。また謝っているようなものだけど、この機会に岸本さんにはちゃんと言っておこう。そう思って話している……つもりだった。
「だから……」
「ふふっ」
でも、そんな僕の言葉を聞いた岸本さんは何故か笑っていた。しかも嘲笑ではなく、安心したような笑顔だ。
「き、岸本さん?」
「産賀くん……本当に真面目なんだね」
「えっ? ま、真面目?」
「だって、そんな隠しておいていいことをはっきり言ってくれるのだもの。わたしは……言われなかったらそこまで知ろうとは思わなかったから」
「そうかもしれないけど、僕は……」
「ううん。産賀くん、今の話を聞いてわかったわ。そんな産賀くんだから……わたしは色々聞いたり、言葉を信じたりできたって。やっぱり産賀くんが教えてくれて良かった」
爽やかに笑いかけてくれる岸本さんを見て……僕はようやく思い違いをしていることに気付く。岸本さんが僕に期待してくれるのは何も僕が友達作りが上手だとか思っているわけじゃない。自分で言うのも何だけど、僕が岸本さんと向き合おうとした姿勢を感じ取ってくれたのだ。僕は自分から岸本さんと既に友達になったと言っていたのに、そんなことも気付いていなかった。
だからこそ、岸本さんは今日のことや今までのことで謝る僕が可笑しく見えてしまったんだろう。
「ご、ごめんなさい。わたし、急に自分語りみたいなことして……」
「岸本さん……岸本さんもよくごめんなさいって言うね」
「えっ!? わたし、そんなに言ってるつもりは……あるの?」
「うん。ほら、岸本さんはよくそのまま言葉を口に出しちゃうから、それで訂正する時に……」
「言われてみると……う、産賀くん!? なんで笑ってるの!?」
それから僕と岸本さんは笑いのツボが入ったかのようにお互い笑い合いながら歩いていった。それは今までで一番踏み込んだ会話だったように思う。短歌は進んだとは言えないけど、思わぬところで岸本さんとより仲良くなれた。
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