4月12日(月)曇り 宿泊研修その1

 宿泊研修1日目。通常より少し早めに学校へ集まった1年生たちは点呼と持ち物検査を行われた後、クラスごとにバスへ乗車して目的地へと出発した。とはいっても研修場所は県内であるため、2時間以内にはこのバスの旅は終わることになるし、僕を含めて車内の生徒たちは、寝ている人が多かった。

 

 研修場所は主に部活の合宿やキャンプ場として利用されるようで、この時期は新入生の研修を受け付けることも多くなると、ホームページに書いてあった。


 今日のメインイベントはこの研修場所の敷地内にある山でのオリエンテーションだ。道中に設置されたチェックポイントを通ってスタンプをより多く集めるスタンプラリーのようなことをしていく。

 最終的にスタンプが多い班が表彰されるらしいけど、たぶんオリエンテーションを通してクラスの面々と協力していく過程の方が大事なことなのだろう。


「それじゃ、みんなで優勝目指してがんばろー!」


 しかし、僕の所属する2班は、女子3人の方がどちらかといえばアクティブな雰囲気みたいだ。全員に配られた地図を確認すると、道筋は枝分かれしており、後ろを付いて行かない限りは別の班と同じルートになることは少なそうだった。

 でも、僕はそれ以上に気になることがあって、大倉くんに話しかける。


「この山の中、結構広そうだね」


「う、うん。中学の時も似たようなオリエンテーションやったけど、か、かなり大変だった覚えがあるよ」


「体力持つか不安だな……」


「う、産賀くんも? ボ、ボクも体力に自信はなくて……」


「普段はインドアだし、外に出るとしてもこんな山道は絶対通らないよ」


「ぼ、ボクも、そんな感じ……へへへ、同じだ」


 笑ってくれた大倉くんを見て、僕は少し安心する。そう、今日大事なのは優勝することではなく、こんな風に誰かと打ち解けることなのだ。


「でも、こういう枝分かれ、ゲームで見た気がするな」


「そ、それって! ダンジョン攻略とかそういう感じ……」


「そうそう。今はチェックポイント的なやつまでマップ表示してくれるやつも多いけど」


「う、産賀くんもゲーム結構やる感じ……?」


「結構というか、休日はゲームしてる時間の方が多いよ。最近はずっと……」


「ぼ、ボクもやってるよ!」


 インドア系トークで思わぬ共感を得た僕らは、身体測定の時より確実に距離が縮まった。そのきっかけはこのオリエンテーションに若干不安があるというものだったけど、ネガティブな感情も共感すればプラスになるのだ。


「ちょっと男子二人ー! 作戦会議に参加して欲しいんですケドー!」


 ただ、同じ班にはやる気勢もいるので、予想通り今日の僕と大倉くんは彼女たちに引っ張られるのだろう。


「えっと、産賀くんと大倉くんね。アタシは大山おおやま亜里沙ありさ……って産賀くんは隣だからわかってるか」


 そう言われて僕は頷くけど、正直なところ顔と名前が一致して、僕の見た限りではいつも髪を後ろで結んでいること以外でわかっていることはない。

 それに続けて残り二人の女子……栗原さんと児島さんも軽く自己紹介をしてくれた。三人とも体操着なのにどこか華やかな感じがするのは、ちょっとした着崩しのおかげなのかもしれない。


「それで作戦なんだけど……何かある?」


 大山さんから非常に雑な振り方をされて、僕と大倉くんは顔を見合わせる。要するに女子三人の会議ではノープランだったのだろう。適当に歩いてもそれなりにチェックポイントは通れるとは思うから、作戦なんていらないと言いたいけど、それでは今日の目的に反するので僕は少し考えてから口を開く。


「作戦……になるかはわからないけど」


「おっ! なになに?」


「チェックポイントは実際どこに設置されているかはわからないからある程度は当てずっぽうで歩く必要性がある。それでも制限時間があるから効率よく回らないといけない。そうなると、大きく回って奥の方から見ていくのがいいと思う」


「どうして?」


「それは……」


「た、宝を隠すなら奥の方だから、チェックポイントもそうじゃないかって」


 僕の言葉を後押しするように、大倉くんはそう続けた。先ほどの談笑の続きで出たのは、このオリエンテーションはダンジョン攻略のようなものだという話だ。

 そして、ダンジョンで宝を置くなら少々面倒くさい位置や最下層であることは定番になる。


「後は……奥のチェックポイントならスタンプを待つ時間もないし、その分早く動ければ手前の方にあるチェックポイントも他の班と会った時に教えて貰えればスムーズに行けるはずで……」


「ほうほう。でも、別の班がチェックポイント教えてくれる?」


「うーん……金一封がかかってるならまだしも、表彰だけならみんな教えてくれると思う。大山さんだって別の班の友達が聞いてきたら教えるんじゃない?」


 そこまで言った後に、最後のひと言が余計だったことに僕は気付く。顔と名前しか知らないやつが、急にわかったようなことを言うなんて、失礼にも程がある。


「あ~、確かに! ていうか、二人とも結構考えてたんじゃん! もっとバンバン意見出してよー!」


 けれど、大山さんはそんなことを気にせず、栗原さんと児島さんもそれに続けて、僕と大倉くんをからかうような感じで絡んできた。もちろん、僕と大倉くんは談笑していただけで、作戦のために考えていたわけじゃない。


「よーし! それじゃ、奥の方から行くって感じの作戦で行くぞー☆」


 こうして、2班の方針が決まってオリエンテーションが始まったのだが……残念ながらチェックポイントは思ったほど見つけられず、優勝はできなかった。

 なぜなら大山さんたちは思った以上にトークを弾ませて急いで進むことを忘れてしまったので、結果的に奥の方へ行くまでめちゃくちゃ時間かかったからだ。

 もちろん、僕の提案が間違っていた可能性は十分あるけど、真実を知ることはもうできない。


「てかさ、金一封って例え独特だよね~」


 巻き込まれた僕と大倉くんの距離は更に縮まったとさ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る